黒夜行

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蕎麦湯が来ない(せきしろ×又吉直樹)

このエッセイの中で、一番共感してしまったのは、せきしろ氏の、コンビニでのコピーの話だ。僕も、まったく同じことをする。

ざっくり書くとこんな話だ。コンビニでコピーしようと思って先客がいる場合、その人の後ろに並ぶことはしない。相手にプレッシャーを与えるからだ。店内で何かを選んでいるフリをしながら待つ。でも時には、さらに後から来た人が、コピーしている人の後ろに並んでしまう。そうなった時、別のコンビニに行く。

というものだ。うわぁ、メチャクチャ分かる、と思った。

まあこれは、完全に個人的なもののコピーの場合。僕は先日、半分仕事みたいな状況で、コンビニにでのコピーをする必要があった。コンビニに向かいながら考えた。今回は、個人的な用事ではない。スピードも求められているぞ。しかも、土地勘のあまりない場所だ。どこにコンビニがあるかもちゃんとは分からない。とりあえず見つけたコンビニに先客がいたら、どうすべきか?いつもなら、並ばない。でも今回は、半分仕事だし、他のコンビニがどこにあるかも分からない。しょうがない、嫌だけど、先客がいたら、さりがなく後ろにいよう。

と考えながら向かったのだけど、結果先客はいなくて助かった。

せきしろ氏のエッセイには、こういう「自分が周りからどう見られている可能性があるか」という視点からのものが多く、実に面白い。

【私は人目を気にしてばかりいる。(中略)
それでもきにしすぎであることには変わりなく、それはもう子どもの頃からずっとなのである。親に喜ばれようとか、先生に楽しんでもらおうとか、友達に驚いてもらおうとか、絶えずそういうことを考えながら行動し、わざと失敗することもあれば、あえて変わったことを口走ったりもした。】

僕も、まったく同じだ。僕は別に、「親に喜ばれようとか、先生に楽しんでもらおうとか、友達に驚いてもらおうとか」みたいなことはあまり考えてなくて、「どうしたら変な人と思われない行動が取れるか」「どうしたら「普通」の枠組みから外れないか」みたいなことを考えていたのだけど、基本的には同じだ。外側から自分がどう見られるかという情報を絶えずフィードバックさせながら、瞬間瞬間の自分の行動を微調整するのだ。もうそれは、僕にとっての当たり前の振る舞いになってしまったから、今ではそんなに大変だとは思わないけど、時々やっぱり、「めんどくさい性格だよなぁ」とは思う。

喫茶店でどの席に座るか、という葛藤も、分かるなぁ、と思う。結局、自分が他人からの見られ方をいつも気にしてしまうから、周りの人間もそうだ、と思い込んでいる部分がある。だから、お客さんの密度の低いところに移ろうとしているだけなのに、「隣の人から、『私の隣は嫌なのか』と思われるかもしれない」などと考えてしまうのだ。まあ、僕も考えてしまうのだけど、冷静に考えれば、そんな風に考える人の方が少数派かもしれない。あるいは、仮にそう思われたって、知らない人なんだから気にしなければいいのだ。でも、やっぱり気になっちゃう。

僕は喫茶店にはあまり行かないが、電車の座席でよく考える。電車の乗り降りなどの末、8人座れる席の一方に3人が固まってる、みたいになることがある。5席丸々空いてるんだから、移動してバランスよく座った方がいいと思うのだけど、でも、ここで動いたら相手を嫌な気分にさせたりしないかな、と思って動くのをためらう。で、一瞬ためらっちゃうと、もう動けなくなる。一瞬ためらった後移動する場合は、「一瞬ためらった理由を明らかにしつつ移動しなければならない」と思ってしまうからだ。そうなると、もう動けなくなる。ジ・エンドである。

ちなみに、これを書くと変態だと思われそうだが、電車の座席に座っていて、隣に女子高生が座ると嬉しい。これはどういう意味かというと、「隣に座るのを嫌悪するほどの何かが自分にあるわけじゃないんだ」と思えるからだ。禿げてたり清潔感が感じられなかったり臭かったりしたら、きっと隣には座らないだろう。そういうマイナスはきっとないんだろう、と思えるから嬉しい。もちろん、その判断だけなら女子高生である必要はないのだけど、女子高生は年上の異性に対してそういう判断を隠すことなく面に出すような気がするし、その判断基準がかなり厳しいと思うから、女子高生だとなお嬉しいのだ。

また、見られ方という話で言えば、この話も面白かった。知り合いの女性と回転寿司を食べに行ったせきしろ氏は、注文した女性に対して職人が「わさびは大丈夫?」と聞いているのを目撃。この女性、童顔で、実年齢よりかなり年下に見られるのだ。その時の女性の返答についてこう書いている。

【すると女性はさっきよりも高めの、まるで子どものような声で「はい」と答えたのだ。子どもと勘違いしている寿司職人に恥をかかせないようにと、気を遣って子どものふりをいたわけである。
この不思議な気の遣い方、私もよくする。】

僕も、実際にするかどうかはその時々だけど、するかどうか悩む場面は結構ある。僕は、気を遣ったことが相手に伝わってしまうのは失敗だと思っているので、そのことがほぼ伝わらないだろうと確信出来ればすると思う。でも、気を遣っていると伝わる可能性が感じられたら、やらないかな。まあでも、いずれにしても、感覚としてはもの凄くよく分かる。

共著者である又吉直樹のエッセイにも、この種の見られ方の話がある。一番好きなのは、フラッシュモブの話だ。

そのエッセイは、

【フラッシュモブの映像を見るたびに、当事者ではないのに緊張してしまう】

という一文から始まる。その書き出しから、最後まで、すべて妄想である。妄想の中で、もし自分がフラッシュモブで女性の告白をすることになったらどうするかと考え続ける。又吉の思考は、フラッシュモブも本来の役割を完全に喪失させる方向に展開される。しかし、その気持ちは分かる。「期待」とか「希望」程度のことでは、フラッシュモブのようなサプライズはできない。「確実」でなければ無理だ。しかし、「確実」なんてことがあるだろうか?ない。だったら…と展開する又吉の妄想は、絶対にフラッシュモブで告白などするわけないのに、妙にリアルで面白い。

この、妙にリアルで面白い妄想は他にもあって、例えば、ライブ会場でスタート時刻を過ぎても始まらない状況下で、名探偵コナンが登場するような事件が発生するのでは、と考えてしまう。しかも、その妄想の中で、又吉は自ら致命的なミスをしでかすかもしれない、と考えている。明らかに起こり得ないだろう妄想の中でさえ、又吉は、自分が失敗することを常に恐れているのだ。

居酒屋で出てくるお通しの話も、なんだか妙である。エッセイの書き出しは、お通しというのは最初に出てくるのに、あれは最初に食べるものとしてふさわしいのか、という議論だったはずなのに、途中から、お通しを残してしたら、もしかしたらこんなことが起こってしまうかもしれない、という妄想が展開される。しかもやはりそれは、ある意味で又吉が自分の失敗であると捉えるようなものになっているのだ。

ただ、こういう感覚も、分かるなぁ、と思う。起こっていないし、起こる可能性だって低いと分かっていることに対して、自らの間違いや失敗を先取りしておく。僕は、そうすると、ちょっと安心だ。これでもし本当に、妄想だったはずの状況が起こってしまっても、起こりうる失敗は想定できている、と思えるのだ。それはある種の安心感に繋がる。又吉がどういう理由でこんなことを考えてしまうのか、それは本書では書かれていないが、同じような理由ではないかと思う。

また、「誕生日の過ごし方が難しい」というエッセイも、別の意味で自意識が炸裂している。又吉は、何について「難しい」と言っているかというと、「誕生日を普通に過ごすこと」、つまり、「誕生日だからと言って特別な過ごし方をしないこと」が「難しい」と言っているのだ。

このエッセイ内では、この部分についてはあっさり素通りされるのだけど、まずこの主張の意味が理解できない人もいるだろう。要するに又吉は、「誕生日だからと言って特別な過ごし方をしたくはない」という価値観を持ってるという話なのだけど、さらにそこから拡大して、「結果的に特別な過ごし方をしてしまうことも避けたい」という考えも持っているのだ。

だから彼は、「普通に過ごす」「自然な一日を送る」ことを考えるのだが、しかしその時点で既に普通でも自然でもない。そういう意味で、「誕生日だからと言って特別な過ごし方をしないこと」はとても「難しい」ことなのだ。しかしある年の誕生日は、非常に良い過ごし方があった。「締め切りの過ぎた原稿を書く」という過ごし方だ。締め切りを過ぎてしまっているのだから、書かなければいけない。これは、ごく当たり前の日にも起こりうる、ごくごく当たり前のことであって、まったく誕生日らしくない、と又吉は考えて安心する。という話だ。

僕は、一人でいる時まで自分で自分を客観視することがあまりなくて、やはり誰かと関わる時に自意識の過剰さに対処しなければならなくなることが多い。そういう意味では、せきしろ氏寄りだと思う。又吉はむしろ、一人でいる時や妄想中に自意識が発動することが多いように思われる。個人的には珍しいタイプだと思うけど、どうだろう。あと、どうでもいいことに今気付いたけど、「せきしろ氏」と「氏」をつけてるのに「又吉」って呼び捨てだった。まあ、「またよしし」って、「し」が2つ続くのは違和感があるからなぁ、という理由にしておこう。

他にも、日常の隙間に落ちていそうな、よくそこに視線を向けようと思ったな、というようなエッセイが多くて面白い。ソファの隙間に挟まったものが見つかりにくいのと同じように(でも我が家にはソファはない)、日常の隙間に挟まっているものも、視点を変えないとなかなか見えてこない。印象的なエピソードだったら、記憶の引っかかりもあるだろうけど、あまりにも日常的すぎることは逆に意識が難しい。せきしろ氏が、「『相殺』って漢字を『そうさい』って読むのは当然知ってるんだけど、『あい…』って読んじゃうことがあって、否定しても説得力がない」みたいなことを書いてるエッセイがあって、こんなの、よく思い出せるなと感心する。それに、同じような漢字の例を他に2つも挙げるのだ。こういうのって僕の場合は、そういうことがあった瞬間に何かにメモでもしておかないと、後から意識的に思い出す方法はないのだけど、やはり何か脳の作りが違うんだろうか?

さて、特にここまで触れてこなかったが、本書は、2人の自由律俳句をベースにエッセイが展開される。句集のように自由律俳句のみが掲載されてるページもある。あまり拾いすぎないようにするが、こんな日常の一瞬をよくもまあ照準を合わせて切り取れるものだと感心するものが多々ある。

「第一走者の親が謝っている」(又吉直樹)

「近所まで蹴り育てた石を諦める」(又吉直樹)

「店員同士の絆が凄いことはわかった」(又吉直樹)

「リュックから出す機会がなかったオセロ」(又吉直樹)

「靴紐をなおす場所を探す」(せきしろ)

「明らかに元セブンイレブン」(せきしろ)

「ホチキスでとめられるかの賭け」(せきしろ)

「ゴミ袋の結び目からゴミを入れる」(せきしろ)

日常のあちこちにマーキングのように置かれている自身の自意識に蹴躓いては、さらに自意識を過剰にさせていくような無限フィードバックの罠にハマった者たちが、短い言葉で現実の一瞬を切り取りながら、そこに「誰かに見られている自分」を発見しては恥ずかしがるような、そんな作品です。見事に、面白い。

せきしろ×又吉直樹「蕎麦湯が来ない」

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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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