黒夜行

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「娘は戦場で生まれた」を観に行ってきました

今まで観た映画で、間違いなく、一番凄かった。
これを超える映画が存在しうるんだろうか、と思ってしまうほどだ。
あまりにも衝撃的で、ふと気づくと、あれ、あと少しで俺泣きそうなんじゃないか、と気づく、みたいなことが何回かあった。

【今はあなたを産んで後悔している。
パパと会ったことも。
実家から出たことも悔やんだ】

ある場面で彼女はそう言う。
最愛の娘を「産んで後悔している」と言わなければならないほどの壮絶な現実が、彼女の前にはあり、彼女は、それを記録し続けた。

生きてこの包囲網から出られる保証などまったくなかったが。

戦地、シリア。無知な僕は、2020年3月3日現在、シリアで未だ戦争が継続しているのか、正確には答えられない。いや、もっとはっきり言おう。何も知らない。たぶん、ごく一般的な平均的な日本人並には社会的な出来事には関心があるし、新聞は読んだことはないが、テレビやネットなどで意識的にニュースを見ているつもりだ。でも、僕には何も分からない。何故シリアが、これほど悲惨な戦場になっているのかも。

【私たちは世界に叫ぶ。助けて】

【ハムザはニュースで何度も話した。
私の写真は、数千万人の人の目に触れた。
それでも、誰も政権を止めない。
味方は私たちだけ】

僕は、彼女の写真すら見たことがなかった。
数千万人の一人にも入っていない。
こういう時、自分が情けなくなる。
何が出来なくても、せめて、関心ぐらいは持ちたい。
持てる人間でありたい。

彼らは、凄い。いや、凄まじい。
彼らが何故戦場にいたのか、その話は後で書くが、一度彼らは、ハムザの両親に会うためにトルコへと出国した。
その時、彼らが抵抗を続ける故郷・アレッポの街へと通じる道がほぼすべて封鎖されてしまう。
彼らはどうしたか。
まだ生まれたばかりの幼い娘を連れて、前線ギリギリを通り抜けて、アレッポまで戻ったのだ。

【誰も理解しなかった。
ハムザの両親は、サマだけでも残すように言った。
両親が正しいのは分かっていた。
でも、心はあなた(※娘のサマのこと)を離せなかった。
私たちにも分からない。
今もあの行動が信じられない】

彼らほどの勇気が持てる人間は、世界中でもごく僅かだろう。
そこまでの勇気は、要らない。
けれど。
世界を見るための目は、見開いておきたい。
「知らなかった」という一言で、済ませてしまう人間にはなりたくない。
何もできなくても、関心だけは向けておきたい。
映画を観ながら頭の片隅で、ずっとそんなことを考えていた。
考えないわけには、いかなかった。

何故戻るの?と、彼女はハムザにカメラを向けた。

【僕たちは5年も戦ってきた。
抑圧に対する正義のために。
ここでは、一人ひとりが大事な役割を担っているんだ。
この娘にも、大事な役割があるんだぞ】

僕は結婚もしていないし子どももいない。
彼らがした決断の大きさを、たぶん僕は、すべてを理解しきれないだろう。
それでも、その決断が、あまりにも常軌を逸したものだということは分かる。

当たり前だが、彼らは、娘を愛していないわけではない。
深く深く愛している。
そもそもこの映画は、映像自体は娘が生まれる前のものもあるが、娘が生まれてからの撮影と、映画にまとめる際の編集は、娘のために行われている。

【サマ、これはあなたのために撮った。
父と母がした選択を、
そして、私たちがなんのために戦ったのかを伝えるために】

だから、映画の中で彼女が言う「あなたは」は、すべてサマのことだ。

彼女たちは、何故ここにいるのか。
それは、闘いだからだ。

【ここで普通に生活することが、政権への抵抗だ】

アレッポは、政権反対派が多く住む地域だ。ここの住民が、ここから逃げず、生活をし続けることが、政権に対する闘いとなる。彼らは、武器を持たない。日々繰り返される爆撃や塩素ガスなどの攻撃に、ひたすら耐えるだけだ。武力での抵抗はしない。彼らは、正義を勝ち取るため、正しく闘うつもりでいる。それが、「生活すること」なのだ。

2012年4月。ワアドはアレッポ大学の経済学部4年生だった。アサド政権の独裁によって、シリアは腐敗と不正と抑圧に沈んでいた。ジャーナリストに憧れる彼女は、学生を含む民衆が蜂起したデモ運動への参加をきっかけに、スマホで身の回りを撮影し始める。
当時ハムザは、親友で既婚者だった。ハムザは、医師で活動家だったこともあり、ワアドは彼に密着して撮影を続けることにした。彼らは勝利を疑ったことはない。しかし、状況は悪化の一途を辿る。政権がこれほどまでに強硬な姿勢を取るとは想定していなかったのだ。内戦は酷くなる一方で、ハムザは、革命か奥さんかを選ばなければならなくなった。
―ハムザは、革命を選び、離婚した。ハムザは、東アレッポに残った32人の医師の内の1人であり、学校も医療サービスも何も機能していなかった環境下で、彼は病院を仲間とともに設営した。ハムザは、日々空爆で負傷する人びとの治療に当たり、ワアドは病院を含むアレッポの現状を撮影し続けた。
やがて二人は結婚。そして妊娠が分かった。生まれてきた娘には、サマと名付けた。アラビア語で「空」という意味だ。空軍も爆弾も存在しない、青い空と雲だけがある「空」が戻るのを願って。

彼女は、悲惨な現実から目を背けない。というか、こんな表現がそもそもおかしい。どこに目を向けたって、悲惨さしかないのだ。それが日常になっている。

映画を見ていると、この悲惨さが日常になってしまっていることが、人びとの反応から分かる。特に子どもはそうだ。「(家族は)みんな死んじゃった」「アレッポは消える」というようなことを、外側から見る限りはケロッと答える。もちろん、内心何も感じていないわけがない。わけがないが、あまりにも悲惨さが日常過ぎて、カメラを向けられたその一瞬には映らないのだと思う。

ワアドも、サマに対してこう感じる。

【普通の子のように泣かない。
それが私には辛い】

映画の中には、普通に死体が映る。今の世の中、様々なコンプライアンスによって、本物の死体はもちろんのこと、フィクションの中でも、死体の描かれ方がソフトにならざるを得ない、という状況を聞いた記憶がある。もちろんそれは、ある面では正しい。誰もが同じ条件で見られてしまうテレビやネットで凄惨な描写をすることのマイナスというのは当然考えられるべきだろう。しかし、そうなればなるほど、現実が見えなくなっていく。悲惨な現実が丁寧に覆い隠され見えなくなれば、あたかもそれが存在しないかのように生きられる。まあ、確かにそれでもいい。僕だって、自分一人生き延びさせるのに精一杯だ。けど、ホントにそれでいいのかよ、と思う気持ちもある。僕たちが「凄惨だ」と感じて覆い隠したくなるような出来事が、当たり前に起こりすぎて日常と化してしまっている人たちが世界のどこかにいる。そのことの落差に、目を瞑ってていいんだろうか、と感じる。

腕の折れた少年、血まみれの床、泣き叫ぶ母親、帝王切開で引き出された灰色の胎児…。彼女はそういう悲惨さを切り取っていくが、しかし彼女は、悲惨さを切り取りたいのではない。彼女は、日常を切り取りたいのだ。悲惨さが日常だからこそ、切り取らざるを得ないのだ。

しかし、他の日常もある。

この映画は、実に笑顔が多い。不思議だ。不思議だ、と感じるのは、きっと、僕が戦争を経験していないからだろう。戦争を経験している人なら、違和感はないかもしれない。生きていれば、ずっとしかめっ面でいる方がしんどいだろうから。でも、戦争の経験がないと、あれだけの爆撃の音と、血まみれの床と、当たり前に死んでいく人びとという環境の中で、笑顔があることは、やはり不思議に感じられる。

特に彼女は、親友一家をよく撮影する。両親と、子ども3人が全員、アレッポに残っている。これは、親の決断ではない。なんと、子どもの決断だ。長男だと思うが、彼は向けられたカメラに向かって、「たとえ家族が全員アレッポから退去しても、自分は一人で残る」と言っていた。子どもの意志を理解して、一家で残っているのだ。

この両親は、いつでも笑っている。そういう時もあったかもしれないが、少なくともカメラの前で、彼らが悲しそうにしていたり辛そうにしている姿はほぼ記憶がない。大体いつも、笑っている。しかも、無理して笑っている風でもない。楽しそうに、笑うのだ。

アレッポの街はある時から、包囲攻撃がなされるようになった。それまでは出入りも可能だっただろうが、それも不可能になっただろう。物資も徐々に少なくなっていく。食べるものもオムツもない。そんな状況でも笑える。笑うしかないのかもしれないけど、それでも笑えることは凄いことだと思う。

ハムザを含む、革命を志す仲間たちも、決して笑顔を絶やさない。日々、人が亡くなっていくばかりの病院で、それでも彼らは、使命感を忘れず、そして「人間として生きていること」を忘れずに、日々過ごしている。その力強さは、平和な日本で育った僕にはまるで想像も出来ないレベルのものだ。

ワアドは、映画の中で繰り返し、不安を口にする。しかしそれでも彼女は、生まれたばかりのサマを部屋に置いて、あるいは誰かに預けて、アレッポの街を記録し続ける。これもまた、凄まじいことだろう。母親としての愛情を一片も欠けさせないままで、同時に、この現状を記録できるのは自分しかいない、という使命感に突き動かされる。確かに彼女もまた、革命を志す者の一人だ。しかしそれを、母親であることと両立させるのは想像を絶する困難さだろう。

【これが僕らの道だ。
長い道で、危険と恐怖が待っている。
でも、最後に自由が待っている。
行こう。一緒に歩こう】

ハムザがワアドに、結婚式で伝えたことだ。彼らは本当に、一緒に歩き続けた。一方は、アレッポの街に唯一残った病院を立ち上げた革命のリーダーであり、一方はシリアの現状を世界中に配信していたジャーナリスト。さらに二人の間には、まさに爆撃の最中に生まれた娘がいて、彼らは娘と共に、日々激しさを増すアレッポの街で闘う決断をする。フィクションだって、こんなに都合の良い設定はなかなか作れないだろうという、すべての要素が映画として結実させるために用意されていたかのような状況で、岐路で彼らがした無数の決断が、この映画を世界に届けさせることとなった。

公式HPでワアドは、「映画を作ることは、アレッポでの数年間と同じくらい大変でした。すべてを何度も追体験しなければならなかったのです。」と書いている。その通りだろう。「非日常」というカードしか存在しない日常を、改めて振り返ることになる日々は、想像に余りある。

しかし一方で彼女は、映画の中でこうも語る。

【撮影した人たちは消えない】

そして、続けてこう言うのだ。

【時間を巻き戻せても、私は同じことをする。
心の傷が癒えなくても、何も後悔しない】

サマのために編まれたこの物語を、大きくなったサマが見る機会もあるだろう。その時、サマは何を感じるか。

そして、その時までに、世界は平和になっているだろうか。

それを決めるのは、この奇跡のような映画が存在する世の中に生きるすべての人間の意志と決断次第だろう。

意志を持ち、決断をするために、まず、この映画を見よう。

「娘は戦場で生まれた」を観に行ってきました
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