黒夜行

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物語 数学の歴史 正しさへの挑戦(加藤文元)

内容に入ろうと思います。
本書は、古代から現代に至るまでの数学の歴史を、著者なりの切り取り方で描き出す作品です。冒頭の著者の文章を引用してみましょう。

【数学の歴史の大きな流れを、文化史・文明史駅な視点から、できるだけ整合性のあるまとまりとして一望したい、というのが本書において筆者が目指したことである。そのため、数学の専門的な内容はできるだけ噛み砕いてわかりやすくする一方で、主に数学の発展史における思想面での変遷に重点を置き、さらには人物史的側面も可能な限り手際よくまとめるよう心がけた】

そんな著者は、本書の裏(?)テーマに据えているのが、「『計算する』ことと『見る』こと」だ。

【そもそも人間が「数学する」ことにおいて、最も重要な行為は「計算する」ことと「見る」ことである】

本書には様々なことが書かれていて、どれも非常に面白いのだが、著者の主張に沿って、この感想では、この点に着目して書いてみようと思う。

計算と見るの話で最初に印象的だったのが、古代の数学の話だ。古代バビロニア人は、何かを書くのに粘土板を使っていて、これは図形は描きにくいが計算手順などを書くには最適だった。一方、古代エジプト人は、何かを書くのにパピルスを使っていて、これは図形を描くのに最適だった。

【古代エジプト人の数学が「見る」ことを出発点としていたのに対して、古代バビロニアの人々にとっては「計算する」ことが、彼らの数学の始まりだったのである】

どんなメディアに記述するかによって、数学の性質が変わる、という話は面白いと思ったし、それが「計算する」と「見る」という数学の性質を際立たせているというのはなるほどと感じさせられた。

さて、そこから一気に話は飛ぶが、本書では「非ユークリッド幾何学」についてかなりページが割かれる。この話は、数学史の中で非常に有名な話なので、僕もエピソードとしては繰り返し読んだことがある。しかし、「計算する」「見る」という話が絡んでくると、見え方が変わって面白かった。

「非ユークリッド幾何学」の話をする前にまず、こんな文章を引用しよう。

【数学における理解とは、健康的な心による受け入れという、優れて感覚的な側面を持つからである。そこでは知性的な精神活動であるという側面と、完成による受け入れという側面が、調和を保ちながら一つの理解形態をなす。】

意味が分かるだろうか?要するに数学というのは、「これって正しいよね!」という人間の感覚的な判断が非常に重要だ、ということである。

ンなアホな、と思うだろう。数学には「美しい」という形容詞が使われることもあるし、そういう感覚は多少ながら僕の中にもあるので、僕は分からなくはないが、数学というものが論理一辺倒の学問だと考えている人からすれば、感覚的に正しいと思うかどうかなんて理解できないだろう。

さてそこで、「非ユークリッド幾何学」の話をする前に「ユークリッド幾何学」のことを書こう。この感想の中では、「非ユークリッド幾何学がいかに発見されたかエピソード」については触れないので、知らない人は自分で調べてほしいが、それまで当たり前だと思っていた幾何学(これが後に「ユークリッド幾何学」と呼ばれるようになる)の他に、様々な幾何学が成立しうるのだ、ということが発見されて、当時の数学界は激震に見舞われたのだ。

さてそんな「ユークリッド幾何学」について、こんなことが書かれている。

【では、なぜユークリッド幾何学を正しいと思うのだろうか】

「ユークリッド幾何学」が何か分からない人には意味不明な問いだろうが、要するに「点と点を結ぶと直線になる」とか「2本の平行な直線は交わらない」とか「◯◯という条件を持つ2つの三角形は合同だ」のような、学校に図形の授業で習ったようなこと全般だと思ってもらえればいい。

これらを、どうして僕らは「正しい」と思うのか?その答えは「見える」からだ。

【こと数学的な観点から考えると、ユークリッド平面という目に見えやすい「モデル」を持っている、ということの意義が大きい。つまり古代ギリシャの昔から、それは人間の「見る」対象として扱われてきたし、それが人間の感性的経験と、うまく整合してきたということである】

例えば三角形であれば、同じ三角形を切って重ねれば合同であるということを「見る」ことが出来る。平行な直線にしても、無限の先でどうなっているかはわからないにせよ、に直線の間の距離を測ったりすることで平行だと「見る」ことが出来る。このことが、正しさの判断に大きな影響を与えている、というのだ。

だからこそ、「非ユークリッド幾何学」はなかなか発見されなかった。「非ユークリッド幾何学」は、「ユークリッド幾何学」のある「問題」(「問題」というのは言い過ぎかもしれない。「違和感」程度だろうか)が認識されてから1000年近く発見されないままだったのだ。そしてある時代、ある天才が、「その違和感は、『非ユークリッド幾何学』というものを考えれば解消だ!」ということを言って、ようやく「非ユークリッド幾何学」が発見されたのだ。見えないものはなかなか捉えられない、という好例だろう。

では、「非ユークリッド幾何学を発見した」というのは、何を指しているのか?「非ユークリッド幾何学」というのはよく、ロバチェフスキーとボヤイによって発見された、と言われるが、しかし彼らはその存在や整合性を「論証」したわけではない。「こういう世界もあり得るよ」と言っただけなのだ。

そしてその流れで、「ユークリッド幾何学」の正しさも、決して論証されたわけではない、と続き、こう著者は書く。

【ユークリッドは、ユークリッド幾何学の体系を構築し、それが豊かな幾何学的内容を持つものであることを明らかにしたが、そのような体系自体が無矛盾であるとか、実在するとかいうことを論証したわけではない。というより、そのようなことは不可能である。だから我々がユークリッド幾何学という体系が実在すると感じるのは、そのような論証的な問題ではなく、感性的なものである。ミロのヴィーナスという彫刻の存在感や、エッシャーの『滝』の世界の存在感と、本来同等の精神的効果であると言ってよい】

同じようなことは、「微分積分の発見」についても言える。

【微分積分学という学問が、パラドクシカルな要素にまみれているとはいえ、一つの内的な整合性を持ったまとまった体系であることを強く信じることができたこと、そしてそれを人々に印象づけることに、それなりに成功したということではないだろうかと思う。つまり論理などのミクロ的側面ではなく、マクロ的大局的な認識能力に訴えることで、その理論の存在感が信じられるようになったからだと思われるのだ】

「見る」ということから少し離れてしまったが、このように数学というのは、ある種の「美しさ」を感じ取ることによって、その正しさを「感じ取る」学問でもあるのだ。

また数学には、「連続」と「不連続」を接続する、という問題もある。

【自然数や整数のような「不連続的な」数の概念と、線分や面積のような「連続的な」量の概念との葛藤―その非常にはっきりとした現出の一つを、例えばゼノンのパラドックスの中に見出すことができる―であり、現代にも通じる西洋数学の中心テーマの一つである】

数学というのは常にこの「連続」と「不連続」をどう扱うかという問題がつきまとっていた。そしてこの問題は、「見る」ことと「計算する」ことの問題でもある。

【もともと「見る」ことで直観的に捉えられていた連続量を、「計算する」という算術の土台の上に再構築しようという心みは、ピタゴラスの昔からの因縁の問題であった。】

例えば「実数」というのは「目で見てわかる連続性」を感じるものだ。自然数であれば、「1」と「2」の間に切れ目があり、連続していないが、実数の場合はどこでどう分割しようが切れ目を見出すことは出来ない。連続しているのだ。このような「目で見てわかる連続性」を、「計算する」という俎上に載せることの困難さが、数学という学問分野にはずっとつきまとっていたという。

そしてそれを解消したのが「集合論」という新しい数学分野なのだが、それはある意味で、「計算する」から「見る」への大きな転換の流れでもある。

元々その流れを生み出したのは、リーマンだ。西洋数学の歴史は、「見る」ことから始まったが、しかし次第にそれらを「計算する」ことに置き換えることで様々な発見を生み出してきた。しかし、次第に「計算する」ことが複雑になりすぎ、限界に近づきつつあった。そうしたなかでリーマンは、「リーマン面」という考え方を提示し、「計算する」ことから「見る」ことへの回帰を促した。ちゃんと理解できている自信はないが、リーマンの主張は、「計算がくっそ難しい代数函数」を、「リーマン面という『見る』ことが出来る対象」に置き換えることで捉えやすくした、ということらしい。

そしてこういう流れの中で、「まず概念ありきで数学を考える」という発想が生まれる。どういうことか。それまで数学というのは基本的に、まず「なんらかの形で『見える』もの(想像の中でも良い)」を想定し、それを「計算する」ことに落とし込んだりすることで抽象化し、本質的な概念を捉える、という流れだった。しかし次第に、まず仮定的に「ある概念」を捉える。そして、そういうものがあるとして、それらを建築資材としてどういう体系を作り出せるか、つまり「見える」ものを生み出せるか、という方向にシフトしていった。そして、その建築資材として使われるのが「集合」というものだ。概念をなんらかの形でまとめた「集合」を最初に捉えることで、それがどういう数学体系を生み出すのか、を考えることが数学の主流になっていく。

ここに、著者の大きな主張がある。これまでは「見る」ことから数学が始まり、「計算」を経て概念を捉えるだったのが、今では、まず概念を捉え、「計算」を経ることで「見る」対象を捉える、という形になっている。数学というのは、様々な分野があちらこちらで生まれ、途中でそれらが合流したり、あるいは分岐したりしながら、縦横無尽な発展を続ける学問だが、「見る」「計算する」という捉え方によって、数学の歴史の大きな転換点を示すことが出来る、という視点は非常に面白いと思った。

なかなか難しい記述もあって、ここで書いたことでさえ、僕の理解が正しいのか自信がない部分はあるのだが、面白い作品でした。数学の歴史を【できるだけ整合性のあるまとまりとして一望したい】という著者の目論見は、達成されているのではないかと思う。

加藤文元「物語 数学の歴史 正しさへの挑戦」

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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
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9位 速水健朗「ラーメンと愛国
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