黒夜行

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ビッグ・クエスチョン <人類の難問>に答えよう(ステーヴン・ホーキング)

本書は、ごく最近亡くなり(2018年)、亡くなる直前まで、存命の科学者の中では最も有名だと言っていいだろうホーキング博士の最後の著作です。ホーキングという名前にピンとこなくても、「車椅子の物理学者」と言われれば分かる、という人もいるでしょう。ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患い、若くして余命を宣告されながらも、奇跡的に70年以上も生き続け、科学の最前線にい続けた巨人が、これからの人類の生活や知的好奇心という意味で非常に重要な、そしてある意味では「無邪気」な10の問いについて、彼なりの答えを綴った本です。

まず、その10の質問について書いてみましょう。

1 神は存在するのか?
2 宇宙はどのように始まったのか?
3 宇宙には人間のほかにも知的生命が存在するのか?
4 未来を予言することはできるのか?
5 ブラックホールの内部には何があるのか?
6 タイムトラベルは可能なのか?
7 人間は地球で生きていくべきなのか?
8 宇宙に植民地を建設するべきなのか?
9 人工知能は人間より賢くなるのか?
10 より良い未来のために何ができるのか?

どれも、なかなか一筋縄ではいかないというか、現在の科学ではスパッと答えを出せない問いばかりです。また、「神は存在するのか?」と言った、科学の領分ではないと感じられる問いもあるだろうし、「より良い未来のために何ができるのか?」と言った、問いかけていることそのものがふわっとしているものもある。それぞれに対して、著者の答え方のグラデーションがあって面白い。

ただ一つ言えることは、著者は基本的には「楽天的」だということだ。自分でも、そう書いている。9の人工知能の問題については、他の事柄よりもやや慎重であるが、しかしそれでも、「人工知能が害をもたらす可能性は十分にあるが、しかし人間はそれをきちんとコントロール出来るようになるはず」と考えている。著者は偉いのは、ただそう考えているだけではなく、実際に行動をしているということだ。イーロン・マスクらと共に、AIが社会に及ぼす影響について本格的な研究を求める公開書簡に署名したし、AIのリスクを軽減する組織の査問委員会のメンバーにもなっている。

また行動という意味で言えば、8の植民地の章でも面白い話がある。一般性相対性理論により、光よりも速く移動することはできないので、非常に遠い惑星を探す旅は非常に困難なものになる。そんな恒星間旅行は、現時点では現実的ではないと考えられているが、しかし著者は2016年に、投資家と組んで、恒成間を実現させるための長期的な研究開発プログラム「ブレイクスルー・スターショット」を発足させた。これは、ナノクラフトという非常に軽い物質(とりあえず人間が乗れるサイズではない)をレーザービームに乗せて、光速の1/5の速さで進むことを目指すものだ。工学的な難問は多々あるのだが、しかしそれらが工学的な問題である以上、いずれは解決出来るだろうと著者は考えている。

本書の中だと、1・2・4・5・6辺りは、かなり専門的な話になる。1は宇宙論だし、2・6は相対性理論の話、4は量子論の話、そして5はど真ん中で著者の専門分野なので、他の章と比べても圧倒的に詳しく、最新の状況が書かれている。他の章で書かれている理論的な話については、概ね知っていることが多かったが、5の「ブラックホールの内部には何があるのか?」については、知らないことがほとんどだった。ここでは、ブラックホールというものがどのように研究され、新たな発見が生み出されたかがまず描かれる。

【ブラックホールは存在するという証拠が観測からはまだひとつも得られていなかったときに、私たちはブラックホール理論における主要な問題のほとんどを解決した】

このように著者が書いているように、著者自身もブラックホールについてかなり多くの貢献をした。

しかしブラックホールは、やがて重大な問題を突きつけることになった。それは、「ブラックホールで情報は失われるのか、あるいは原理的には情報を回復できるのか」という、情報パラドックスとして知られているものだ。これは現在に至るまで未解決であるようだが、「スーパートランスレーション(超並進対称性)」がこの解決をもたらすのではないか、という期待を著者はしているという。このブラックホールの話はなかなか難しくて、サクッとは理解できなかったが、著者の力の入り具合を感じることはできた。

「宇宙」というものをテーマにすると、やはり様々な不可思議さが現れる。「宇宙は何もないところから始まった」「負のエネルギーとでもいうべきものが、空間そのものに貯蔵されている」「宇宙にある物質やエネルギーをすべて足し合わせると『無』」「ビッグバン以前には時間というものが存在しない」など、科学的な知見によって得られた事実を並べ、それらを踏まえた上で、「宇宙の誕生に神は必要ない」と著者は言う。宗教的な議論は別に残っていてもいいが、科学的には、神の存在は否定されたと言っていいのだろう。

3・7・8・9・10については、理論の話というよりも、「科学者として様々な知見を持った著者が、楽天的に考える未来像」というような話が展開されていく。これまで科学が成してきたこと、人類の進化の速度、社会情勢や自然環境の変化など、様々な情報を組み合わせながら、科学的にはスパッと答えが出せないような問題に対して、著者なりの考え方を提示していく。

その中でも著者の関心は、「これから人類はどう生きるべきか、そこに科学がどう関わるか」ということだ。

【だが、いまの若い人たちには、どんな未来が待っているのだろうか?確信を持って言えることは、これまでのどの世代にもまして、いまの若い人たちの未来は、科学とテクノロジーに依存するだろうということだ。科学は、かつてない形で日々の暮らしの一部になるだろうから、いまの若い人たちは、これまでのどの世代よりも科学を知らなければならない】

これはもちろん、「科学が世の中を豊かにする」という方向も含まれるが、逆もある。遺伝子の工学的な操作や、核兵器による人類の絶滅、自然環境の破壊など、「科学」というものが人類や社会に害を成す可能性についても考えられている。そういう中で生きる僕らは、「科学」というものをよりよく理解し、「科学には何が出来て何が出来ないのか」「科学がすべきことは何ですべきでないことは何か」ということについて議論されなければならない。そういう意味でも、より多くの人が科学を知るべきだ、と著者は言う。しかしその一方で、基礎科学に対する予算が減らされたり、科学者の地位が低下したりしている現状があり、著者はそのことを憂えている。そういう意味で本書も、「科学というのはこんなに魅力のあるものなのだ」ということを伝えるための手段の一つだろうし、ホーキングが(恐らく意識的に)楽天的であろうとしているのは、そういうスタンスを自らの振る舞いから伝えるためだろう、とも思う。そういう意味でも、彼が人類に成した貢献というのは、非常に大きなものだと言えるだろう。

【人とコミュニケーションをとることは、父にとっては絶えざる努力を要することだった―それでも、身体の動きが失われるにつれて装置を適応させながら、父はコミュニケーションをとろうとしつづけた。平板な電子音声で語られたときに、もっとも効果が上がるよう、言葉を選びぬいた。父が使うと電子音声は不思議なほど表情豊かになった】

巻末で著者の娘はこう書いている。やはりこれも、「伝えたい」という気持ちの表れだっただろう。また、著者自身は自身の声についてこんな風に書いている。

【いまでは私自身、この装置の作り出す音声が―アメリカなまりであるにもかかわらず―自分の声だと感じている】

生体的な声を失いながらも音声によるコミュニケーションを取り続けた著者の実感がこもった言葉だ。

最後に。6のタイムトラベルの話の最後に書かれていたパーティーの話が面白かった。

著者はある時、「本物のタイムトラベラーだけがやってくるパーティー」を企画した。どうしたらそんなことが可能なのか。それは、「パーティーが終わってから招待状を出す」というやり方だ。まずパーティーを開く。そしてそれが終わってから招待状を出す。招待状を受け取った人が本物のタイムトラベラーであれば、過去に戻ってパーティーに参加できるはずだ、というものだ。実際には誰も来なかったようだが、しかしだからと言ってタイムトラベルが出来ないということにはならない。例えば、タイムトラベルには莫大なエネルギーが掛かるので、パーティー程度の予定のためには使えない、ということかもしれない。いずれにしても、面白いことを考えるよなぁ、と思った。

科学的に難しい話も少しは出てくるけど、基本的には科学の素養が高いことを前提に書かれているわけではない本なので、安心して読める本だと思います。

スティーヴン・ホーキング「ビッグ・クエスチョン <人類の難問>に答えよう」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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10位 原田マハ「キネマの神様
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)