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「作家、本当のJ.T.リロイ」を観ました

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「ふたりの J・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏」という、ドキュメンタリーではない方を先に見た。この映画で初めて「J・T・リロイ」という存在を知った。

「ふたりのJ・T・リロイ」は、J・T・リロイを演じていたサバンナ側の視点から描く物語だ。今回観たドキュメンタリー「作家、本当のJ.T.リロイ」は、実作者であるローラ視点で描かれる。

リアルタイムでJ・T・リロイのことを知っていたわけではないからだろう。何故これが騒動に、そして「捏造」と呼ばれるのか、僕にはちょっとよく分からなかった。

似たようなことを、佐村河内守の時に感じた記憶がある。

耳が聞こえないのに素晴らしい曲を作る、現代のベートーヴェンとして取り上げられたが、実作者が別にいたことが発覚した。耳が聞こえないというのも嘘だった、というような報道もあったはずだ。僕は後に、森達也の「Fake」というドキュメンタリー映画を観て、「この2点について佐村河内守は本当に嘘をついていたのか」という点について疑問を抱くようになったが、まあその話はおいて置こう。とりあえず、「Fake」という映画を見る以前、僕が「佐村河内守は実は作曲をしていない」「佐村河内守は実は耳が聞こえている」と思っていた頃に感じたことを書こう。

僕は、「曲が良いと思ったのなら、その気持ちまで嘘にする必要はない」とあの時感じたのだ。そして、色んな見方はあるだろうけど、とにかく「佐村河内守」という存在がいなければ、それらの曲は多くの人に届くことはなかったわけだ。

もちろん、「裏切られた」という気持ちを抱くのは当然だ。しかし同時に、「でも素晴らしい曲を届けてくれてありがとう」という反応があっても良かったんじゃないか、と思うのだ。本当にその曲を良いと思っているのならば。佐村河内守が作曲したかどうかに関係なく、佐村河内守の耳が聞こえるかどうかに関係なく、「曲が良く」「佐村河内守がいなければその曲は多くの人に届かなかった」のであれば、「佐村河内守」という存在に一定の価値を認めて然るべきだ、と僕は感じてしまう。

しかし、当時のメディアの報道は、「捏造」一色だったと思う。メディアは、一般人の反応を敏感に反映する。つまりあの当時、佐村河内守を「捏造」だと感じた人が多かったということだろう。

だから僕はその時、こう思った。佐村河内守の曲を良いと思った人たちの大半は、「佐村河内守という物語」とセットで、曲を良いと思っていたのだろうな、と。つまり、曲単体での良さを感じていたのではないのだろうな、と。

別に非難しているつもりはない。何かを広く届かせるには、物語の力が有効だ。その物語の方に反応していたとして、それは別にいい。しかし、「佐村河内守に裏切られた」とショックを表明するのであれば、「自分は曲単体で良いと感じていたわけではない」という自分の落ち度も同時に認めるべきではないか、と僕は感じてしまう。それを認めていたとすれば、あれほど苛烈に佐村河内守を非難することなど出来ないだろう。

J・T・リロイにも同じことを感じる。

J・T・リロイというのは、「サラ、神に背いた少年」など、世界的なベストセラーとなった作品を生み出した小説家の名前だ。J・T・リロイは、自分が書いた物語を「実話を基にしている」と言っていた。J・T・リロイはデビュー当時17歳。路上でHIVに感染したホームレスのゲイで、時々女装をしながら男娼としてお金を稼いでいる。カウンセリングとして電話で話をしていた医師の勧めで書いた小説が世界的なヒットとなった。J・T・リロイの小説は、出版前から大絶賛だった。J・T・リロイは有名な小説家に原稿を送った。読んだ小説家はJ・T・リロイの作品を絶賛、とんとん拍子に出版が決まり、出版後も絶賛する書評が相次いだ。「文芸界の超新星」として、一躍注目を集めることになる。

この時点でJ・T・リロイは一度も表舞台に姿を表していない。人前に姿は見せない、取材は電話のみ。アメリカではよく行われる朗読会にも姿を表さない。しかしJ・T・リロイの小説に熱狂する人は多く、俳優・映画監督・小説家などセレブたちにも大人気だった。

こうなってもまだ、J・T・リロイは表舞台に出てこないのだ。

二作目を執筆し、デビュー作と共にイタリアでその二作がベストセラーランキングの1位、2位となると、インタビューを依頼されるようになる。この頃ようやく、J・T・リロイは姿を表すことになるのだ。

小説を書いていたのは、執筆当時30代半ばだったローラ・アルバートという女性。そして、J・T・リロイとして表舞台に出るようになったのは、ローラの義理の妹のサバンナ・クヌーだ。小説の執筆と電話はローラが、サングラスとウィッグで顔を隠して表舞台に出るのはサバンナ。そういう役割で、彼女たちはJ・T・リロイを演じていた。

さて。やがて、「J・T・リロイという男娼の少年」が存在しないということが明らかになる。そして、このことが「捏造」として非難されたのだ。

色々触れるべき点はあるが、まず僕は、この映画で自身の話を告白するローラが最後に力強く言う「これは捏造ではない」というメッセージを支持する。確かに、彼女たちが一切間違ったことをしていない、とは言わない。そこでその振る舞いは正しくなかっただろう、という部分はもちろんある。しかし、確かに僕も、彼女たちがしていることは「捏造ではない」と思う。

J・T・リロイには、2つの側面がある。「小説で描かれていることを実際に体験したというJ・T・リロイ」と、「現実の世界に肉体を持って現れたJ・T・リロイ」だ。

まずは前者について。この小説は実話を基にしている、と謳われていた。確かに「これが実話だなんて」という驚きが、物語の受け取り方に影響することは認める。世の中には、「実際に起こったことだ」と言われなければ、とてもじゃないけど信じられないような展開の現実というのはある。フィクションだったら、あまりにも荒唐無稽だと思われて興冷めされてしまうことであっても、事実だという背骨があるとまったく捉え方が変わるというのは理解できる。

確かにこの点には、誤ちはあったと感じる。著者が実際に体験したことなのだ、と思いながら読んだ人たちが、単なる小説以上の受け取り方をして熱狂した、ということであるならば、非はあるだろう。僕は、彼女の小説も読んでいなければ、当時の熱狂がどのように生み出されたのかも知らないから憶測でしかないが、事実であることが受け取られ方として重要だったのであれば、「事実を基にした」という打ち出し方は間違いだっただろう。

しかしだとしても、ローラが「捏造ではなかった」と主張することに、僕は納得する。それは、J・T・リロイというのは、ローラの中に”実在する”人格だからだ。本人は、多重人格障害ではない、と言っていて、その辺りの境界についてはよく分からないが、ローラにとってJ・T・リロイは存在するのだ。

何故僕がそれを信じるかと言えば、ローラがJ・T・リロイ(当初はターミネーター)として医師とカウンセリングのやり取りをしている音声が残っているからだ。この映画は、様々な人とのやり取りの音声で構成されている。何故音声が残っているのかはよく分からないが、ともかくローラは、医師に勧められて小説を書き始めたのだ。

医師は、J・T・リロイ(当初はターミネーター)の発言が様々に揺れ動くのを捉え、自身の経験を文章にしてみなさい、と勧めた。ローラは、(電話での相談なのだが)「醜い自分が悩むのは当然」と思われるのが怖くて、少年のフリをして自殺ホットラインのような電話番号に電話し、テレンス医師と出会う。ローラは名前を聞かれて「ターミネーター」と答え、ターミネーターとしてどんな人生だったのかを”振り返って”文章を書いた。

J・T・リロイの二作目が映画化されることになり、その撮影現場を見て、ローラはこう感じる。

【私が生み出した世界は現実に根ざしている。その現実は、夢に根ざしているのだ】

実際に公開された映画を見て、ローラの中のJ・T・リロイはこう感じる。

【これはJ・T・リロイが経験した”真実”だった。フィクション仕立ての】

これは「捏造」だろうか?

確かに、客観的に見たら「捏造」と判断されるかもしれない。ローラについて詳しく知らなければ、そう判断しても仕方ないかもしれない。「J・T・リロイが実在しない」ことが発覚しつつある頃、ローラがよく話を聞いてもらっていたビリー・コーガンは、「君の話を聞いてもらえると思うな」と注意を促している。確かに、話を聞いてもらうことは難しかっただろう。しかし、ローラの主張を聞いた後なら、彼女が「これは捏造ではない、と思っている」ことは受け止めてもいいのではないかと思う。

また、最後に彼女が指摘しているが、「サラ、神に背いた少年」の表紙には、「FICTION(小説)」とちゃんと書かれている。確かに、「実話を基にした」という打ち出し方は間違いだったかもしれない。しかし、小説であると言っているのだから、それが事実に基づいていなかったからと言ってわーわー言うことではない、という気もする。事実だ、ということが作品を受け取る際に上乗せになっていた部分はあるかもしれないが、しかし、誰もがこぞって、J・T・リロイの作品を褒め称えていた。J・T・リロイが表舞台に出る以前からだ。それはやはり、作品の価値だろう。とにかく、面白いし斬新だったということだろう。佐村河内守の時と同じく、作品が面白ければそれでいいし、作者を取り巻く物語込みで作品を評価していたのであれば、受け手側にも未熟さを反省する余地があるんじゃないかと僕は思う。

後者の「現実の世界に肉体を持って現れたJ・T・リロイ」の方に話を移そう。僕は、こちらについては、ほぼ非はない、と感じている。そもそもJ・T・リロイという男娼の少年が肉体的には存在しないのだ(ローラの心の中には存在するが)。「J・T・リロイ(あるいはJ・T・リロイのモデルとなった)男娼の少年」が肉体的に実在するのであれば、その身代わりとしてサバンナが表に出てくることには何か問題があるかもしれない(そうだとしても、僕は別に問題だと思わないが)。しかし、そもそも実在しない人物にサバンナが扮していたところで、何の問題があるのだろう?J・T・リロイは肉体的には実在しない。しかし誰もが、J・T・リロイの登場を待ち望んでいた。この2つに折り合いをつけるには、誰かがJ・T・リロイになるしかない。それだけの話だ。実作者のローラがJ・T・リロイとして表に出ていようが、「男娼の少年が実在しない」という事実に変わりはないのだ。

しかし、一点だけ、明白に非があると指摘できる部分がある。それは、「J・T・リロイは実在しないかもしれない」という報道が出始めた頃、J・T・リロイを支持してくれる人たちに対してローラが、「僕は本物だからみんな守ってくれ」とお願いしたことだ。これは明らかに間違いだ。こんな振る舞いさえしなければ、また違っただろうと思う。

とはいえ、J・T・リロイという存在を葬り去らなければならない恐怖も、理解できないことはない。そもそもローラは、16歳頃に精神病院に通院していたり、世間とうまく関われなくて引きこもり的になっていたりした。自分の体型や容姿に自信が持てず、今の自分のまま表に出るのは嫌だという感覚がとても強かった。

【他の人になりたいと思うとき、本名は隠さなくちゃいけない】

誰か別人になりきることでしか人生を渡り歩けなかったとすれば、その気持ちは分かるような気もするのだ。強い人は理解できないと思うかもしれない。でも、人生に立ち向かっていく勇気を持てない人が、どうにか前に進んでいくために自分の名前ではない誰かとして振る舞おうとしたのであれば、その必死さは理解してあげたいと僕は思う。

もし、ローラが、「事実に基づいている」と言わずに作品を発表していたらどうだっただろう?作品は、これほど熱狂的に支持されなかっただろうか?もしそうなら、悲しいなと思う。そんな世の中は、あんまりだと思う。

「作家、本当のJ.T.リロイ」を観ました
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