黒夜行

左脇のプロフィールにある「サイト全体の索引」から読みたい記事を探して下さい。

安楽死を遂げた日本人(宮下洋一)

「安楽死」をどう思うかについての僕の考えは、とりあえず後回しにしよう。
それよりも僕はまず、「死ぬ権利」の話をしたい。

安楽死に関わらず、本書に登場する尊厳死、セデーション、緩和ケアなどの「終末期医療」に関して、結局のところ何を一番考えなければならないかというと、人間には「自然権」としての「死ぬ権利」があるのか、ということだ。

「自然権」について詳しいわけではないが、ネットで調べた情報を自分なりにざくっと書くとこんな感じだ。

僕らは、憲法の下で生きている。じゃあ、この憲法に書かれている権利とは、一体なんなのか。欧米人はそれを、「Godから与えられたもの」と捉えた。神様が人間を創造した時に、当然のものとして与えてくれた、という解釈だ。「生存権」「自由権」「財産権」などは、人間が当たり前に持っているものだ。そして憲法などの法律というのは、そうした「Godから与えられた当然の権利」を、「政府が忘れてしまわないように契約する」という意味合いがある。つまり、「憲法に書いてあるから権利がある」ということではなく、「Godから与えられた権利を、念のため憲法に書いて言語化しておく」というものだ。

こういう、「Godから与えられた当然の権利」を「自然権」と呼ぶ。

もちろんこれは、時代と共に変わっていく。例えば、「同性愛」についての受け取られ方は、時代時代で大きく変わっているはずだ。かつては、「同性愛は人間の自然な形ではない」というような受け取られ方がされていた時期もあっただろうが、今では「同性愛は人間が持つ自然な権利の一つだ」という考えの方が支配的になったと思う。もちろんそう考えない人もいるだろうけど、あくまでもこれは「契約」の話だから、「政府」と「国民」がどういう合意に達するか、ということだ。大多数の国民がある方向に傾けば、政府との契約において、それが正しいとなる。

それらを踏まえた上で、じゃあ「死ぬ権利」は「自然権」なのかどうか、というのが、一番考えるべき問いではないかと僕は思う。この問いへの答え次第で、安楽死などの終末期医療に対する答えも決まってくる。「死ぬ権利」が「自然権ではない」、つまり、人間に死を選ぶ権利がない、という合意をするのであれば、安楽死などは当然認められないだろう(この場合、「脳死」などをどう解釈するか、という問題も出てくるかもしれない)。一方で、「死ぬ権利」が「自然権」、つまり、人間に死を選ぶ権利がある、という合意をするのであれば、安楽死かどうかはともかく、「死を選ぶための手段」を社会の中に実装する必要がある。あとの議論は、「その手段をどう現実のものにするか」というテクニカルな話であって、もちろんそこに乗り越えるべき壁は多いのだが、議論のための一歩を踏み出すことが出来るだろうと思う。

僕は、著者の前著である「安楽死を遂げるまで」を読んでいない。こちらは、主に欧米人を中心に、安楽死した者の家族や安楽死の現場の取材などを通じて、「理想の死」とは何かという問いを突きつける作品であるようだ。

本書の冒頭に、前著に関する短い言及があるが、その中にこういう記述がある。

【ただし、安楽死を容認した国々には、それを認めるまでの歴史があることを知った。国民の長い議論と強い願いの末に制度化されたのだった。どう死ぬかを決めることは、どう生きるかを決めることにもつながる。死の自己決定は、人間の生まれ持っての権利の一つだというのが彼らの主張である。そうした考え自体は、欧米で25年超生活している私には、理解できた】

安楽死が法制化されている国では、「死の自己決定は、人間の生まれ持っての権利の一つ」という合意がなされた、ということが分かる。僕自身も、議論はここからしか進まないだろう、と思っている。

しかし、本書は、どうもそこに焦点が当たっていないように感じる。というか、著者の意識が、その点に向いていない。これは、僕が前著を読んでいないから感じることかもしれない。著者の主張は、前著により強く込められているかもしれない。その辺りは分からないのだが、著者の関心は「良き死」というものにある。つまり、「その死が良かったか悪かったか」という部分に、著者の関心がある。

ここで、僕自身の意見を書いておくと、僕は、「死ぬ権利」は「自然権」だと思っているし、「安楽死」は認められてほしい。そして、正しく「死ぬ権利」が行使出来るなら、その死が「良いもの」か「悪いもの」かはどうでもいい。これが僕の立場だ。

以前、飲茶「正義の教室」という本を読んだ時、「功利主義」と「自由主義」についての違いの話が出てきた。議論における前提条件はいろいろあるのだけど、説明が面倒なのでその辺りをとっぱらって結論だけ書くと、

「功利主義」=「自由よりも幸福が大事」
「自由主義」=「幸福よりも自由が大事」

と書かれていた、つまり、「功利主義」というのは、「仮に自由が制約されることになっても、結果的に幸福に繋がるなら、それが最善の選択」という考え方であり、「自由主義(本の中では「強い自由主義」と書かれているのだが)」は、「仮に不幸になるとしても、自らが自由に行動出来るなら、それが最善の選択」という考え方だ。「自由主義」においては、「愚行権の行使」、つまり「自らの意志で不幸になる自由」がある、ということが大事なのだ。

これを踏まえて話すと、本書(「安楽死を遂げた日本人」)の著者は「功利主義」であり、僕は「自由主義」だと言える。

さて、話をまとめよう。安楽死を含む終末期医療に関する考え方を僕なりに整理すると、以下のようになる。

まず、「死ぬ権利」が「自然権」であるかどうかに関する合意がなければならない。これが大前提だ。ここで、「死ぬ権利」が「自然権」ではない、という合意を取るのであれば、安楽死も尊厳死もセデーションも認められない、という立場を取るしかない。

「死ぬ権利」が「自然権」だとして、次に「功利主義」を取るか「自由主義」を取るかという選択がある。この選択を、「国民の間で合意しなければならない」のか「個人の選択に任せられるべき」なのかは難しいが、「安楽死を法制化するためにどうすべきか」という方向で考えるのであれば、合意が必要だろう。

「自由主義」で合意するのであれば、合意はそこまで難しくはない。何故なら、仮にその死が不幸なものになっても、本人の自由意志によって行動出来る、ということが大事なのだから、「安楽死を本人が自らの意志で明確に選択した」という意思表示をどのように行うか、という点を明確にすればいい。

もちろん、問題もある。本書では、著者が、「特に日本人に特有の問題だ」と指摘するものだ。それは、「介護などによって迷惑を掛けてはいけない」という「他人の迷惑」を意識しすぎるあまり死に急いでしまう、というものだ。確かにこれは「問題」に思えるかもしれないが、しかし今は「自由主義」という枠組みで現実を捉えているのだから、僕はさほど問題には思えない。「他人の迷惑を意識することで死に急いでしまう」ことを「不幸だ」と捉えるから「問題」になるのだが、それは「功利主義」的な視点だろう。とはいえ、「脅迫などによって、自らの意志に反して安楽死が行われる可能性」を否定することは出来ないので、まったく問題がないとは言えないが。

一方、「功利主義」で合意することは非常に難しい。何故なら、これは「功利主義」という考え方そのものの難しさでもあるのだけど、「幸福をいかに定義するか」という部分に大きな問題があるからだ。ここに、著者の言う「良き死」の問題が関係してくる。「死ぬ権利」を「功利主義」的な観点から法制化するためには、どういう死を「良い」として、どういう「死」を「悪い」とするかを明確にしなければならない。しかし、人それぞれ様々な死生観がある中、それをまとめて合意に至ることは至難の業だろう。

著者は本書の中で、日本での安楽死の法制化は難しい、という立場を取っているが、僕の解釈ではそれは「功利主義」的な捉え方だ。というのも著者は、「死の問題は、死ぬ本人だけの問題ではなく、残される側の問題でもある」という立場を取るからだ。著者は、様々な形で安楽死を望む者と接することになるが、常に「家族との関係」を重視する。ここまで単純化しては著者に申し訳ないが、著者の感覚としては、どういう死に方であろうが、それが家族に受け入れられているのであれば「良い死」であり、家族に受け入れられていないのであれば「悪い死」と捉えているように感じる。家族との関係に問題を抱えていたある人物の死に際して、著者はこんな風に書いている。

【肉体的な苦しみを味わわずとも、精神的な痛みを抱えたまま死にゆくことは、理想の逝き方と言えるだろうか。それとも、肉体的には苦しくとも、精神的な喜びを持って自然な眠りに就くことのほうが理想の逝き方なのか。
吉田淳という人間と出会えたことで、私は、この問いに気付くことができたと思う。】

ここで言う「精神的な痛み/喜び」が、「家族との関係性」の話だ。著者は、上記の引用部分では明言こそしないが、本書全体のトーンとして、後者、つまり「肉体的には苦しくとも、精神的な喜びを持って自然な眠りに就くことのほうが理想の逝き方」を理想としている、ということが伝わってくる。

個人的にはこの考え方に賛同しないが、僕個人の考えはおいておくとして、著者のような考え方を取る場合、安楽死の法制化はまず不可能だろう。「家族との関係性まで含めた死」こそが理想なのだとしたら、国民の大多数で合意できる「理想の死」など明文化できるはずがない。

ここまでが、本書を読んだ僕が整理した、安楽死を含む終末期医療の現状の理解だ。「死ぬ権利」が「自然権」であるかどうか、そして、「功利主義/自由主義」のどちらを取るのか。こういう部分についての土台を固めたり、議論における前提として意識しない限り、終末期医療に関する議論がどこかに着地することはまずないだろうと思う。

あらためて僕の考えを書いておくと、僕は「死ぬ権利」は「自然権」、つまり本来人間に備わっている権利であって、死を自ら選ぶことは人間としての当然のあり方だと思う。そして、僕自身は「自由主義」、つまり「幸福よりも自由が大事」という立場で、仮に自分の選択によって「悪い死」となってしまったとしても、自分の自由な意志によって死を迎えることが出来る方がいいと思っている。

本書を読むと、安楽死を望む人は、僕と同じような価値観を持っている人が多いように思う。しかし、正確に「自由主義」か「功利主義」かを判断するのは難しい。というのも、「安楽死という選択」が「周囲の人間も含めて、皆が幸福になる選択」だと考えている人もいると思うからだ。

ちょっと話はズレるが、本書に登場する幡野広志のエピソードを紹介しよう。36歳で多発性骨髄腫(血液のガン)と診断された写真家で、安楽死を法制化すべきと活動している人物だ。

【幡野は、妻との離婚を考えた時期もあった。看病で辛い思いをされるくらいなら、別れたほうが彼女も再スタートを切りやすいだろうと考えた。2年から5年の余命の中で、人生設計をしたかったという。
もちろん妻は耳を貸さなかった。これから生を全うする夫の傍にいたいと望んだ。
なぜ自分の思いが伝わらないのか。幡野は思い悩んだ。】

安楽死そのものの話ではないが、このエピソードは、「自分の価値観において『これが相手にとって幸せだ』と思ったことが、相手にとってはまったくそうではなかった」という話だ。幡野は、緩和ケアの一種である「セデーション」について、

【自分が望む最期について、患者の意思が尊重されないのは問題ですよね。ならば、結果として、患者を苦しめてしまう。自分の思い通りに死ねないわけですから】

と言っているように、「患者本人の意思が最も大事」と考える人物だ。それは「自由主義」的と言っていい。しかし、妻に離婚を切り出した話などは、妻との価値観の相違はあったものの、幡野の視点から見れば「功利主義」的である。他の人物にもそういう傾向があり、「自由主義」か「功利主義」かという明確な区分けはできない。

しかし、一つ言えることは、安楽死を望む人には「自由主義」的な考え方が必ずある、ということだ。というか、その考え方が全体として強く出る。しかし、本書の著者である宮下洋一は、「自由主義」的な考えを持っていないわけではないが、全体として「功利主義」的な考え方が強く出る。

本書は、「自由主義的な考えが強く出る安楽死を望む人々」を、「功利主義的な考えが強く出る著者」が取材することによって生まれる様々な摩擦を掬い取っていくノンフィクションだ。

内容に入ろうと思います。

まずは、著者が本書を書いたきっかけから。
前著『安楽死を遂げるまで』について、著者は、西洋的な死生観と日本的な死生観を分けて捉えたという。それは、著者が長年、欧米諸国で生活を続けている、ということにも関係している。
しかし出版後、日本の現状を理解していない、というような意見が著者の耳に届いたという。そこで改めて、日本人と安楽死、というテーマで取材を続けることにしたのだ。
本書の中心になるのが、小島ミナという女性だ。多系統萎縮症という、治療法も無く、また、身体機能が徐々に衰えながら、生命機能は比較的長く維持される、という難病に罹ってしまった50代の女性だ。これは、映画にもなった『1リットルの涙』の主人公と同じ病気だそうだ。彼女は、『安楽死を遂げるまで』を読んで、著者に連絡をした。そこからすべては始まった。
小島は海外での安楽死を考えているようだったが、著者はそれを「難しいだろう」と考えていた。理由は、過去日本人が海外で安楽死した、というケースが存在しない、ということもあった。
国外からの安楽死希望者を受け入れる数少ない団体が、スイスにある「ライフサークル」と「ディグニタス」だ。「ディグニタス」の方が知名度が高く、統計資料で「過去に日本人が3人安楽死を遂げた」というデータがあるが、外部にほとんど情報を公開しないので判断が難しい。著者によると、「ディグニタス」の統計は居住国でカウントされるので、この3名は、日本在住の外国人だった可能性もあるという。一方の「ライフサークル」は、著者が前著で深く取材した先であり、代表のプライシックという女性医師とも親密だ。その「ライフサークル」では、日本人の安楽死はない。
日本人が外国で安楽死をする難しさは、「スイスまで渡航出来なければならない」が、同時に「耐え難い苦痛がある」「回復の見込みがない」などの条件をクリアしなければならない、という点にある。スイス国内であれば、車で移動可能なレベルであれば安楽死が可能だ。しかし日本からとなると、飛行機での渡航をクリアしなければならない。タイミングが早すぎても「耐え難い苦痛」や「回復の見込みがない」と判断されない可能性があるし、タイミングが遅いと渡航出来る状態ではなくなってしまう、という可能性がある。
そういうことを理解しつつ、あくまでも、安楽死を望む者がどうしてそう望むに至ってしまったのか、その経緯をしろうと、小島を取材対象とすることに決める。
そして結果的に、彼女は、タイトルの通り、「安楽死を遂げた日本人」になった。その過程を追っていく。
それと同時に、別の安楽死希望者も登場する。深く描かれるのが、吉田淳(仮名)と、幡野広志だ。吉田とはメールのやり取りから直接会って話す関係になり、幡野とは安楽死関連のイベントで会って話を聞くようになっていく。
また、安楽死に限らず、緩和ケアなどの終末期医療に携わる人と鼎談をしたり、死をどう迎えるかをデザインするアプリを作りたいという女性の話を聞くなど、「死に方」という括りで様々な人と会い、話を聞いていく。
著者自身は、冒頭でも色々書いたような理由で、安楽死に積極的に賛成ではない。むしろ反対の立場だ。特に、「他人に迷惑を掛けたくないから安楽死をしたい」という、他者目線で死の判断をしてしまう国民性のある日本人には、安楽死は向かないだろう、というのが、著者の基本的なスタンスだ。しかし、様々な関わりをする中で、著者の考えは揺らいでいく…
というような話です。

個人的、ためになる本でした。確かに、面白いという部分もあるんだけど、正直に言えば、安楽死に関する著者の観点にあまり賛同できないので、そういう意味で「面白い!」と言いにくい部分もあるなぁ、というのが正直なところです。

「ためになる」というのは、知識的な部分と、考えたことのなかったことについて思考した、ということですが、まず前者から。

知識的に良かったのは、「痛みのない最期は安楽死だけではない」ということです。著者はこう書きます。

【緩和ケアによって肉体だけでなく、精神的な苦痛も取り除くことができることを、日本人は知らないと思う。もちろん、それは100%ではないだろうが、最期を穏やかに迎えるための手段として欧米では定着している。
安楽死を希望する日本人は、緩和ケアとは痛みをごまかしつつ病と闘うものというイメージを抱いているようだ。一方、彼らは安楽死について、安らかに眠れるものと認識している。そこに私は疑問を抱くが、ここでは触れない。ちなみに緩和ケアの技術が進むイギリスは、安楽死が法制化されている国々を緩和ケア後進国と見做している】

【緩和ケア医の仕事について、日本では国民の理解が得られていない、というのが私の印象だった。この思いは吉田淳との会話の中でいっそう強いものとなった。
日本人にとって緩和ケア病棟は、「死ぬ前に入るところ」、緩和ケアとは「治療を諦めること」と誤解されているように思えた】

【西(※本書に登場する緩和ケア医)からは以前、日本は緩和ケアへの理解がないと聞いていた。死を待つための場所であるとの誤った認識が広がっている。それはなぜだろう。
西は、「日本においては癌患者とエイズ患者だけが、保健上で緩和ケアの恩恵を受けられるから」と端的に答えた。
海外では、心不全や呼吸器疾患などにも緩和ケアのアプローチが必要とされるが、日本では死に直結する病でしか、緩和ケア病棟を活用できない】

最後の引用は、緩和ケアに関するマイナスな面も明らかにするものではあるが、こういう記述を読んで、この辺りの知識は今まで持っていなかったなぁ、と思った。僕も短絡的に、「最期は安楽死がいいなぁ」と思っていたが、本書を読めば分かるが、日本人が外国で安楽死するのは、非常にハードルが高い。なので、安楽死以外の現実的な選択肢がある、というのは、良い情報だと感じた。

また本書で描かれるあるシンポジウムの中で、「尊厳死と安楽死の違いが分かる人はいますか?」という問いが投げかけられる。これも、今まで僕はあまり考えたことのなかった問いだったので、なるほど知らなかったなぁ、と思った。

そして、そういう実感と共に改めて感じたことは、日本では「死」について語る場があんまりないなぁ、ということだ。これは著者も指摘している。「死は隠されるべきもの」という「タブー感」が色濃く残っているので、こういう基本的な情報についても、誰かから聞くことがない。そういう意味で、確かに日本というのは、安楽死を法制化させる上での土壌がまったく育っていないな、と感じる。基本的な情報も知らないまま、イメージだけで安楽死を良いものと捉えるのは確かに良くないな、と感じた。

まあとはいえ、僕自身は、安楽死出来たらいいなぁ、という考えを変えていないのだけど。

本書にこんな記述がある。吉田淳からのメールに書かれていた言葉に対する著者の反応だ。

【特筆すべきは、ディグニタスという安楽死団体から書類が届いただけで、死に一歩近づけたと喜び、「食欲や活力が湧いてきた」と付記していることだ。それを彼は、「不思議なもの」とも表現している。過去に取材で出会った患者からも、安楽死団体に登録することで、いつでも死ぬことができるという安心感を得たと聞いてきたから、その感覚は理解できた】

また、最終的にスイスで安楽死をした小島に対しても、こういう感想を抱いている。

【小島にとって最悪の事態は、早い段階で意思表示ができなくなり、スイスでの安楽死という選択肢が消えてしまうという恐怖だった。スイスに渡った今、その恐怖は消え、小島の表情からは安心のようなものが感じられるのだった】

僕は、「安楽死を制度化すること」の最大の効用が、この点にあると感じる。つまり、「いつでも死ぬことが出来る」という感覚が「安心」へと繋がり、それが「残り僅かな時間を有意義に過ごすこと」に繋がる、と思っているのだ。

もちろん、安楽死を制度化することに様々な問題や障壁があることは理解しているが、「安楽死」以外にこの安心感を与えられるものはない。緩和ケアは、あくまでも「死期が迫ってきた時に苦痛を感じずに逝けるようにする」ということで、死期を決められるわけではない。安楽死は、「自らの意思で死期をある程度コントロールできる(ある程度というのは、最終的に時期を決めるのは安楽死団体だ、という意味)」という点で、他のどの方法とも比較できない優位性を持っていると僕は感じてしまう。

とはいえ、ここから、二つ目のこれまで考えたことのなかったことを思考したという話に移るが、小島ミナという女性の生き様を通じて、現実的に死に直面した人間は、当然ではあるが、ここまで現実的に物事について考えるのだな、という感覚を強く抱いた。

本書には、小島が長いこと続けていたブログからの引用が多くある。底には、難病と診断されてからの彼女の思考が詰まっている。小島は、深い考えもなく安楽死という選択肢に行き着いたわけではない。様々なことを思考し、試し、訴え、記録する、という繰り返しの果てに、安楽死を決断した。

小島は、【末期癌だったら安楽死を選んでいないと思う】という発言をしたという。また自身の決断についてこうも語っている。

【お金がかかる、時間がかかり、そして自分の死期を早めている。悪い点だけです。でも、日本で安楽死を考える際の一つの懸案事項としてもらいたいから、私が今回、挑んでいるんです。スイスに行けば安楽死ができるから万歳と、そこまで単純ではないんです。どちらかというと、日本でできないからわざわざスイスまで来るという、一つの悪い例として分かってもらいたいんです】

こういう発言は、非常に理性的だし、小島という人物の深い思考力を感じさせる。著者自身も、小島のブログを読んで、

【彼女は生きることを諦めて安楽死を選んだのではない。様々な苦痛を抱えつつも生きることと向き合った上で、その意味を見いだせなかったと述べている。この二つには大きな違いがあるように思えた】

と書いている。

小島の思考と、それに呼応する著者の感覚は、「なるほど、そういうことについては考えたことがなかった」と感じさせるものが多く、そういう意味でも、本書はためになったと感じる。

「死」というのは、個人的なものでもあり、社会的なものでもあるから、非常に難しい。すべての「死」が個別的なものであり、その良し悪しを決めるということ自体がナンセンスだとも言える。そういう中で、社会的な合意を生み出さなければならないのだから、相当な困難を伴うと言っていい。しかし僕は、いずれ安楽死が、日本でも制度として認められることを願っている。

宮下洋一「安楽死を遂げた日本人」

関連記事

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://blacknightgo.blog.fc2.com/tb.php/3868-67e41371

 | ホーム | 

プロフィール

通りすがり

Author:通りすがり
災害エバノ(災害時に役立ちそうな情報をまとめたサイト)

サイト全体の索引
--------------------------
著者名で記事を分けています

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行~わ行

乃木坂46関係の記事をまとめました
(「Nogizaka Journal」様に記事を掲載させていただいています)

本の感想以外の文章の索引(映画の感想もここにあります)

この本は、こんな人に読んで欲しい!!part1
この本は、こんな人に読んで欲しい!!part2

BL作品の感想をまとめました

管理人自身が選ぶ良記事リスト

アクセス数ランキングトップ50

TOEICの勉強を一切せずに、7ヶ月で485点から710点に上げた勉強法

一年間の勉強で、宅建・簿記2級を含む8つの資格に合格する勉強法

国語の授業が嫌いで仕方なかった僕が考える、「本の読み方・本屋の使い方」

2014の短歌まとめ



------------------------

本をたくさん読みます。
映画もたまに見ます。
短歌をやってた時期もあります。
資格を取りまくったこともあります。
英語を勉強してます。













下のバナーをクリックしていただけると、ブログのランキングが上がるっぽいです。気が向いた方、ご協力お願いします。
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

アフィリエイトです

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
15位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
10位
アクセスランキングを見る>>

アフィリエイトです

サイト内検索 作家名・作品名等を入れてみてくださいな

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

カウンター

2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)