黒夜行

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「解放区」を観に行ってきました

凄い映画だった。
正直、まったく消化出来ていないし、この映画がなんなのかまったく捉えきれていないが、「なんか凄いものを観た」という、ビシバシ来る感覚だけは非常に鋭敏だ。

森達也というドキュメンタリー映画を撮る監督がいるが、彼がどこかで、こういう発言をしていた。

「ドキュメンタリーは、主観から逃れられない」

ドキュメンタリーというのは、目の前の事実を客観的に切り取るものだ、と思われている。しかし、そんなことは実際には不可能だ。何故なら、「何を撮るか」という選択、「何を撮らないか」という選択、「撮ったもののどこを使うか」という選択、「撮ったもののどこを使わないか」という選択に、どうしても主観が入り交じるからだ。例えるなら、有機野菜や手作りの塩など、自然のものから自ら作り出した材料で料理(作るものはなんでもいい)を作るとしよう。この場合、素材はすべて「自然」だが、出来上がった料理を「自然」と呼ぶ人間はまずいないだろう。同じように、素材はすべて「事実」だが、それらを組み合わせて生み出したドキュメンタリーは「事実」には収まらないし、それは、様々な選択によって主観が入り交じるからなのだ。

何故こんな話を書くか。それは、この映画を僕は「ドキュメンタリー」だと思って観に行ったからだ。

僕は、自分が観ようと思っている映画について、観る前に詳しい情報を調べることはしない。タイトルと、ざっとした短い紹介だけを読んで、他人の評価や星の数なんかを視界に入れずに映画を観に行く。この映画の説明を読んだ時点では、「なるほど、日雇い労働者が集まる西成を舞台にしたドキュメンタリーなんだろう」と判断した。

だから、映画を観始めてしばらく、混乱した。ん?僕は一体何を観せられているんだろう?と。なんとなく設定は、ドキュメンタリーっぽい。というか、「ドキュメンタリーを撮影するテレビマンたちを外側から撮っている」という設定で、観ようと思えば、制作側を記録したドキュメンタリーという風に見えなくもない作りではある。

しかし、明らかにドキュメンタリーではありえないようなシーンが登場する。例えば、この映画の冒頭は、UVNというテレビ制作会社(エンドロールを見る限り、実際に存在する会社みたい)が、ひきこもりの青年(というか中年)の取材をするというもので、ADが、母親と弟の取材の許可は取れたが、ひきこもりの当人の取材OKはまだもらえていない、とディレクターに伝えて怒られる場面から始まる。しかししばらくすると、そのひきこもりの中年の部屋の中からその当人を撮影した場面が映し出される。この時点で、そうか、この映画はフィクションなのか、とわかる(というか、僕が勝手にドキュメンタリーだと思い込んでいただけなので、「わかる」という表現は適切ではないかもしれないが)

しかしとはいえ、この映画は明らかに、「フィクションをノンフィクション的に撮ろうとする」という意図がある(と思う)。どの場面を見ても、「役者たちが、用意されたセリフを喋ってる感」みたいなものがない。口調も、声の出し方も、言葉のセレクトも、ドラマ感がない。ストーリーの展開上、言わなければいけないセリフとか、しなければいけない行動っていうのは決められていると思うけど、ここだけは譲れないというポイント以外は、その場その場で役者たちが自分の言葉で考えて喋ってるんじゃないか、というような雰囲気を凄く感じた。

さらにカメラのアングルが、意図的に隠し撮りっぽくしているように思う。もちろん、そうではないシーンもあるが、特に室内のシーンは、室内に設置した隠しカメラで撮りました、みたいな映像が凄く多いし、後でまた書くけど、西成に住む人たちを撮影している場面では、遠景から本当に隠し撮りしてるんじゃないか、と思わせるようなシーンもあった。

ストーリー的には明らかにフィクションなんだけど、撮り方的にはノンフィクションっぽく撮っている、という中に、さらに絡んでくる要素が、舞台である「西成」だ。

西成について詳しくない人のために書いておくと、以前はよく「釜ヶ崎」と呼ばれていた地域で、いわゆる「ドヤ街」と呼ばれる。日雇い労働者が集う町である。

そしてこの西成というのは、やたらめったらに近づいてはいけない区域としても有名だ。僕は大阪に行った際、この西成地区をうろうろ歩いてみたことがある。昼間だったし、恐らく昔よりは安全になっただろうから、僕自身は特別危険を感じはしなかったけど、ネットで調べると「近づいちゃいけない」という話はわんさか出てくるし、あるブログで、女性YouTuberが西成を歩いている際に公衆トイレに近づいたら、通りかかったオジサンに、「そこは覚醒剤の取引でよく使われる場所だから別のトイレに行った方がいい」と忠告された、なんて話もあった。僕もネットで、「すれ違う人と目を合わせてはいけない」という注意を読んだ記憶があったので、その忠告に従って西成を歩いた。

それぐらい「危険地帯」として有名な場所なのだ。

そんな西成を映画の舞台にしている、ということが、この映画の「ドキュメンタリー感」を格段に高めている。

僕は西成を歩いたことがあるんで、「このシーンはあの辺だな」となんとなく分かるシーンはいくつもあった(全部は分からないが)。だから、この映画は、実際に西成で撮っているのだ。この映画には、日雇い労働者と思しき人達がたくさん画面上に映る。恐らくではあるが、彼らは役者ではなく、実際に西成で生活している人たちなのだろうと思う。というか、はっきり言って、どこまでが役者で、どこまでが実際の生活者なのか、区別がつかない。主人公であるスヤマというADが人探しをしている時に話を聞いた飲食店の店員とか、同じADが一日解体の仕事をした時の仕事仲間とか、あれは役者だったのか、それとも本当の生活者だったのか。分からない。この映画では、「本当にそれをやっているとすれば犯罪」というシーンもある。これも、まあフィクションだろうし、その犯罪側の人間も、役者だろうと思う。ただ、この映画の雰囲気が、それを確定させない。この映画の、異様な設定やざわつきみたいなものが、「もしかしたら、あの犯罪の場面も、演技ではなく本当なのではないか?」と思わせてしまうのだ。それは、観客がこの映画の世界観に引きずり込まれている、ということだろうと思う。

「ドキュメンタリーなんだろうと思いこんで観に行ったが、実際にはフィクションで、しかしそのフィクションを明らかにドキュメンタリー風に撮ろうとしているし、西成という空間がそのドキュメンタリー感をさらに高めている。それ故に、フィクションであるはずの場面さえ、もしかしたらドキュメンタリーなのではないか、と思わせるだけの異様な強さを放つ」

これが、この映画が持つ常軌を逸した雰囲気であり、「僕は一体何を観せられているんだろう?」と最後の最後まで消化しきれない原因であり、観客がこの作品に引きずり込まれていく要因であると僕は感じた。

さて、ここまで文章を書いた時点で、この映画についてちょっと調べてみた。ざっと読んだ限りだが、面白い話がいくつか拾えた。

まず、この映画は2014年に完成していたが、大阪市からストップが掛かり、そのせいでしばらく上映が出来なかったという。脚本の段階でOKをもらっていて、脚本を大きく逸脱した場面はないのに、「西成を描いた部分はすべてカットしてくれ」と言われたんだという。そりゃあ、監督としては応じられないだろうな、と。元々大阪市から助成金が出ていたようだが、その辺りの話で折り合いがつかなかったので、最終的にもらっていた助成金は返還し、完全な自主制作映画になった、という。

また、ひきこもりの中年として登場する男性は、実際に心の病を抱えていたそうで、映画に出てくる母親も、実際の母親だそう。確かに、映画での名前と同じ名前がエンドロールで登場していたので、気になっていたのだけど、彼の描写に関してはドキュメンタリー的である、と言えるんだと思う。

冒頭で、「ドキュメンタリーは、主観から逃れられない」と書いた。しかしこの映画は、ドキュメンタリーでもないし、客観性を貫こうとしているわけでもない。そして、非常に逆説的だが、だからこそ、このフィクションは、非常にドキュメンタリー的なのだ、と感じる。

「ドキュメンタリー」には、虚構を組み込む余地がない。素材として、「事実」しか使えない。そしてその「事実」をどんな風に並べて見せても、その「並べ方」に主観が混じる。だから、「ドキュメンタリー」を目指そうとすればするほど、その「主観」部分が目立ってしまう。しかし「ドキュメンタリー的」には、当然だが、虚構はいくらでも組み込める。そして虚構を組み込めるからこそ、「事実」を並べる際の「主観」が目立たなくなる。それゆえ、「ドキュメンタリー的」は、本来「ドキュメンタリー」が目指している場所へとより近づける、ということになるのではないか。

みたいなことを、言語化して考えながら観ていたわけではないが、今こうして映画を振り返ってみると、そんな風なことを感じながら映画を観ていたように思う。

この映画は、「ドキュメンタリー的」だからこそ、底辺の生活をせざるを得ない人々を受け入れる西成という地域の現実や、メディアが果たすべき役割とそこからの逸脱、追い詰められた時の人間のやるせない振る舞いなど、「薄汚い」部分がより色濃く浮かび上がるように感じられる。

とまあ色々分析的なことを書いてはみたけど、とにかく、「凄かった」という感想に尽きる。なんか、凄かったよ、この映画。

「解放区」を観に行ってきました
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