黒夜行

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「ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏」を観に行ってきました

「嘘をつくこと」がすべて、悪いことだとは思わない。

自分を救う嘘もあるし、誰かを救う嘘もある。すべてを「真実」だけで組み立てなければならないとしたら、その方がしんどい。「真実」の中に、時々「嘘」が紛れ込んでいたって、それは別に大した問題じゃない。生き延びるための、知恵みたいなものだ。

けど、「嘘」の割合の方が多くなってしまうと、途端に破滅する。

「嘘」が罪なのは、「嘘だから」ではない。「真実をも、嘘に見せてしまうから」だ。

「ベートーヴェン捏造」という本を読んだ。シンドラーという、一時ベートーヴェンの秘書みたいなことをしていた人物が、ベートーヴェンの死後、筆談用のメモの中身を改ざんして、ベートーヴェンを伝説に仕立て上げた、その手腕を小説で描き出した作品だ。

現在では、ベートーヴェンに関する有名なエピソードのほとんどは、シンドラーが筆談用のメモに加筆したエピソードだ、ということが判明している。

しかし。

だからといって、シンドラーが筆談用のメモに加筆したエピソードが「嘘」だと断言できるわけでもない。ほぼほぼ「嘘」だろう。しかし中には、実際にあったエピソードを、後世の人によりわかりやすく納得してもらうために、筆談用のメモには残らなかったものを敢えて加筆した、という可能性もゼロではない。

また、シンドラーという男が、平気で「真実」を捻じ曲げる男だと判明したのだから、筆談用のメモに加筆されていない部分についても、「嘘」が紛れている可能性は十分にある。

ベートーヴェン研究においては、シンドラーの著作は重要な一次資料とみなされていたが、改ざんが明らかになったことで、そのすべてが疑わしくなった。その結果、ベートーヴェン研究は、ほぼ頓挫したといっていい状況だそうだ。

「嘘」は、「嘘」単体で罪になることはもちろんある。そもそも、自分や誰かを傷つけるような「嘘」は最悪だ。しかし、直接的には誰も傷つけることのない「嘘」、つまりそれは、「嘘」単体では罪にはならないということでもあるが、しかしそういう場合であっても、「嘘」は罪になりうる。「嘘」が「真実」を覆い隠して飲み込んでしまう場合、その「嘘」はやはり罪だと言っていい。

「マジックと超能力の違い」も、「役者と詐欺師の違い」も、そう大差はない。それは、「あらかじめ嘘だと認識されているかどうか」だ。「嘘だと認識されていないもの」の嘘が暴かれる時、それは容易に「真実」を飲み込みうる。

「真実の野原」を焼き尽くして、誰もそこで遊べなくなってしまうのだ。

内容に入ろうと思います。
この映画は、実話を基にした映画だ。
サヴァンナは、兄であるジェフと、ジェフのバンド仲間でありパートナーでもあるローラが暮らす家に一緒に住むようになる。ローラは、作詞をしたり、テレフォンセックスでお金を稼いだりしているようだが、ある日、自分がJ・T・リロイであるとサヴァンナに告げる。J・T・リロイの『サラ、いつわりの祈り』という小説は、ローラの実体験を元にした小説だったが、主人公は少年に置き換えられており、J・T・リロイも美少年作家ということになっていた。基本的にローラはJ・Tとして表に出ることはなく、電話などの取材に終止していたが、ある日ローラは、サヴァンナにJ・Tをやってもらうことを思いつく。J・Tのイメージの格好をさせ、写真を撮らせた。また、取材を受けさせたり、パーティーに出席させたりもした。ローラは、J・Tのマネージャー・スピーディとして常にJ・Tの側にいて、二人で「J・T」という虚像を創り上げていくことになる。
【確かに私は、世間を騙してる。でも、物作りをしているような感覚もあるの。J・Tでいなきゃって思う】
何度かJ・Tの格好で人前に出ることで、J・Tとして振る舞うことに慣れ、心地よさを覚えるようになったサヴァンナ。ベストセラーとなった作品を生み出したのは自分なのに、自分ではない人物が世間からチヤホヤされているのを”マネージャー”として見るしかないローラ。二人の関係は、次第にギクシャクしていく。しかも、『サラ、いつわりの祈り』に惚れ込み、毎晩のようにJ・Tに電話(これはローラが受け答えしている)してくる女優のエヴァと、J・Tに扮しているサヴァンナは「ただならぬ関係」になる。
自分とJ・Tの境界が曖昧になっていくサヴァンナと、嘘をつき続けることで少しずつ窮地に追い込まれていくローラの関係は…。
というような話です。

エンドロールを見ていたら、なんどか「サヴァンナ」の名前が出てきた。公式HPにも、「サヴァンナの視点から映画化」と書かれている。J・Tを演じたサヴァンナ本人の協力の基に作られた映画であるようだ。

この映画で描かれている描写がどこまで事実に即しているのか、観客の立場では判断できないが、サヴァンナ自身が映画に関わっているのであれば、少なくとも、サヴァンナにとって都合の悪い事実は隠されているかもしれないが、概ね実際にあったことなのだろうと思う。ネットで調べると、10年間もバレずにこの嘘をつき続けていたらという。なかなか凄い。

冒頭でも書いたように、僕は「嘘をつくこと」そのものは悪いことだと思っていない。ただ、やはり「嘘」がバレれば、「真実」さえ「嘘」だと思われてしまう。そのリスクを考えずに、安易にこの計画に突き進んでしまった、という点は、やはり軽率だったと言わざるを得ないだろう。

特に致命的だと感じるのは、J・T・リロイの小説が半自伝的だと謳われていることだろう。作品が完全なフィクションであるならば、それを書いた人物のプロフィールや過去がどうだろうと大したことはない。法律を侵すような犯罪に手を染めていなければ、どれだけ嘘をつこうが自由だ。しかし、半自伝的だからこそ、作品は熱狂的に受け入れられたのだし、著者への関心も高まることになる。そういう土台の上に、「J・T」という虚構を創り上げてしまったことは、大きなミスだっただろうと思う。

この物語の見どころは、「J・T」という虚構の存在を、サヴァンナもローラも、自身のアイデンティティの一部であると捉えてしまっていたことだ。この点こそが、この奇妙な「嘘」が10年間という長きに渡って続いた理由だし、バレなかった理由でもある。

サヴァンナは、J・Tとして表舞台に立つことで、「物作りをしている感覚」を味わえるし、なんだかそれを「自分がしなきゃいけないような気分」になるというようなことを、作中の場面場面で語っていた。サヴァンナとして存在している時には、そういう感覚を得ることは出来ない。さらにサヴァンナは、J・Tとして女優のエヴァと関わりを持つことで、肉体的にも「J・Tであること」に囚われていくことになる。

ローラは、J・T・リロイという作家を「美少年作家」として打ち出してしまっているから表に出られない、ということもあるのだが、それ以上に、「J・T・リロイという作家」に「ローラという肉体」はそぐわない、と感じている。そして、まさにJ・Tの肉体としてぴったりなサヴァンナと出会い、表に出てもらう。一方でローラは、肉体はともかく、ペルソナとしてはJ・Tそのものだ。人に姿を見せる必要がない電話では、J・T本人として様々な人と関わっている。だからこそ、サヴァンナが肉体をもったJ・Tとして人前に姿を現し、J・Tとして受け入れられていくと、自らのペルソナが奪われたかのような感覚になる。彼女自身、この映画ではそう明言しないが(それは、サヴァンナ視点で描かれた物語だからだと思う)、サヴァンナに向ける視線などから、そういう雰囲気を多々感じる。

虚構であるはずのJ・Tが、期せずして肉体を持ってしまうことで、サヴァンナもローラもアイデンティティが狂わされていくことになる。J・T・リロイというのがあまりにも熱狂を生み出す作家だったために、彼女たちの嘘がバレた時の衝撃も、やはり非常に大きなものだった。

【あなたが望めば、J・Tだ】

やはり「事実」というのは、「事実」しか持ち得ない説明不能な熱量があって好きだ。サヴァンナとローラの振る舞いも、普通ではなかなか掴みきれないものだろう。だからこそ、彼女たちの振る舞いに惹かれるのだろう。

「ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏」を観に行ってきました
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
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6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
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16位 朝井リョウ「何者
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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新書
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)