黒夜行

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いるいないみらい(窪美澄)

児童虐待のニュースを見る度に思う。
僕は絶対に、虐待をする側の人間だな、と。

世の中にこれほど虐待が蔓延っていなければ、そうは思わなかったかもしれない。
虐待する親というのが、ごくごく僅かであるならば、「そんな僅かな可能性に自分が入ることはないだろう」と思えたかもしれない。
でもダメだ。
世の中に、虐待をしている親がたくさんいる、という事実を知る度に、自分は絶対にそちら側に入る、と思ってしまう。
それぐらい、子供に興味がないし、嫌いだ。

積極的に嫌いなのか、というと、別にそういうわけではない。
自分の知らないところで、「子供」という存在が生息していることには嫌悪感はないし、自分の周囲にいても短時間なら問題はない。うるさいとか泣きわめいているとか、そういうことに苛立つわけでもない。

じゃあ何が嫌なのかと言えば、「一生手放すことが出来ない」ということだ。

少し話は変わるが、例えば僕が「トマト」のことを嫌いだと言っても、トマト農家やトマト大好き人間が僕を非難することは恐らくないだろう。「こんなに美味しいものがあるのにもったいない」などと言われる可能性はあるだろうが、「トマトが嫌いだなんて、人間じゃない」などと言われることは、たぶんない。

あるいは、例えば僕が、「昔は野球にハマってたけど、今は飽きちゃったからサッカーをやってる」と言ったところで、別に怒られることはないだろう。野球ファンに、ちょっと残念がられるぐらいだろう。

しかし、「子供」となるとそうはいかない。子供の場合、「嫌い」と言ったり「飽きた」と言ったりすることが、一切許されない。子供をもうけた場合、その子供については「嫌い」とか「飽きた」などと言うことは許されないのだ。

僕はこの「許されない」という部分に強烈に嫌悪感を抱いてしまう。もちろん、分かる。そういう社会の「圧力」みたいなものがなければ、「子供」という弱い存在を守りきれないのだ、と思いたい人の気持ちは、分かるつもりだ。確かに、そういう側面はある。辛いし大変だし逃げたいけど、でも「嫌い」「飽きた」は許されないから頑張るしかない、というギリギリの淵で踏みとどまりながら、頑張って子育てをしているという人もいると思う。

しかし同じことは、逆方向に向けることだって出来る。つまり、「『嫌い』『飽きた』は許されないから頑張るしかない」という圧力が、虐待という行動に向かわせている部分もあるはずだと思うのだ。

昔(今も?)、「赤ちゃんポスト」というものが設置され、是非を呼んだが、僕はあの試みは素晴らしいと思う。僕は、「子育て」というものに対して、「諦める」という選択肢が用意されてもいいんじゃないか、と思うのだ。もちろん、悪いことを考えればいくらでも考えられる。「子育てを諦める」という選択肢を用意することのマイナス面は、いくらだって考えられるだろう。しかし僕は、それ以上に、「子育てに追い詰められている人」を救う方が、しんどい子育てに苦しんでいる人も、その子供も、救われるんじゃないか、と思うのだ。

「子育てを諦める」という選択肢を、どう社会に実装するのかは、非常に難しい問題だとは思う。ただ、間違いなく言えることは、「子供」とか「家族」とかに対する、「幻想」とでも呼ぶべき無意識の枠組みを解体していく以外にはないだろう、と思う。

本書では、「子供をほしいと思わない人たち」が描かれていく。その理由は様々で、一概には言えないし、彼らがどんな決断をするのかも様々で、当然正解があるわけでもない。しかし、ここでもやはり感じることは、「子育てを諦める」ことが非常に難しいように、「子供をほしくない」と言うことが非常に難しい、という事実だ。「子供がいることは幸せだ」という圧力がまだまだ強いが故に、「子供をほしくない」は社会の中でなかなか受け入れられにくい。

「子供をほしくない」という感覚を持ちながら、どう結婚相手や社会と折り合いをつけていくのか。非常に難しい問いを投げかける作品だ。

内容に入ろうと思います。
本書は、5編の短編が収録された短編集です。どうも、同じ町が舞台なようですが、物語同士にそこまで強い繋がりがあるわけでもありません。

「1DKとメロンパン」
会社で出産する人が続き、社内から既婚者がどんどんいなくなる。知佳は、子どもこそいないが、結婚していて良かったと思う。給料の低い夫だが、よく食べる私を褒めてくれるし、色々やってくれる。子どもはいないけど、智宏がいれば十分だ。
しかし、知佳の妹が出産したのを機に、智宏の心境に変化が生じたらしい。止めて。私は、子どもは無理。

「無花果のレジデンス」
睦生は、かつての上司の奥さんと梅干しを漬ける。上司は、3年前に亡くなった。一人残された奥さんが心配で、未だに足を運んでしまう。波恵と結婚し、順調な結婚生活が送れていると思ったが、しばらく前から穏やかさが失われてしまった、と感じている。波恵蛾、妊活を始めたからだ。子どもが欲しいのかどうか、よく分からない。ただ、妊娠に良いと言われる食べ物を食べ、決められた日にセックスをするような努力をしてまで作ろうとするものなのか…。

「私は子どもが大嫌い」
OLの茂斗子は、子どもがいないはずと思ってはいった純喫茶風の店で子どもの泣き声を聞いてげんなりする。子どもは、嫌い。結婚するつもりなどないし、このまま穏やかに死んでいきたい。両親が持つ単身者向けのマンション最上階に住み、毎日両親の元で夕食を食べるようにしている。ある日、単身者向けのはずのマンションで子どもの泣き声が聞こえ…。

「ほおずきを鳴らす」
製薬会社で嫌われどころの課長として働いている博嗣は、娘の命日に元妻と会うようにしている。生きていれば何歳になっているだろう、と考えてしまう日々。したくもないが部下を叱ったり、老いた母を訊ねに老人介護施設へと足を運ぶ日々。そんな中、博嗣は一人の女性と出くわす。何故かほおずきを鳴らしているその女性は、風俗で働いていると言い…

「金木犀のベランダ」
パン屋を開くという昔からの夢を叶えた繭子。夫の栄太郎と共に、年々きつくなっている体力仕事であるパンづくりを続けながら、パンを子どものように思って生活してきた。子どもが欲しいという話はあって、自然に出来るならとある時から避妊を止めた。しかし授からなかった。もう43歳。夫も子どものことは諦めただろうと思っていたのだが…。

というような話です。

僕自身も、子どもがダメと感じるタイプの人間なので、「共感」というのとはちょっと違うような気がしますが、分かるなという感じがしました。「子どもがほしいと思っているのにできない辛さ」みたいなのは当然あって、それはそれで辛いと思うんですけど、「子どものことが好きじゃないのに、好きじゃないと言えない辛さ」みたいなものも当然あって、でもその「辛さ」については、まだまだ社会的に受け入れられてないよなぁ、といつも思っているし、そのことを再確認させてくれるような作品でした。

「子どもが好きじゃない」を堂々と言えないからこそ、様々なところで歪が起きる。もっとみんなで、「子どもが好きじゃない」って言えればいいんじゃないかなって思うんだけどなぁ。

個人的に凄く共感した部分が二つある。

一つはこちら。

【けれど、万一、自分が結婚をするような事態になったら、まずこのことを伝えないといけない、と茂斗子は思っている。まず、その条件をのんでくれる相手でなければ。
『私は子どもが大嫌いなんです』】

分かるわぁ、と思う。僕も、結婚するつもりはないんだけど、万一結婚するとしても、子どもが欲しい人とは結婚できないと思うし、あらかじめそれは伝えると思う。もちろん、人間の気持ちは変わるから、「子どもなんか要りません」と言っても相手の気持ちが変わることもあるだろうし、もしかしたら僕の気持ちが変わることもあったりするかもしれないけど、とにかく僕としては、あらかじめそれが確認できないとまず結婚なんて無理だよなぁ、といつも思っている。

もう一つは、具体的には書かないけど、「『選ばれない』を生み出さないために『選ばない』」という決断だ。僕は、本書の中で、この描写が一番好きだった。

冒頭で「子育てを諦める」という話を書いた。僕は、そういう選択肢は必要だと思っているが、しかしもちろん、最大の犠牲者は常に子どもだ。大人の都合で捨てられる子どもをどうにかしなければならない。どうするのか、というのは非常に難しい問題だが、その難しさの一つにこの「選ばれない」があると思う。「『選ばれない』を生み出さないために『選ばない』」という決断は、心情として分かるが、しかしそこで選ばなければ、誰も選ばれないということにもなる。この難しさを提示してくれた、ということが、本書を読んで一番良かったポイントだ。

子どもに限らず本書には、人間が普段隠しておきたいと思うような、些細と言えば些細だけど、根をしっかりと張った黒い感情が描かれる。僕はそういう感情に囚われないように、なるべく人生の色んなことから逃げて逃げて逃げてきたのだけど、真っ当に生きようとすると、やっぱりこういう感情に囚われてしまうよなぁ、と感じさせられる作品でもありました。

窪美澄「いるいないみらい」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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1位 「死のテレビ実験
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)