黒夜行

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相方は、統合失調症(松本ハウス(松本キック/ハウス加賀谷))

つい最近、別々の人から、「◯◯さん(僕の名前)は、今すぐにでもカウンセラーになれますよ」「◯◯さんはカウンセラーみたいですね」と言われた。

自分で言うのもなんだが、そう言われる理由は分かるような気はする。

僕が誰かから相談事を持ちかけられた時に考えることは、「相手の頭の中をどうやって整理しよう」ということだ。相談というのを「自分の意見を言うことだ」と思っている人が多い印象があるが、僕はそんなことにはほぼほぼ意味はない、と思っている。もちろん僕が、タモリとか美輪明宏みたいな超有名人なら話は別だ。「タモリの意見/美輪明宏の意見を聞いてみたい」という需要は当然あるはずだし、そうであるならば、自分が思っていることを話すべきだ。しかし、一般人が一般人に相談する場合、相手の相談事に対して自分の意見を主張することはほぼほぼ意味がない、と僕は考えている。

というのは、循環論法みたいなことを言うが、僕の意見は相手の意見ではないのだから、そもそも受け入れられるはずがないのだ。

じゃあどうするのか。そこで僕が普段から意識しているのは、「相手の頭の中にあるはずの相手の意見を引っ張りだそう」ということだ。これを僕は「相手の頭を整理する」と表現している。

僕も、人生の色んな場面で悩んできたからよく分かるが、悩んでいる人というのは正直、通常の状態よりも思考力が落ちている。どうしよう、どうなんだろう、何がまずかったのか、こうしない方が良かったか、分からない、分からない、分からない…というように、頭の中がグルグルしているのだ。

でも、大体の場合、自分の中に答えはある。その答えをちゃんと意識できていないだけで、大体の場合は、悩んでいる当人は既に、答えを導き出しているのだ。

だから、こんがらがった頭を整理してあげる。色々質問をしたり、こういう場合はどうなのかと極端な例を考えさせたり、単純な二択を迫ったりすることを繰り返していきながら、相手の頭の中にある答えを探っていくのだ。

そんな風にすると、相手の納得感は強まる。何故なら導き出された答えは、元から相手の頭の中にあったものだからだ。僕がどれだけ相手のことを考えて「こうした方がいい」「ああしなきゃダメだよ」などと言ったところで、そんな単純な意見で解決するならそもそも悩んでないよ、という話なのだ。悩んでいる当人が、自分で導き出した答えなら、一番納得感があるだろう。

そんな風に僕は、相手ベースで物事を考えることが多い。そしてこの考え方は、本書の書き手である松本ハウスの松本キックの考え方に非常に似ている、と僕は思う。

『「仲間である加賀谷が、たまたま統合失調症というだけなんです」
人の後ろに病気があり、病気の前には、人がいる。
俺は加賀谷に対し、「病人だから」と接したことが一度もなかった。立場は仲間。だから仲間として普通に接する。特別扱いや、とりたてて気をつかうこともなかった』

僕も、統合失調症とまではいかないだろうけど、これまでの人生で、生きているのがしんどい人と結構関わってきた。そういう人たちと、僕はごく普通に接した。例えば、日々死にたいと思っているという女の子がいた。その子は、僕以外の人間にはそんな話は出来ない、と言っていた。何故なら「大丈夫?」「相談に乗るよ」「死んじゃダメだよ」みたいな反応ばっかり返ってくると想像できるから、だそうだ。僕は「死にたい」と言われても、「まあそうだよねぇ。生きてるのはしんどいよねぇ」ぐらいに返す。時には「俺も死のうと思ったことあるんだよね」みたいなことを言うし、その子とは、『遺書を書いたことがある』という話で盛り上がったこともある。

『優しさって、時には負担に感じるんですね』

これはハウス加賀谷の言葉だが、そう、人によっては、優しくされることが辛いと感じられてしまう人もいる。そういうことが僕も分かるから、無理に優しくしすぎないようにしている。「気を遣われているんだな」と感じさせてしまえば、どんなポジティブな振る舞いも一瞬で意味をなさなくなってしまうタイプの人がいる。『心が不安定な状況では、前向きな言葉は無力と言ってもいい』と本書に書かれていたが、まさにその通りで、状況によっても変わるのだ。

松本キックが精神科医から「ナチュラル・カウンセラー」と呼ばれたというエピソードが本書に載っているが、本書を読むと、彼の振る舞いの根底にあるものが関わる人間をフラットにしていくだろう、ということは凄く想像出来る。

松本ハウスを再結成し、再び漫才を始めた二人だったが、思うようにいかない。加賀谷は以前であれば、『加賀谷の言葉のチョイスは、独特のセンスにあふれ群を抜いていた。どんな場面でも、加賀谷が言葉を発すると笑いになった』と、その天才性を遺憾なく発揮できていたが、それがまったくなくなってしまっていた。かつての幻影があるから、お互いに無意識の内にそこを目指そうとしてしまって、結局うまくいかない、という悪循環を繰り返していた。

そこで松本キックはこう考えるようにした。

『人はそれぞれ違う。悪いところは悪いとダメ出しするが、伸ばすべき点を見つけ、どう伸ばすかを最優先に考えた。本人にとって、今できることのベストは何かと。
加賀谷に対しても同じだった。今の加賀谷の何を伸ばすのか。まずは良い点を探し出す作業だった』

しかし、それでもうまくいかなかったために、彼はどんどんと新しい試みを始めていく。

『台本なくすわ。書いてあると、どうしてもそこに執着してしまう。稽古をしながら体で覚えていこう』

『加賀谷へのダメ出しも徐々に減らした。本人には言わず、ダメ出しをなくしていった。』

『「頼む」
俺は、加賀谷に頭を下げていた。
「頼むから、失敗してくれ」』

この辺りの感覚も、僕にも分かる。もちろん僕は芸人ではないから状況はまるで違うのだけど、仕事の指示は、人によって細かく変える。例えば、何か仕事を頼む時、締切を設定した方が良い人と、設定しない方がいい良い人がいる。締切を設定しないとやらないというタイプの人もいれば、締切を設定されるとプレッシャーを感じてパフォーマンスが落ちる、という人もいる。それぞれの性格や能力に合わせて、指示の仕方を変える。

それに、基本的にいつも、自分の指示したことで何か間違いがあったら、僕は自分の指示の方を直そう、と思う。間違えたのは確かに相手なのだけど、間違えた相手を無理やり変えようとしても無駄だ。だったら自分の指示を変えた方が早い。相手にどういう指示をしたら一番伝わるのか、ということを考えながら、普段から仕事をしている。

『芸人にこだわるあまり、加賀谷を芸人という枠にはめようとしていた。気づかないうちに、芸人はかくあるべきだという観念がこびりついていた。加賀谷は加賀谷でしかない。良さも悪さも、全部ひっくるめて加賀谷という人間だ』

ハウス加賀谷という人間にとって、松本キックという人物と出会っていたということが、人生にとって計り知れないぐらい大きなことだっただろうと思う。これほどまでに他者をその人基準で受け入れようとする人は多くはないだろう。芸人という、統合失調症を患った人間にとってどう考えても適しているとは言えない職業にカムバック出来たのも、松本キックという存在ありきだと分かる。

そんな松本キックも、加賀谷ほどではないが、色々とモヤモヤを感じていたようだ。

『大学には進学したが、2年で中退した。
不眠が、現れた。
このときも同じ。何かがあったわけではない。何もなかったから、不安になっていた。自分は何者なのだ。何がしたくて、なぜ生きているのか。人が存在する意味を見つけられなかった。
世の中に、お前はどうして生きているのだと、問い詰められているような気がした。とたんに、世間が怖くなった。頭の中はぐちゃぐちゃになり、考えが整理できなかった。
六畳の洋間。狭いワンルームマンション。ほとんどが部屋から出ない生活が数ヶ月続いた。気配を消し去り、物音すら立てない。朝も昼も夜もカーテンを閉め、電気はつけない。髪や髭は伸び放題。ベッドで横になったり、もたれかかったり、膝を抱えうずくまったりしていた。誰にも、会いたくなかった。
「怖いよ、怖いんだよ」
わけも分からず怯えていた。怖くてたまらなかった。世の中はどうしてこんなに怖いんだと、生きることに怖気づいていた』

引用したこの箇所なんか、僕とほぼ同じだ。僕にも、まさにこういう時期があった。しんどかった。でも、そういう経験があったからこそ、他人を許容することが出来る人間になれた、とも思う。そうだとするなら、結果オーライだ。

『本当に、よくここまで来たものだ。よく、来れたなと思う。加賀谷の症状は、それほど重く、深刻なものだった』

彼らの一作目の著作である「統合失調症がやってきた」では、統合失調症を発症しお笑い芸人を続けられなくなったハウス加賀谷が、お笑い芸人としてカムバックするまでの人生を描いたものだ。本書は、その続きの話である。冒頭で、「統合失調症がやってきた」の流れをざっとおさらいしながら、本書では、再結成した二人がどれほどの苦難を乗り越えて現在に至っているのかを描き出していく。

再結成したものの思うように漫才が出来ない二人が、幾多の困難をどんな風に乗り越えていったのかは是非読んでもらうとして、彼らが芸人のかたわら、講演会などを精力的にこなしている、ということに触れようと思う。

『講演会の仕事が増えるにつれ、俺の役割も重要であることに気がつき出した。
障がいと世間を結びつける役目。ほとんどの人が、障がいを詳しく知らない。俺も元々は何も知らなかった。
「松本の役割って、すごく大事だよ。当事者と接する人間として、どう接してきたのか知りたいもん」
エイメイさん(※マネージャー)も言っていた。』

本書には、松本キックがハウス加賀谷と接する際に、どういうことを意識していたのかが様々な箇所に散りばめられている。松本キックはそれらを、本やネットで調べて学んだのではない。実践で体得していったのだ。そしてそれは、結果的に正解だった。もちろん、松本キックのやり方が誰に対しても当てはまるなどということはあり得ない。本書から学ぶべきことは、「目の前にいる個人をちゃんと見て、その人にあった振る舞いも自ら見出していくべきだ」ということだ。そう、それが最も難しく、しかし最も正解に近いやり方なのだ、と思う。

彼らは、「障害」と「お笑い」という、ある種のタブーをナチュラルに乗り越えるような形で、多くの講演会で話をしている。普通に生きていたらまったく知らないだろう世界を、「お笑い」という非常に敷居の低いところから垣間見ることが出来るというのは有益だろう。

講演会を引き受けることで芸人としてダメになるのでは、という葛藤もあったようだが、彼らがしていることは彼らにしか出来ないことだ。是非とも続けていって欲しいと思う。

松本ハウス(松本キック/ハウス加賀谷)「相方は、統合失調症」

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