黒夜行

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「劇場」を観に行ってきました

僕は、自分の中に永田がいることを知っている。
気を抜けばいつだってすぐ、永田になれてしまう。
だから、生きるのが怖い。

永田のようには、なりたくない。


【いつまで保つだろうか】

昔は僕も、そんなことを考えていたような気がする。

【いつまで保つだろうか
次に不安が押し寄せてくるのは、いったいいつだろうか?
朝までは保ちそうだ】

確かに、そんなことをよく思っていた。

いつだって、どこかしらから不安が湧き上がってきた。それは、ほとんど実体のない不安だ。起こるかどうかも分からない未来への心配。起こらなくても人生が終わってしまうわけではないはずの微かな期待。そんな、どこで鳴っているのか掴めない音のような不安が、ずっとつきまとっていた。

今は、あまりそういう不安に駆られることはない。でも、ゼロになったわけじゃない。いつでも、あの、不安に満たされた感じに、いつでも戻ることが出来る。出来るという確信がある。そして、その確信があるからこそ、僕は、どうにかそこから遠ざかって生きようと普段から踏ん張っている。

不安な時、自分をコントロールすることが難しい。理屈では、全部分かっている。全部分かっているのだ。他人から言われるまでもない。全部分かっている。でも、正常な状態であれば従えるはずのその理屈に、どうしても従えない。とにかく、不安が最前線にいるのだ。常に見つめられているような気分。真っ当に思考することは難しい。当たり前のことが当たり前ではなくなるし、当然の輪郭が消え失せてしまう。

そんな不安に押しつぶされないようにするために、昔の僕は、誰かに責任を転嫁していた。そうする以外、自分をなんとか保つ方法が思い浮かばなかった。頭の片隅ではたぶん、自分が悪いことは分かっていたのだと思う。でも、それを意識してしまったら崩れてしまう。自分が崩れてしまうのが分かる。だから、誰かのせいにする。自分以外の誰かが悪いということにして、ギリギリのところで踏みとどまろうとする。

【みじめを標準として、笑ってやり過ごせばよかった。理屈では分かっている。けど、それは僕にとって、簡単なことではなかった】

そういう自分は、好きじゃない。だから僕はいつの頃からか、自分が悪いと思うようにした。積極的に。自分が本当に悪いかどうかは、大した問題じゃない。自分が悪いということにしておけば、誰かのせいにしないで済む。自分の中にいる怪物の目を覚まさせないようにしなくちゃいけない。

と、今は思えるようになった。

誰かのせいにする自分は、嫌だった。誰かを傷つけながら、傷つけたことに気づかないようにしなくちゃいけなかったから。誰かを殴り続けるためには、相手の傷が見えない方がやりやすいだろう。同じように、誰かを傷つけるためには、相手が傷ついていることに気づいていない風を装わなくちゃいけなかった。それに気づいてしまったら、相手を傷つけることが出来なくなるし、自分が何か責任を負わなくちゃいけなくなる。相手の痛みに気づかないでいれば、少なくとも、気づいていると相手に悟らせなければ、まだギリギリ成立する。

そんな風に思っていた。

誰かのせいにする自分も嫌いだったし、誰かの痛みに気づかないフリをする自分も嫌いだった。でもその時は、それが最善の選択だった。選択だと思っていた。今は、たぶん、そうではない自分でいられている。でもそれは、きっと、微妙なバランスの上に成り立っている。僕の生活の、何かちょっとした部分のバランスが崩れたら、

僕はいつだって、永田になれてしまう。

映画を観ていて、怖かった。永田が怖かった。自分だったから、怖かった。たぶん僕は、あそこまでは酷くはないし、なかったと思う。でも、永田であり得た。たまたま、永田ではなかっただけだ。

もし、沙希のような女性がいてくれたら、余計、永田だった可能性は高いだろう。

内容に入ろうと思います。
街をうろつく永田。高校時代の同級生と「おろか」という劇団を立ち上げ、脚本兼演出をしているが、前衛的な作風のため、公演の度に酷評の嵐。劇団員からも見放されつつある。永田は極度の人見知りで、他人の意見を聞かない。自分の理屈に合わないと苛立ったり噛み付いたりと、コミュニケーションに大いに問題がある。これで才能があればいいが、現状、高い評価を得ているとは言いがたい。
ある日永田は、自分と同じ画廊の絵を眺めている女性に気づく。同じスニーカーを履いている。ただそれだけの理由で、普段からは考えられない強引さで彼女を喫茶店に誘う。誘ったはいいが金がない永田は、アイスコーヒーを彼女に奢ってもらう始末だ。沙希というその女性は、青森から女優になるために上京し、今は服飾の学校に通っている。永田と沙希は付き合うことになり、金がない永田は沙希の家に転がり込むことになった。
特に働きもせず、演劇のことばかり考え、かといって脚本を書くわけではない永田。そして、永田を献身的に支え、永田からの酷い扱いにも笑顔を失わず、二人分の生活を成り立たせる沙希。夢を追う二人の、痛々しさの入り交じる恋の物語。

好きな映画だなぁ、これ。そもそも松岡茉優が好き、っていうのもあるけど、永田の痛々しさと、そうせざるを得ない心情が嫌というほど分かって、なんというか、観ていて心苦しくもなる映画でした。

観ながらずっと思っていたことは、沙希と出会ったことが永田にとって良かったのかどうか、ということだ。

永田の心の声で、こんなことを言う場面がある。

【その優しさに触れると、自分の醜さが刺激され、苦しみが増すことがあった】

たぶんこの映画の中で、一番分かりみが深い場面だと感じた。

たぶん僕も、沙希と関わっていたら、辛くなるような気がする。そして、その辛さをごまかすために、自分に良くしてくれる相手を傷つける行動を取ってしまう。

「才能」ってなんだよっていう定義の話は置いといて、永田が自分の「才能」について、何か根拠を感じられていれば違っただろう。しかし、沙希と出会った頃の永田に、それはなかった。永田の周囲に、永田の「才能」を評価してくれるような環境はなかった。永田自身は、きっと、長いこと自分の「才能」に自信を持っていただろうが、しかし沙希と出会った頃は、そんな自信も大きく揺らいでいたことだろう。

そんな状態で、沙希だけが自分の「才能」を評価してくれる。

まあ、それはいい。

けど怖いのは、「だから永田を献身的にサポートしているのだ」と感じられることだ。つまり、「永田に才能がある」から「永田を献身的にサポートしてくれている」と永田は理解しているだろうということだ。

これは怖い。何故なら、こう考えることは、「永田に才能がないことが分かれば終わってしまう」ということになるからだ。

永田が脚本を書かなくなった理由の大きな部分は、ここにあるはずだ。つまり、自分の才能の無さが、沙希に露呈するようなことはしたくない、ということだ。

そして、こう考えてしまう時点で、既に、沙希と関わることは大きなマイナスになる。少なくとも、演劇の世界でこれからもやっていこうと考えている永田にとっては。

考えすぎかもしれない。沙希は、永田に才能がないことが分かっても、それまでと変わらず関わってくれるかもしれない。しかし、そう信じるのは、なかなか勇気がいるだろう。特に永田にとっては。永田は、沙希以外の人間、つまり沙希の友人らとほとんど関わろうとしないし、沙希に対しても暴言を吐くこともある。自分でも、「誰かを楽しませる能力がない」「自分といて楽しいはずがない」と自覚している。それなのに、沙希が自分と一緒にいてくれる理由は、やはり、永田に才能を感じているからだろうし、だからサポートしてくれるのだろう。永田としては、そう考えるしかない。それは、凄くよく理解できる。

だから、ラストの沙希の言葉は、永田にとっては救いだっただろう。あれは、沙希の本心だったのだろうか?それとも、優しさだろうか?女性があの場面をどう観るのか、気になる。

沙希のような女性は、そりゃあ素敵だ。現実にも、沙希のような女性は僅かにいるかもしれないが、概ねこれは、男の理想の具現化と言っていいだろう。しかし一方で、沙希のような女性は怖い。それは、一緒にいたら自分がダメになっていくことが分かるし、相手をダメにしていくことも分かるからだ。一緒にいる時間は、そりゃあ楽しかろう。永田も、沙希が笑ってくれさえすればなんでもいい、というような感覚になる。それは分かる。分かるけど、でも、これは最悪の組み合わせだ。

【ここが一番安全な場所だよ】

一番安全な場所に、弾は飛んでこないけど、内側から朽ち果てていくのだ。

しかし、松岡茉優、やっぱり好きだなぁ。

「劇場」を観に行ってきました
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9位 速水健朗「ラーメンと愛国
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