黒夜行

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「サーミの血」を観に行ってきました

<個人>とは、どこに境界があるだろうか?

僕自身の希望としては、「自らで選んだもの」”だけ”が<個人>であってほしい。

しかし、それが実現しないことは明らかだ。何故なら、そもそも「名前」は「自らで選んだもの」ではない。稀に改名するなどして、自分の名前を自分で選び取る人がいるが、大体はそうではない。

だから、「自らで選んだもの」”だけ”は不可能だ。

だったらせめて、「自らで選んだもの」をメインにして、<個人>を判断されたい、と思う。

しかし、なかなかそうもいかない。両親、出身、民族、言葉遣い、両親の裕福さ、容姿などなど。人間は、「自らで選んだもの」以外のもので、まず一義的に判断されうる。

つまり、「自らで選んだもの」以外のものが<個人>を形作っていく、ということだ。

人間は、社会性を保たなければ生きていけない生物だ。だからこそ、「自らで選んだもの」以外のものが<個人>の認証に入り込んでしまうことそのものは、仕方ないと思う。しかしあまりにもその割合が大きすぎやしないだろうか。

特に子供の頃というのは。

そもそも子供は、何も選んでいない場合の方が多い。しかしそれは、選び方も分からなければ、そもそも、選択肢があるということさえ知らないことが多いからに過ぎない。「子供”だから”選べない」というわけではない。

だから、子供が何かを選んだのであれば、それは、<個人>を形作る輪郭として、優位に捉えてあげてもいいんじゃないかと思う。

しかし、やはりそうはならない。特に子供は、子供だという理由で、余計に「自らで選んだもの」以外のものに支配される。

世の中は、少し前よりもちょっとずつ良くなっている。感触としても、世の中はどんどん、「自らで選んだもの」で<個人>を立ち上げていこうとする人が多くなっているように思う。それでも、差別やいじめがなくなることは永遠にないだろう。

僕自身は、誰かの何かを判断する時、「その人が選んだもの」かどうかでまずふるいに掛けたい。そして、「その人が選んだもの」じゃないもので、<個人>を判断しない人でありたいと思う。

内容に入ろうと思います。
映画を見ただけでは分からない情報も、公式HPの記述を元に入れ込みながら書きます。

舞台は1930年代のスウェーデン。そのラップランド地方と呼ばれる地域に、サーミ人と呼ばれる人たちがいる。彼らは、トナカイを放牧し、独自の言語を持ち、民族衣装を着て生活をする先住民族だ。そして、歴史上の先住民族の扱われ方と同様、サーミ人たちはスウェーデン人よりも劣った存在だと見られていた。
主人公であるエレ・マリャは、サーミ語を使うことを禁じられた寄宿学校で生活をしている。そこの女教師は、ある希望を抱いた主人公に対してこう言い放つ。
「研究結果が出ているの。あなた方の脳は、文明世界に適応できない」
そんなことを平然と言ってのけるくらいに、サーミ人を下に見ていた。独特の民族衣装をを着ている彼らは、すぐにサーミ人と知れるので、スウェーデン人たちは「臭い」「臭いが移る」「サーカスの動物だ」などと馬鹿にする。
妹と違い優秀なエレ・マリャは、自分が劣った存在だと見られていること、そして、トナカイと共に山の奥地で暮らし続けることに嫌気が差していた。
「私はここにはいられない」
彼女は常に、強い決意を抱いていた。
しかし状況は八方塞がり。教師はサーミ人を見下しているから、進学のための推薦状を出してくれない。家族は当然、ここで暮らし続けるものと思っている。考え続けた彼女は、干してあった服を拝借し、スウェーデン人のフリをして、夏祭りのダンスパーティーに潜り込むことにする。そこで出会った都会的な少年・ニクラスと恋に落ち、彼を頼ってウプスラの街で生活しようと思うが…。
というような話です。

映画を見ているだけでは分からないが、この映画の監督はまさにサーミ人の血を引いているという。しかも、この映画の主人公であるエレ・マリャ役の女優は、本作で映画初出演(初主演ではなく初出演)であり、さらに、現在家族とトナカイの飼育に従事するサーミ人だという。そういう事前情報を一切知らないままこの映画を見たが、知った上で見るとまた違う受け取り方になるかもしれない、とも思った。

こういう表現は誤解を生むかもしれないが、ドラマチックな場面はない。いや、それは捉え方の問題だ。「人間として、こういう扱われ方は問題だ」という意味でのドラマチックさは当然ある。しかし、誤解を恐れずにいえば、「出生によって差別されること」はどの時代のどの地域にもあることだし、そういう意味ではステレオタイプ的だとも言える。

しかし、だからと言ってこの映画がステレオタイプ的かと言えばそうではない。なんというのか、ステレオタイプを飛び越える力強さがある。

その力強さはやはり、主人公役の女優の強さなんだと思う。感情を露わにするようなセリフはほとんどない。表情も、そこまで大きく動かない。ある場面で、サーミ人がトナカイの耳を管理のために切るのになぞらえて、スウェーデン人の男たちが彼女の耳をナイフで傷つける場面がある。そんな痛々しい場面でも、彼女は声も上げないし、表情も大きく変えない。

その徹底した抑制が、この映画を非常に力強くしている。

彼女は「耐えている」という印象をまったく与えない。常に彼女は「戦っている」という印象になる。しかも、無謀な闘い方ではない。そこには、ある種の狡猾さがある。僕はずっと、ニクラスとの恋は打算なんだろう、と思いながら見ていた。彼女にとってニクラスは、恋の相手というよりは、今自分がいる環境から私を連れ出してくれる存在でしかないように感じられた。ラップランドから逃れられるならなんでもする、という狡猾さが、彼女の振る舞いから滲み出ているように思う。

そしてその強さは、冒頭で僕が書いた、「自らで選んだもの」なわけじゃない、という意識が強くあるはずだ、と感じた。具体的にそう口にする場面はない。しかし、「生まれ」や「家族」や「トナカイ」は、「自らで選んだもの」じゃない、という静かな怒りを、彼女からずっと感じていた。

僕だって、同じように感じるだろう。どうして、「自らで選んだもの」じゃないもので、私が判断されなきゃいけないんだ、と。

この映画の主人公であるエレ・マリャではなく、主人公役の女優であるレーネ=セシリア・スパルロクはどう考えているのだろう。映画の中で、進学したいというエレ・マリャに対して教師は、「伝統を受け継がなくては」と諭す。エレ・マリャはそれに対して、「誰が決めたんですか?」と返す。レーネ=セシリア・スパルロクは、どう返すのだろう?そして今、どんな気持ちでトナカイの世話をしているのだろう。映画の撮影の前と後で、心境の変化があっただろうか。

フィクションとリアルが、監督と女優の出生を交点として交錯するこの物語では、フィクションの中で描かれていることがリアルに染み出してくる。1930年代と現代では、状況は変わっているだろう。北欧諸国は、人権の問題などについても世界の中でトップランナーだというイメージがある。勝手な想像だが、今はきっと、サーミ人も、そこまで窮屈な状況にはいないのだろう。日本においては2019年に「アイヌ新法」が制定され、法律で初めてアイヌを「先住民族」と規定した。詳しくは知らないが、日本の歴史上、これは非常に大きな出来事だという。人権的な部分で遅れているだろう日本においても少しずつ進んでいるのだから、スウェーデンならきっともっと先を行っているだろう。

しかしそれでも、どうやっても「何もなかったこと」にはならない。「サーミ人」という呼ばれ方が残り続ける以上、良い意味でも悪い意味でも、そこに差異は残り続ける。

だからこそ、地球に生きるすべての人が、「自らで選んだもの」を起点にして<個人>を捉える意識を持てるようになれればいいと、願いたくなる。この映画は、そういう気持ちを強めてくれる作品だ。

「サーミの血」を観に行ってきました
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