黒夜行

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ピアニッシシモ(梨屋アリエ)

人はそれぞれ、いろんなキャラクターとして見られている。陽気な人、暗い人、頼りになる人、筋トレの人、アイドルファン、鉄オタ、自意識過剰、天然…などなど。

その「見られ方」に沿って生きていく、というのが、オーソドックスな生き方の選択だろうと思う。

でも、僕は子どもの頃からそれがずっと嫌だった。天の邪鬼な部分も関係していると思う。相手が望む通りに動くのは癪だな、という感覚は、今でもある。でもそれ以上に、見られ方に合わせていくと、自分が死んでいくな、という感覚があった。

『でも、浮かれすぎて子どもだってことを忘れるんじゃないわよ』

『吉野さんはいままで問題のない生徒だったから、残念だ』

前者が母親、後者が学校の先生のセリフだ。これはそれぞれ、「(私の支配下にある)子ども」「問題のない生徒」という枠組みに、相手を嵌め込もうとする行為だ。

こういうことを言われたりするのが、昔からいやだった。

この物語には「たい焼き屋」が出てくるので、たい焼きの話で例を出そうと思うが、そういう枠組みというのは、たい焼きの型みたいなものだ。同じ製品を作り出すために用意されている型に合わせて素となるものが流し込まれて、たい焼きの形になる。その型からはみ出した素やアンコは、削り取られて成形されてしまう。

でも僕は、そんな風にはみ出してしまう部分にこそ価値がある、と思っている。そういう部分を評価しなかったら、たい焼きみたいに、個々に差のない、まさに「製品」になってしまう。

そういう振る舞いが求められる理由も分かる。主人公の母親は、『うちはちゃんとした家庭なんだから』と娘に自信を持って言う。これも、僕としてはなかなか信じがたい感覚で、要するに、「自分の育て方が間違っていない」と思いたい、ということなのだと思う。また、学校や会社では、管理のしやすさから、枠組みが与えられることもあるだろう。なるべく「製品」に近い方が、個別のマニュアルを必要としないから、楽だ。・

子どもの頃から、そういう風潮・圧力みたいなものに、抵抗したいと思ってきたし、出来る部分では抵抗してきた。正直、自分なりには、結構戦ってきたと思う。無駄な努力もしたかもしれないし、的はずれな行動もたくさん取ったかもしれないけど、でもそうやって、誰かから与えられる枠組みを拒絶し続けてきたことは、僕の人生にとってとても重要なことだったし、今はそのお陰で、大分生きやすくなってるなぁ、という感じもする。

中学生の主人公は、自分の両親とのやり取りを踏まえて、こんな風に感じる。

『ただひたすら漠然とあこがれていたけれど、大人の世界は完璧ではなかったのだ。
年をとればだれでも惰性で大人になれる。だけっど、かっこいい大人になりたいのなら自分でなんとかしなくちゃいけない。でも、どうやって変わったらいいんだろう?』

枠組みを嵌め込まれることを拒絶する主人公は、自分も誰かを枠組みに嵌め込もうとしない。色々葛藤はありつつも、両親に対して「親」という枠組みを期待しない。むしろ反面教師にして、ああならないためにどうしたらいいか、と考えている。

彼女は、自分には何もないと感じている。ある少女に対して、『紗英は松葉にないものをたくさん持っている』と感じている。自分のことを、『飛び抜けて出来がよくも悪くもなく、よく言えば順調に、悪く言えば地味で平凡に育っている』と評している。

でも、最も客観的で視野が広いのは彼女だ。この物語は、彼女自身がそのことに気づく物語だといえるだろう。

内容に入ろうと思います。
吉野松葉は、ある日近所の家からピアノが搬出されるのを目撃した。かつて、松葉の大きな不安を和らげてくれた人の家で、以来、その家の主である時子さんのピアノの音を聞くともなしに聞くのが大好きだった。聞けば時子さんは病気で倒れて介護施設で暮らすという。ピアノは友達の孫にあげる約束をしていたと聞き、その家へ向かった。
南雲家の玄関には、勝ち気な少女がいた。紗英だ。なぜかピアノの練習室に入ることになり、なぜか連絡先を交換し、なぜか南雲家のお茶会に呼ばれることになった。
美しく強引な紗英のことを、最初は困った人だと感じた松葉だったが、自分にはないものをすべて持っているように見える彼女に次第に惹かれるようになる。孤高の存在として、崇拝に近いような感情を抱くようになる。松葉と同じように、家族に不満を持っているのだが、自信家で自分の主義を通そうとする彼女の振る舞いをカッコイイと感じている。
紗英との、非日常の連続のような日々を満喫する松葉だったが、セトとムゲンと名乗る人に会ってから状況が大きく変わってしまい…。
というような話です。

なかなか面白い話でした。様々な状況の変化を通して、松葉の自己認識が変わっていく、という風に説明するとシンプルなんですけど、なかなかキャラクターが魅力的で面白く読めました。

まず、紗英がなかなかいいですね。紗英は、前半も後半も、ある意味で漫画的というか、ステレオタイプ感が結構強いです。なんだけど、結構魅力的な感じがする。それは、振り回される立場の松葉が、良い役割を果たしているような感じもします。もし松葉がいなければ、紗英の立ち居振る舞いは、なかなか受け入れがたいものに映るかもしれません。ただ、紗英に振り回される松葉が、絶妙な形で振り回されているので、結果的に紗英も絶妙な感じに見える、という感じがしました。

松葉は、確かに没個性的な描かれ方をするのだけど、そういう立ち上がりから、最終的には実は誰よりも個性的なんじゃないか、という地点まで描き出しているところが巧い感じがしました。

特に僕は、松葉による両親の捉え方が凄く好きでした。松葉の両親は、僕から見ても「うわぁ、これは確かにキツイわ」と感じるようなタイプの人です。

『欠点は、みえっぱりなところと、自分が楽しければみんなも楽しいと思っていること』

『お母さんは、松葉の大切なものを、大切と感じない気の毒な人だ』

どちらも母親についてだけど、こんな母親嫌だなぁ、と思う。自分が絶対的に正しいと思っていて、子どもは親の言うことを聞くのが当然だと思っていて、自分は母親としてちゃんとしていると思っている。キツイなぁ、と。

父親についてもあれこれ書いていて、そっちも面白いんだけど、そういうことをひっくるめた上で、松葉はこんな風に思う。

『松葉は、両親と性格が合わないのでは、と感じることが増えた。この先の家庭の平和と幸福は、松葉がいつまで両親に我慢できるかにかかっているにちがいない』

『いつまでも親のレベルにつきあって、子どものふりをしてだまされてはいられない』

『でも、もうしばらく松葉はこのおかしな夫婦のそばで育っていかなくちゃならないわけだし、いまさら文句を言って変わるような人たちではない。だとしたら、松葉が変わっていくしかない』

こういうクールな感じに親を捉えていく様はなかなか痛快だ。

一方で、紗英のことはなかなかクールには見られない。紗英との関係性は二転三転するのだけど、かつて松葉が憧れた紗英からどんどんと離れていってしまう状況に対して、松葉は心穏やかではいられない。そういう気持ちをセトにぶつけるのだけど、そういう時のセトのクールな返答は、結構好きだ。

この物語のラスト、紗英と松葉のやり取りは、印象的だし、僕はかなり良いなと思う。紗英の表現もいいし、松葉の決断もいい。これから彼女たちがどんな風になっていくのか、凄く気になる

梨屋アリエ「ピアニッシシモ」

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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1位 「死のテレビ実験
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)