黒夜行

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死にたい、ですか?(村上しいこ)

僕は、誰かを傷つけたり抑圧したりしてまで生きていたいとは思わない。

『その優しさが、ダメなんじゃないの。よくそれで、今までエリマネがつとまりましたね。そうか、つとまらないから、ここにいるんだ。だいたいそんなだから、この店の店長、すぐいなくなっちゃうんだよ。優しくすると、相手は精神的にゆとりができちゃう。つまり余裕が生まれて余計なことを考えだすの。逃げ道を考えちゃうわけ。で、逃げられないように、いつも切羽詰った状態にしておかなきゃ。支配下に置いてコントロールする。常識でしょ』

このセリフは、本書全体のテーマや展開からは大分外れた、本筋とは違うところから抜き出している。だから今僕が書こうとしていることは、本書全体の核の部分ではないのだけど、個人的にはこのセリフが一番琴線に触れた。

僕は、そんな風にはしたくないな、と思う。

自分が誰かを管理したり、仕事の指示をしたりする立場だとして、そんな支配下においてコントロールするようなやり方はしたくない。仮に、それをしなかったことで、僕の評価が下がったり、会社が困難な状況に陥ったとしても、僕としてはどうでもいい。誰かに異様なまでの負担を強いなければ他の全員が生き残れないのだとしたら、そんな集団は滅びればいいと思う。

本書は、両極にいる人間が、法廷や社会という場で接点を持つことで生まれる摩擦を描き出している。その両極とは、「他人の気持ちをまったく考えない人」と、「他人の気持ちを考えすぎる人」だ。

僕はどちらかと言えば、後者、つまり「他人の気持ちを考えすぎる人」だ。それで自滅することは、結構多い。そういう失敗を何度も繰り返しながら、相手に深入りしすぎない絶妙な距離感というものをなんとなく掴めるようになっていったから、最近はそこまで他人の感情に引きずられることはない。でも、やっぱり時々ダメだ。

そして、そういう「他人の気持ちを考えすぎる人」にとっては、社会はとても生きにくい。何故なら僕らが生きている社会は、「他人の気持ちをまったく考えない人」がのし上がって行けてしまう、そんな世の中だからだ。

『私が今ここにいるのは、呼ばれたから来た、それだけです』

『練習台には丁度いい死に加減だな。今回のナントカ君は』

どういう立場の人がどこで発した言葉なのか分からないように引用したが、こういうことを平然と言ってのける人間が世の中にはたくさんいて、そういう人間が、他人を傷つけていることに気づきもせずに、あるいは気付いていても良心の呵責を一切感じないまま無視して、世の中を渡り歩いていく。そんな人間に、「他人の気持ちを考えすぎる人」が立ち向かっても勝てないのだ。相手に、どんな言葉や感情をぶつけても、何も届かない。逆にその虚しさに、こちらがダメージを負うほどだ。

「他人の気持ちを考えすぎる人」は、それでもこの世の中で生きていくために、様々な努力をする。そういう努力を極端な方向に向けてしまうと、人見家の面々のような状態になってしまう。立ち向かうことで気持ちを奮い立たせようとする人、酒に逃げることで現実に目を瞑ろうとする人、諦念に支配されて何も行動を起こさない人…。そんな状態で、世の中にいる「他人の気持ちをまったく考えない人」とぶつかっていかなければならないのだ。

それは辛い。辛いなぁ、と思う。

「他人の気持ちをまったく考えない人」が無傷で社会で大きな顔が出来てしまう世の中に、うまく鉄槌が下ってくれないものかと思う。

内容に入ろうと思います。
三重県で地方紙の記者をしている大同要は、デスクから回ってきたとある裁判の原告・人見伊代に取材をしている。4年前、息子の典洋が自殺した。それを、いじめが原因だとして、典洋が遺書に書き残した生徒数名を相手取って裁判を起こした。その記事を書いて欲しいのだ、という。
要には、伊代の苦しみが他人事ではないように感じられるが、一方で、これは記事にならないだろう、とも考えている。しかし、裁判は傍聴しようと考えている。
伊代の娘である由愛は、アルバイト先で先輩から気に入られているが、由愛はそれを疎ましく感じている。親友である三葉と一緒に働いているが、その先輩が荒れて、由愛に食って掛かるようになったため、一緒に辞めた。
要は、よく行く食堂で、バイト女性にやり込められている店長を見かける。やり取りから店長が「ヒトミ」だと分かる。伊代の旦那だろうか?要は話しかけ、やはり本人であると確認するが、彼がアルコール中毒だと見抜き、心配になる。
典洋をいじめ自殺に追い込んだとして行われている裁判は、空虚なまま進んでいく。そこには、人間的な感情などほとんど入り込む余地はなく、裁判上の手続きに則って、明らかな嘘も嘘であることを示せなければ正しいことであるとして通って行く。裁判を見ている要も由愛も、これは誰のための裁判なのか、と考えている。
要は、古市という精神科医の元へ定期的に通っている。同じ総局で働く記者である桜井美奈と付き合ったものの、うまくいかなかった話をする。それは、要がどうしても捨てきれずにいる過去のトラウマに関わっている。
というような話です。

切実な祈りに満ちた物語だと感じたが、うまく捉えきれない感じもした。物語は別にどう捉えてもいいのだろうけど、僕には、本書を読めば読むほど、本書に描かれていない人たちのことばかりが想像された。

本書は、息子の自殺によってバラバラになりかけている人見家と、過去のとある出来事を現在まで引きずっている大同要が中心に描かれるのだが、僕の関心は彼らにはあまり向かなかった。何故かはよく分からない。彼らの性質や振る舞いは僕自身と近い部分があると感じられるのだけど、それが彼らへの興味という形には結びついていかなかった。不思議だ。

僕が本書を読みながらずっと関心を持っていたのは、この物語を境界で取り巻く外部の人間たちだ。例えば、人見家の弁護人、裁判に出廷した証人、人見家の夫の勤務先の人など、中心にいる人見家・要と何らかの繋がりで関わりを持つ者に強い印象を抱いた。

読みながらずっと、彼らのようにならない保証はあるか、と考えていたのだと思う。この物語には、様々な形で「他人のことをまったく考えない人」が登場するが、自分の振る舞いがそうなっていないと絶対の自信を持って言えるのか、みたいなことが気になったのだと思う。

そう感じてしまうほど、本書に登場する「他人のことをまったく考えない人」は、酷いと僕は感じる。そして同時に、こういう人間が世の中に存在しているということもまた、僕は知っている。

自死遺族の辛さについては、確かにそうなのだろうと思うのだけど、なんだろう、読みながら、ちょっと遠さを感じてしまう部分もあった。辛くてアルコールに逃げてしまった父親のことは、まだ分かる。けど、生きている娘が現実の世界で悩んでいるのに、死んだ息子のことばかり考えて生きている母親については、もちろんそういう人は実際にいるだろう、と感じつつも、自分の感覚では手の届かないところにいる人だ、と思えてしまった。難しい。物語は、自分に引きつけて捉えることが出来ないものであっても入り込むことは出来るはずなのだけど、たぶん「家族」というものへの幻想が欠如しているからなのかな、特に母親が死んだ息子に抱き続ける愛情を、すんなりに受け入れるの難しかった、ということなのかもしれない。

ただ、この叫びは、僕の内側にスッと届いた。

『いやだ。
沈みたくない。
家族と一緒に沈むわけにはいかない。』

直接的な暴力などで家庭が崩壊するのも辛いものだが、家族全員の無関心によって家庭が崩壊するのもまた辛い、と感じた。

村上しいこ「死にたい、ですか」

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)