18歳の著作権入門(福井健策)
著作権に関する本は時々読むようにしてて、でもやっぱりなかなか難しい。ただ、読んでいるとなんとなく分かってくるから、これからも時々読もうと思う。
著作権についての基本的な知識をここで書いても仕方ないから、ここでは、僕が知らなかったことや意外だったことなんかについて書いておこうと思う。
本書は、「著作物って何?」というところから始まります。著作権法という法律には、一応定義は載ってるけど、抽象的。だから一緒に、9つ例が載っている。「小説・脚本・講演など」「写真」などですね。で、著者は、この9つの例で、実社会の活動の99%は著作物かどうかの判定ができる、と書いています。
もちろん、微妙なラインの話も本書には載ってて、例えば、「機械が生み出したものは著作物ではない」というのが大前提なので、「スピード写真」や「人工衛星が撮った写真」なんかは著作物じゃないみたいです。なるほど。
で、著作物だと判定されたものに対して、禁じられていることを行うと刑事罰になるわけですけど、本書にはこんな記述があります。
【「最高で懲役10年又は1000万円以下の罰金、あるいはその両方」です。法人の場合、罰金は最高3億円になります。
これは、法定刑としては結構重い方です。どれくらい重いかと言えば、大麻の輸出入や営利目的譲渡の法定刑よりも重いです。つまり、日本では路上でマリファナを売るよりも著作権侵害の方が法定刑は重いのです。すごいですね。まあ現実の処分はそこまで重くならないことが多いですが、気を付けたいところです】
なるほど。これはなかなか驚きですね。
他の法律もまあそうなんでしょうけど、著作権法もやはり判断が難しい場面というのはあって、裁判で決着をつけることも多いわけです。で、著作権侵害かどうかのバランスラインについて本書にはこう書かれていました。
【社会の多数がそれと同じことをしてもうまく回るのか、社会の多数が同じことをしたら崩壊するのか】
これは恐らく、どこかに明文化されているものではなく、著者による言語化だと思うのだけど、実際に著作権侵害の裁判に多く関わったことのある著者の実感です。また同じように著者は、世の中の著作権トラブルの多くが、「あそこで一言名前を出して感謝していれば起きなかったんだろうな」と感じさせるものだとも書いています。確かに、海賊版で荒稼ぎしてる、とかであればまた別ですが、基本的には自分が生み出した著作物に何らかの形で関わってくれることは、創作者としては嬉しいはずです。それでトラブルになってしまうんだから、感情的なものが大きいんだろうなとは思います。
本書を読んでいて、たぶん初めて知ったのが(知ってたかもしれないけど、ちゃんと認識してはいなかった)、著作権法38条の「非営利目的の上演・演奏など」という規定です。著作権法には、著作権者の許可を取らなくても著作物が使える例外規定がいくつか設けられていますが、その中でもこれは、あまり知られていなくて、著者がもったいなさを感じているものです。この規定があるから、図書館が本やCDの貸し出しができるわけですけど、一般人でも適応されるんですね。
一定の条件を満たしさえすれば、自分のバンドで好きなアーティストの曲を演奏できるし、演劇を上演することも、映画の上映会も、著作権者に許可なく可能です。その条件が三つ。
◯非営利目的であること
◯観客などから料金を受け取らないこと
◯実演家・口述者に報酬を払わないこと
です。これらすべてを完璧に満たしていれば、最強の著作権管理組織・JASRACにさえ許可を取らずにOKなわけです。
実際にこれらの3つの条件を満たしているかどうかは、ここでウダウダ書くのがめんどくさい微妙なラインがあるので、本書を読んだり、自分で調べたりしてほしいですけど、なるほどこれはちゃんと理解しておくと良いかもしれません。
あと、同じような「許可なく利用可能」なものとして「写り込み」があります。写真や映像の撮影の際に、「仕方なく」写り込んでしまう著作物はセーフ、というものです。それも条件が定まっているんですけど、それよりも僕が驚いたのは、この「付随的利用」という規定が2012年に導入された、ということ。それ以前は一体どうなってたんだ?不思議。
本書には、編集者に対する注意喚起もありました。著作権法では、「著作者人格権」というものが規定されていて、その中に「同一性保持権」というのがあります。要するに、「私の作品を無断で改変するな」という権利です。これはなかなか厳しい規定で、
【たとえば判例では、懸賞論文の送り仮名や改行を無断で直しても、侵害とされたくらいです】
と書かれています。
で、それを受けて著者は、出版社の編集者に、「危ないっすよ」と忠告をします。著者はこれまでにも多数本を出版してきていますが、編集者の中には、
【受け取った文章なんて素材程度に思っていうのか、「こう直したい」とも「こう直しました」とも言わずに、「明日掲載です」なんて言って大幅に変更したものを送ってくる方】
もいるそうです。まあ、著作権侵害かどうかに関係なく、そもそも仕事の進め方とか他人との関わり方的にやべぇなって感じですけど、まあ確かに、著作権的にもやべぇでしょうね。
「同一性保持権」とは違う話ですが、本書に載っている「盗作」の一例が凄かったです。ディック・ブルーナの「ミッフィー」と、サンリオの「キャシー」の争いで、「ミッフィー」側が「キャシー」を盗作だと2010年にオランダで訴えたそうです。僕の感想は、「これが盗作と言われたら辛いよなぁ」という感じです。著者はこの事例を色んなところで話し、その際参加者に討論をしてもらうようで、どういう意見が出るのかという例が本書に載っています。それを読んでも僕は、いやーこれは盗作じゃないっしょ、と思ってしまいました。
ちょっと話は脱線しますけど、以前読んだ川上量生「コンテンツの秘密」という本の中に、誰の言葉だったか忘れちゃったけど(確か鈴木敏夫)、「ジブリのような物語を作ろうとすると、どうしても絵がジブリっぽくなる」みたいなことを言っていました。同じように、「エヴァンゲリオン以降、アニメの絵は貞本義行に近づいていった」というようなことも書いてありました。欧米でも、ピクサーのようなアニメ物語を作ろうとすると、どうしても絵がピクサーっぽくなってしまうそうです。それは真似しているのではなくて、そういうものなんだ、と言っていました。
「ウサギを簡略化してイラストにする」という場合、選択肢なんてほとんどないような気がするから、この「ミッフィー」と「キャシー」が似てるってことになっちゃうと、他にもいろんなのが訴えられるんじゃ???と思ってしまいました。ちなみにこの裁判、ちょっと驚くべき理由で終結しています。具体的には書きませんが、きっかけとなったのは東日本大震災です。
あと、本書を読んで初めて知ったのは「戦時加算」の話です。これは、著作権がいつまで保護されるかに関わってきます。基本的には「著作者の生前全期間+死後50年」だそうです。これはたぶん、世界中で統一なんだろうと思います。
で、「戦時加算」とは何かというと、「戦前及び戦中の連合国民の作品」は、日本では保護期間が長くなる、というものです。戦争に負けたから、という身も蓋もない理由ですけど、そうかそんな規定があったのかと驚きました。
さて最後に「青空文庫」の話を書いて終わりましょう。「青空文庫」というのは日本独自のもので、著作権が切れた過去の文学作品などをボランティアが一字一字入力し、無料で読めるようにしているものです。2015年に刊行された本書に載っている数字で、既に12000作以上が公開されているそうです。
この「青空文庫」を呼びかけて推進したのが、富田倫生という人。2013年8月に亡くなってしまったそうです。彼は、アメリカが要求してきた「著作権保護期間の大幅延長」にも闘い続けた人生だったようで、著者はこんな風に書いています。
【我々が気軽に楽しむことが出来る膨大な過去の作品群は、クリエイター達の命がけの創意と、作品を愛する富田さんのような無数の人々の努力が築き上げてきたものなのです】
恐らく今の時代、「著作権法に一切違反していません」という人はいないでしょう。そもそも著作権法というのは、厳密に適応してしまうと不自由になってしまうものだし、法律が作られた時代と比べて「コピー・複製のための手段」や「表現手段」は多様化しているので、それらに課せられたルールを知らずに破ってしまっている、ということはあるでしょう。気づかなければ注意のしようもないですが、「命がけの創意」や「作品への愛」によって守られてきた環境が、窮屈で無味乾燥なものになってしまわないように、きちんとルールは理解しておきたいものだなと思います。
福井健策「18歳の著作権入門」
著作権についての基本的な知識をここで書いても仕方ないから、ここでは、僕が知らなかったことや意外だったことなんかについて書いておこうと思う。
本書は、「著作物って何?」というところから始まります。著作権法という法律には、一応定義は載ってるけど、抽象的。だから一緒に、9つ例が載っている。「小説・脚本・講演など」「写真」などですね。で、著者は、この9つの例で、実社会の活動の99%は著作物かどうかの判定ができる、と書いています。
もちろん、微妙なラインの話も本書には載ってて、例えば、「機械が生み出したものは著作物ではない」というのが大前提なので、「スピード写真」や「人工衛星が撮った写真」なんかは著作物じゃないみたいです。なるほど。
で、著作物だと判定されたものに対して、禁じられていることを行うと刑事罰になるわけですけど、本書にはこんな記述があります。
【「最高で懲役10年又は1000万円以下の罰金、あるいはその両方」です。法人の場合、罰金は最高3億円になります。
これは、法定刑としては結構重い方です。どれくらい重いかと言えば、大麻の輸出入や営利目的譲渡の法定刑よりも重いです。つまり、日本では路上でマリファナを売るよりも著作権侵害の方が法定刑は重いのです。すごいですね。まあ現実の処分はそこまで重くならないことが多いですが、気を付けたいところです】
なるほど。これはなかなか驚きですね。
他の法律もまあそうなんでしょうけど、著作権法もやはり判断が難しい場面というのはあって、裁判で決着をつけることも多いわけです。で、著作権侵害かどうかのバランスラインについて本書にはこう書かれていました。
【社会の多数がそれと同じことをしてもうまく回るのか、社会の多数が同じことをしたら崩壊するのか】
これは恐らく、どこかに明文化されているものではなく、著者による言語化だと思うのだけど、実際に著作権侵害の裁判に多く関わったことのある著者の実感です。また同じように著者は、世の中の著作権トラブルの多くが、「あそこで一言名前を出して感謝していれば起きなかったんだろうな」と感じさせるものだとも書いています。確かに、海賊版で荒稼ぎしてる、とかであればまた別ですが、基本的には自分が生み出した著作物に何らかの形で関わってくれることは、創作者としては嬉しいはずです。それでトラブルになってしまうんだから、感情的なものが大きいんだろうなとは思います。
本書を読んでいて、たぶん初めて知ったのが(知ってたかもしれないけど、ちゃんと認識してはいなかった)、著作権法38条の「非営利目的の上演・演奏など」という規定です。著作権法には、著作権者の許可を取らなくても著作物が使える例外規定がいくつか設けられていますが、その中でもこれは、あまり知られていなくて、著者がもったいなさを感じているものです。この規定があるから、図書館が本やCDの貸し出しができるわけですけど、一般人でも適応されるんですね。
一定の条件を満たしさえすれば、自分のバンドで好きなアーティストの曲を演奏できるし、演劇を上演することも、映画の上映会も、著作権者に許可なく可能です。その条件が三つ。
◯非営利目的であること
◯観客などから料金を受け取らないこと
◯実演家・口述者に報酬を払わないこと
です。これらすべてを完璧に満たしていれば、最強の著作権管理組織・JASRACにさえ許可を取らずにOKなわけです。
実際にこれらの3つの条件を満たしているかどうかは、ここでウダウダ書くのがめんどくさい微妙なラインがあるので、本書を読んだり、自分で調べたりしてほしいですけど、なるほどこれはちゃんと理解しておくと良いかもしれません。
あと、同じような「許可なく利用可能」なものとして「写り込み」があります。写真や映像の撮影の際に、「仕方なく」写り込んでしまう著作物はセーフ、というものです。それも条件が定まっているんですけど、それよりも僕が驚いたのは、この「付随的利用」という規定が2012年に導入された、ということ。それ以前は一体どうなってたんだ?不思議。
本書には、編集者に対する注意喚起もありました。著作権法では、「著作者人格権」というものが規定されていて、その中に「同一性保持権」というのがあります。要するに、「私の作品を無断で改変するな」という権利です。これはなかなか厳しい規定で、
【たとえば判例では、懸賞論文の送り仮名や改行を無断で直しても、侵害とされたくらいです】
と書かれています。
で、それを受けて著者は、出版社の編集者に、「危ないっすよ」と忠告をします。著者はこれまでにも多数本を出版してきていますが、編集者の中には、
【受け取った文章なんて素材程度に思っていうのか、「こう直したい」とも「こう直しました」とも言わずに、「明日掲載です」なんて言って大幅に変更したものを送ってくる方】
もいるそうです。まあ、著作権侵害かどうかに関係なく、そもそも仕事の進め方とか他人との関わり方的にやべぇなって感じですけど、まあ確かに、著作権的にもやべぇでしょうね。
「同一性保持権」とは違う話ですが、本書に載っている「盗作」の一例が凄かったです。ディック・ブルーナの「ミッフィー」と、サンリオの「キャシー」の争いで、「ミッフィー」側が「キャシー」を盗作だと2010年にオランダで訴えたそうです。僕の感想は、「これが盗作と言われたら辛いよなぁ」という感じです。著者はこの事例を色んなところで話し、その際参加者に討論をしてもらうようで、どういう意見が出るのかという例が本書に載っています。それを読んでも僕は、いやーこれは盗作じゃないっしょ、と思ってしまいました。
ちょっと話は脱線しますけど、以前読んだ川上量生「コンテンツの秘密」という本の中に、誰の言葉だったか忘れちゃったけど(確か鈴木敏夫)、「ジブリのような物語を作ろうとすると、どうしても絵がジブリっぽくなる」みたいなことを言っていました。同じように、「エヴァンゲリオン以降、アニメの絵は貞本義行に近づいていった」というようなことも書いてありました。欧米でも、ピクサーのようなアニメ物語を作ろうとすると、どうしても絵がピクサーっぽくなってしまうそうです。それは真似しているのではなくて、そういうものなんだ、と言っていました。
「ウサギを簡略化してイラストにする」という場合、選択肢なんてほとんどないような気がするから、この「ミッフィー」と「キャシー」が似てるってことになっちゃうと、他にもいろんなのが訴えられるんじゃ???と思ってしまいました。ちなみにこの裁判、ちょっと驚くべき理由で終結しています。具体的には書きませんが、きっかけとなったのは東日本大震災です。
あと、本書を読んで初めて知ったのは「戦時加算」の話です。これは、著作権がいつまで保護されるかに関わってきます。基本的には「著作者の生前全期間+死後50年」だそうです。これはたぶん、世界中で統一なんだろうと思います。
で、「戦時加算」とは何かというと、「戦前及び戦中の連合国民の作品」は、日本では保護期間が長くなる、というものです。戦争に負けたから、という身も蓋もない理由ですけど、そうかそんな規定があったのかと驚きました。
さて最後に「青空文庫」の話を書いて終わりましょう。「青空文庫」というのは日本独自のもので、著作権が切れた過去の文学作品などをボランティアが一字一字入力し、無料で読めるようにしているものです。2015年に刊行された本書に載っている数字で、既に12000作以上が公開されているそうです。
この「青空文庫」を呼びかけて推進したのが、富田倫生という人。2013年8月に亡くなってしまったそうです。彼は、アメリカが要求してきた「著作権保護期間の大幅延長」にも闘い続けた人生だったようで、著者はこんな風に書いています。
【我々が気軽に楽しむことが出来る膨大な過去の作品群は、クリエイター達の命がけの創意と、作品を愛する富田さんのような無数の人々の努力が築き上げてきたものなのです】
恐らく今の時代、「著作権法に一切違反していません」という人はいないでしょう。そもそも著作権法というのは、厳密に適応してしまうと不自由になってしまうものだし、法律が作られた時代と比べて「コピー・複製のための手段」や「表現手段」は多様化しているので、それらに課せられたルールを知らずに破ってしまっている、ということはあるでしょう。気づかなければ注意のしようもないですが、「命がけの創意」や「作品への愛」によって守られてきた環境が、窮屈で無味乾燥なものになってしまわないように、きちんとルールは理解しておきたいものだなと思います。
福井健策「18歳の著作権入門」
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