黒夜行

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柳は萌ゆる(平谷美樹)

政治に関心を持つことは、ちょっと難しい。
それは、「自分が政治に向ける関心」が、政治に対して小さな影響力しかない、と感じてしまうところにある。

いや、確かに、実際にそれは小さいのだ。
一人一人の「関心」が持つ影響力は、とても小さい。
だからこそ、大きなものにしなければならない。
その動きは、「革命」という名前で呼ばれることになる。
「フランス革命」や「アラブの春」など、様々な形があるし、本書で描かれる「一揆」も、そういう「革命」の一括りだろう。
そして、何らかの形で、一つ一つはとても小さい「影響力」を集めて集めて大きくしなければ、政治を動かすことは出来ないのだ。
そしてそれは、なんかめんどくさいな、と思えてしまうのだ。

しかし本書には、こんな耳の痛い文章がある。

【お前たちは、なにも言わぬことで悪政に加担していたのだ】

確かに、その通りだ、と感じる機会は度々ある。

そしてもう一つ、政治に関心を持つことの難しさがある。
それは、「自分が考える正しさ」は、本当に正しいのか?ということだ。

本書の冒頭では、「藩の運営をする者たち」と「一揆によって民衆の意見を認めさせようとする者たち」の争いが描かれていく。その中で、【民百姓は大所高所から世の中を見ることなどできぬ。常に己を中心に考え、それにそぐわなければ不満を申す】と、運営側が主張するような場面が、度々描かれるのだ。

そして、確かにそれはその通りだ、と思うのだ。もちろん、政治に関わっている人間の判断が絶対に正しい、などということはないが、少なくとも、それを一生のテーマに定めているような専門家がちゃんといて、必要なデータもちゃんと取ることができる。一方で、例えば僕は、国の問題一つとっても、詳しいデータも知らなければ、解決策の種類にも詳しくない。そういう中で、「国を運営する者たちのやり方ではなく、自分の考えが正しい」と主張するには、なかなか勇気が要るものだろう。

変化には必ず、痛みが伴うものだ。本書でも、散々そう描かれている。一切マイナスをもたらすことなく、全体を向上させることなど出来ない。どんな良策であっても、必ず悪影響がどこかには及ぶ。その悪影響が及ぶところでは、必ず反対が起こることだろう。それは必然だ。しかし、全体で見れば大幅に状況が好転する、ということであれば、その犠牲は致し方ないものと考えるしかない。それが政治というものだろう。

もちろんこれは、すべて透明性が確保されている、という、非常に理想化された状態における話だ。物理学で言えば、「地面との摩擦はないものとする」という条件みたいなものだ。理想的な状態が保たれているとすれば、上記のような主張は正しい、と僕は思う。しかし実際にはそううまくいかない。個人の私利私欲や誤った見込み、ミスした場合の隠蔽など様々な要素によって理想的な状態からは遠ざかるし、そうであればあるほど、「一部の悪影響を呑み込んでも全体を取る」という判断の正当性が奪われていく。

本書でも、そう感じる描写はある。藩の最高責任者である少将は、【命を賭けて己の信じる政を行っておる】と主張する。確かにそうであるのかもしれない。しかし彼は、「犠牲が必ず生まれると分かっていながら、自分自身は質素倹約しない」とか、「何を目的として様々な政策を行っているのか説明しない」というような状態にいる。たとえ彼のやっていることが、命を賭けてでも正しいと言えるほどのものだとしても、その正しさを自らの行動によって示すことが出来ていないのであれば失策だろう、と僕は感じてしまうのだ。

政治に仕組みそのものが、理想化された状態から程遠いのだから、確かに僕らにはそれを監視する役割があるはずだし、それに意味はあるのだろうけど、やはり「様々な要素が複合的に絡み合い、しかも必ずどこかには皺寄せがやってくるだろうという状態で、個人の主張を正しいと思い込むのは難しい」という気持ちにもなってしまうのだ。

まあもちろん、こういうのは全部言い訳でしかなくて、ただただ政治に興味がないだけなのだし、それじゃダメだなぁ、という気持ちはあるのだけど、やはりなかなか難しい。社会全体がマイナスに沈んでいこうとしている現代だからこそ、余計に僕らが政治にもっと関心を持たなければいけないのだろうけど、その雰囲気を醸成するためには、本書で描かれる民百姓たちのように、多くの人々が苛烈な環境に身を置かざるを得なくならなければならないだろうなぁ、という気もしてしまう。

内容に入ろうと思います。
主人公は楢山茂太。後に「楢山佐渡」を改名し、家老を務めることになる人物だが、1847年、17歳当時はまだ、加判役(家老)であった父のついでのようにして近習に取り立てられたばかりだった。
茂太には印象的な記憶がある。幼い子どもの死骸が川を流れていく光景だ。川の対岸にいた、三浦命助と名乗る男は百姓であり、家老の血筋である茂太に対し、侍たちの政を避難する言葉をぶつけた。その記憶がずっと残っている。そして、近習として政に関わるようになってからも民百姓と別け隔てなく接し続け、そして、むしろ侍たちの横暴なやり方に怒りを抱くようになっていく。
その当時盛岡藩では、一揆が頻発していた。その理由を、侍たちはよく分かっていた。一揆衆たちに約束したことを、すぐに掌返しで裏切るのだ。自覚があってやっているのだ。茂太は、そんな振る舞いにも怒りを隠せず、また、民百姓たちの意見を取り込んだ政が出来ないものか、とずっと考えていた。
一揆衆は、隣の仙台藩も巻き込み、より大きな動きへとなっていくが、当時の少将である利済も、己が絶対と信じるやり方をしていると考えを改めることなく、侍と百姓たちの溝はどんどんと広がっていくばかりであった。茂太は、そんな中で様々な動きを見せ、色んな反発やトラブルを引き寄せながら、自分が正しいと信じる政が出来る環境を整えようとした。
そしてやがて、茂太が大きな物事を動かしていけるようになっていくのだが、時を同じくして日本全体の動きが大きく変わろうとしていた。攘夷か佐幕かで、全国の藩の意見が分かれ、その間にも薩長率いる官軍が「革命」を成し遂げようとしている。そんな中で、佐渡と名を変えた茂太は、正しさを貫くために厳しい決断をするのだが…。
というような話です。

これは良い作品でした。歴史モノが苦手な僕にはどうしても、後半の人名や地名や藩名が乱れ飛んで戦闘が行われる展開にはなかなかついていけなかったのだけど、前半から中盤に掛けての、「楢山茂太(佐渡)」という男を中心とした盛岡藩の奮闘記みたいな部分は凄く楽しめたし、本書の最後の最後の、詳しくは書けないけど様々な人間の想いに溢れた展開も見事だったなと思いました。

すごく大雑把に本書の構成を区別してみると、「序盤」「中盤」「終盤」それぞれに対して、「藩としての正しさ」「国としての正しさ」「人としての正しさ」という風に分けられるように思います。

「序盤」は、「藩としての正しさ」です。盛岡藩を舞台にして、正しさのぶつかり合いが描かれます。これについては、この感想の冒頭でも色々書いているような「政治家」と「民衆」の闘いであって、「政治家」は「民衆は愚かで何年も先の未来など見通せない」と切り捨て、一方「民衆」は「政治家は民衆から搾取するばかり」と蜂起します。正直、どちらも正しい。本書ではそういう、どちらも正しいが故の難しさみたいなものが結構丁寧に描かれていて、考えさせられます。

そしてその描写の中で、結構意外なことが色々と描かれます。特に一番意外なのは、利済でしょう。彼の政策が正しかったのか間違っていたのか、それは分からないのだけど、ある状況に至って以降の彼の振る舞いは、見事だったと思います。【我らを徹底的に○○とし、政を有利に進めよ】(一部伏せました)というセリフは、彼が自らの正しさを本当に心の底から信じていたことを明白にするものだったなと思います。

また、楢山茂太と対を成す存在として、東中務という男が登場します。お互いに考え方があまり合わず、茂太が加判役にいる時は中務はおらず、茂太がいないと中務がいる、というような状態になることが多いのだけど、そこにも、なるほどそんな意味があったのか、と感じさせられました。

なんというのか、みんなすげぇ真剣なんだな、ということが良く伝わる描写が多いなと思いました。

「中盤」は「国としての正しさ」です。これを、盛岡藩の楢山茂太という個人を通じて描き出そうとする。僕は正直、歴史に詳しくないので、「攘夷」も「佐幕」も意味を説明できませんが、たぶん、どっちかが「侍として生きること」で、どっちかが「侍を捨てること」なんだと思います。

薩長が「革命」を起こし始めたことで、全国の藩がどう行動するかを考えざるを得なくなりました。茂太には茂太なりの正しさがあり、それを貫こうとします。しかし、この当時の国の正しさは、多くの人が知っているだろうこの言葉に集約されます。
【勝てば官軍】
つまり、どんな思想を持っていようが、武力を持って勝ったものの考えが「正しい」とされる、という意味だ。

佐渡(茂太)は、どうにかそういう流れに抵抗しようとする。一方で彼は、民百姓のための政治をしたい、という思いも強く持っている。しかし、大きな流れに抵抗しようとすると、必然的に戦闘をしなければならず、そうなれば必ず民百姓を傷つけることになってしまう、というジレンマにも悩まされることになる。

そんな風にして佐渡は、「国としてどうあるべきか」を考え続け、己の考えをきちんと貫こうと行動するのだ。

そして最後に「人としての正しさ」が描かれる。正直僕は、「中盤」は辛かったのだけど、「終盤」は素晴らしかった。ここで何が描かれるのかは、具体的には書かない。しかし、「どう生きるか」「どう死ぬか」という、一個の人間としてのあり方を突きつける状況が様々に描かれ、そういう中で、信念を持った人々が己の正しさを貫き通そうと奮闘することになる。

彼らが突き通そうとする「正しさ」というのは、「誰かのために」だ。それまでの利害対立などなかったかのように、誰もが「誰かのために」という「正しさ」を押し通そうとする。ここが難しいのだ。「己のために」という「正しさ」であれば、別にどうとでも跳ね除けられるが、「誰かのために」という「正しさ」はそう無下に出来ない。あしらうことの出来ない「正しさ」が乱れ飛ぶ中で、誰がどういう決断を下すのか。その行く末が非常に興味深い。

楢山茂太(佐渡)という、高潔すぎるほどに高潔な男の人生を主軸に、様々な「正しさ」の対立を描き出していく物語は、現代にも通じる様々な困難さについて考えさせられる思いだった。

平谷美樹「柳は萌ゆる」

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