黒夜行

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きのう、火星に行った。(笹生陽子)

内容に入ろうと思います。
主人公は、小学六年生の山口拓馬。趣味は「何もしないこと」、特技は「サボること」という、とにかくやる気に欠ける男だ。クラスの中で程よくやっていて、目立つわけでも目立たないわけでもない。後ろの席で、授業中もホームルームも適当に寝ていたら、なんかいきなり、連合体育大会の個人走の部の選手に選ばれていた。木崎っていう、金持ちの息子でいけ好かないやつが、俺を推薦したらしい。めんどくせぇ。
めんどくせぇことは続く。家に帰ると、自分の部屋がダンボールでいっぱいだった。何事かと思ったけど、理解した。弟がやってくるんだった。
病弱だった弟・健児とは、長いこと一緒に暮らしていなかったのだが、これからは拓馬と同じ部屋だという。妄想ばっかり口にするうっとうしい弟の登場で、余計ややこしくなっていく。
学校に行けば、ハードル走の練習をしなくちゃいけない。家にはうるさい弟がいる。塾はある意味安泰だけど、だからって別に勉強が好きなわけじゃない。
人生つまんねぇな、と思っているところに、拓馬なりの転機が訪れる…。
というような話です。

子どもの頃のことってかなり忘れちゃってるけど、そうだよな、子どもの世界にだって色々あるし、そんな単純なわけでもないんだよな、ということが分かる物語で、なかなか面白かったです。

主人公の山口拓馬は、やる気はないんだけど、やればなんでもできちゃう、というキャラクターです。だからこそ、拓馬の周りには、色んな軋轢が生まれうる。やればできるのにやらないなんてとか、なんでもできちゃうなんて羨ましいとか、でも結局やらねぇんだろ、とか。拓馬自身は別に、周囲に対してどう見せようなんて思ってなくて、ただ自分が面倒を回避できればいいだけなんだけど、やればできちゃうというその感じから、拓馬は様々な見られ方をするようになる。

そして、拓馬自身がそういう見られ方にあまり頓着しない、ということが、摩擦を生むんですね。

まあどうなんだろう、小学生ってそういう感じだったか。女子だったら既に、周囲にどんな風に見られているか、っていう意識が強くなってる時期なのかもだけど、男子ってホント、その辺の感覚が大分鈍い感じするからなぁ。拓馬は違うけど、男子の場合だと、「面白いやつに見られたい」「スポーツができるやつに見られたい」みたいな、「自分がどう見られたいか」って意識は結構強かったりすると思うんだけど、でも、「じゃあ実際にどんな風に見られてるのか」っていう部分への意識が薄い場合が多いような気もする。そういう意味で、この物語は、「拓馬が、自分の見られ方を理解する物語」なんて風に捉えることが出来るかもしれません。

また、そんな拓馬をある種の鏡にするようにして、拓馬と関わる人間の様々な面が見えてくるのも面白い。

【普通は、みんな思ってる。変わりたいって思ってる。】

と、弟の健児が言う場面があるんだけど、この物語に登場する人物は、確かにそういう感じで描かれている。ただ、それを、「変わりたいなんて思ってない拓馬」の視点で描くから、彼らの「変わりたい」というシグナルを、拓馬自身は感じ取れない。だから拓馬は、周りにいる人物の変化に驚かされる場面が結構ある。なるほど、こいつはこういう感じのやつだったのか、ということが明らかになっていく瞬間は、なかなか面白い。

そして、この物語の何より一番良いポイントは、描かれているのが小学生、ということだ。それによって、「理屈が無くても変われる」という、シンプルな良さが全面に出てくる。

大人になると、自分を何か変えるためには、言い訳めいたものが必要だ。突然ダイエットを始めたら、筋トレを始めたら、副業を始めたら、婚活を始めたら…、なんとなく周りから「なんで?」と言われる機会があるだろうし、その「なんで?」に、なんか答えないといけないような空気があったりする。変化には、理由があるべきだ、みたいな感覚。けど、小学生の場合、彼ら自身にも、そして読んでいる読者にも、そんな理屈が必要だなんて感じはない。敵対している相手との関わりでも、昨日とはまったく違う自分の振る舞いでも、小学生だったら「まあそういうこともあるよね」って思わせてくれる。もちろん、本書も小説である以上、無謀なまでの唐突さはない。流れの中で、なるほど確かにこういう変化があってもいいよね、と感じさせるようなものではある。けど、変化の理由は明確に描かれないし、そして何より、描かれないということが当たり前だと読者が感じられる、という意味で、小学生を描くというのは凄くいい。

それによって、物事がシンプルに伝わるのだ。

本書で伝えたかったことっていうのは、P158にまとまっていると思う。確かにその通りで、そこに書かれていることが、作品全体として非常にシンプルに伝わる構成になっていると思う。大人の世界を舞台に、大人を使ってこの主張をしようとすれば、なかなかここまでシンプルには提示できない。たぶん、読む側にも恥ずかしさが混じるような物語になってしまうだろう。そういう照れを感じさせずに、伝えたいメッセージがシンプルに伝わるという意味で、本書は良いと思う。

【いいか、生きてることがつまらないのは、他人のせいじゃない。おまえのせいだ。なにやったってつまらないのは、おまえがつまらん人間だからだ】

というのは、大人にも響く言葉だろう。むしろ、大人の方が響くかもしれない。日常や仕事のつまらなさは、結局のところ、自分という人間のつまらなさなんだ。割と忘れがちなこのシンプルな真理を、小学生を舞台にすることでシンプルに伝えるこの物語は、疲れた大人にもきっと響くだろうと思います。

笹生陽子「きのう、火星に行った。」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)