黒夜行

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統合失調症がやってきた(松本ハウス(松本キック/ハウス加賀谷))

「辛かったら言って/相談して」というような言葉を、僕は他人に言うことが出来ない。
何故なら、辛い時は、誰にも何も言えなくなってしまうということが分かっているからだ。
だから僕は普段から、どんな話でもフラットに聞く人間であるようにしているし、そういう風に見えるように振る舞っている。
そうしたところで、本当に辛い人が僕に話をしてくれるとは限らないけど、「辛かったら言って/相談して」などと声を掛けるよりは遥かにマシだろう、と思っている。「

本書は、芸人「松本ハウス」のハウス加賀谷が統合失調症になり、その後芸人として復帰するまでを描く作品だが、本書の中で僕が強烈に共感した場面がある。

『僕は小さい頃から、自分の正直な気持ちを口にしたことがない子供だった』

『良い子でいなければいけない、親を喜ばせなければいけない、そう思い返事をしていた』

『でもぼくは、親のプレッシャーをすぐさま感じ取り、良い子にしようといつもしていた』

僕も子供の頃は、まったく同じように振る舞っていた。だから、加賀谷の気持ちはすごくよく分かる。

この感覚が分からない人からすれば、「親の言うことなんか無視すればいいのに」とか「親なんか別にどうでもいいじゃん」みたいな感じなんだろうけど、全然そうじゃない。子供の頃の僕にとっては、自分が「親にとっての良い子」でいることは、何よりも再優先事項だったのだ。何故、と聞かれても困る。とにかく、そうだったのだ。

加賀谷とはちょっと違うかもしれないが、僕は良い子でいなければならないと思っていたのと同時に、親のことがとても嫌いだった。嫌で嫌で仕方なかった。だから、「大好きな親を困らせてはいけない」みたいな感覚ではなかった。とにかく、嫌いなんだけど、良い子でいなければならないとずっと思っていた。確かに今考えると、なんでそう思っていたのか理解不能だ。でも、当時はそれが当たり前だと思っていたし、そこから外れたいと思っていたけど、そんなことが出来るとは思っていなかった。

だから僕も、加賀谷と同じように統合失調症になっていたかもしれない。その可能性は低くはなかったと思う。現に僕は今でも、「自分が臭いのではないか」という疑念を捨てきれないでいる。加賀谷に現れた最初の症状が、この「自己臭恐怖症」という、自分が臭いと思われているかも考えてしまう精神疾患だ。僕は、程度こそ低いのだろうが、自分が臭いと思われているかもしれない、という疑いはずーっと持ってきた。今でもある。本書で描かれている加賀谷の振る舞いとは比較にならないほど軽微なものだけど、感覚としては凄く分かる。

凄く死にたかった時期もあるし、その時期も含め結構長い期間どんよりとした時間を過ごしていたことがある。結果的には、「やっぱり俺、実家嫌いだわ」という強烈な感覚のお陰で、無理やりそういう状況を脱することが出来たが、もし僕が実家をそれほど嫌悪していなかったら、あのまま社会に出られない人間になっていたかもしれない。

本書を読んで、紙一重だったんじゃないか、と感じた。

星野概念という精神科医が解説を書いているのだが、統合失調症は100人に1人罹患すると言われているという。思った以上に高くで驚いた。例えば僕は高校時代、1クラス30~40人で1学年8クラスあった。1学年で約300人、全校生徒は900人ぐらいいたのではないか。その中に9人統合失調症に罹患する人間がいる、と考えると、ちょっと多いなと思う。この100人に1人という数字は、「罹患するといわれている」という表現なので、恐らく病院で受診していない、公式の記録としては「統合失調症」とはカウントされていない人も含めての数字だろうとは思う。しかしそれにしても、結構日常的な精神疾患だと言えるだろう。

実際に一人、統合失調症だったのかどうかはちゃんとは知らないが、似たような診断を受けた人を知っている。もう少しその人の助けになれれば良かった、という後悔が僕の中にある。本書を読んで、その人のことも思い出した。本書は、統合失調症になってしまったハウス加賀谷の話だけではなく、そんな彼とコンビを組み、陰日向に支え続けた松本キックの話でもあるのだ。

内容に入ろうと思います。
本書は先程も書いたように、お笑い芸人のハウス加賀谷が統合失調症を患い芸人を休業、その後復帰するまでを描く作品です。
これは書いてもいいと思うのだけど、ハウス加賀谷のあとがきを読むと、本書を実際に執筆したのは松本キックの方だと分かる。確かに、偏見ではあるが、統合失調症を患っている(現在進行形のはずだ)人間の文章とは思えないほど整然としている。

ハウス加賀谷の幼少期から、自己臭恐怖症に苦しみ、進路相談で「ホームレス」になると言った中学時代、「グループホーム」に入所することになった高校時代、芸人を目指したきっかけと松本キックとの出会い、芸人としての成功、それと反比例するかのように進行する病気…。そしてどうにもならずに芸人を休業することにした決断。統合失調症を患いながらも華やかな世界に留まり続け、限界まで我慢を続けた結果、彼は閉鎖病棟に入院する羽目になってしまう。そこから芸人として再起を果たすまでを描き出している。

実は以前テレビで、ハウス加賀谷が統合失調症を患っていた、という映像を見たことがある。本書にも書かれている、「加賀谷を殺そうとするスナイパーの幻覚」の話だった。だから、彼が病気だったという事実は知っていた。本書は、本人が書いているわけではないとはいえ、精神疾患を患った人間がどういう時に何をどう考え感じていたのかが記録されており、体験記として非常に貴重だと感じる。

読んでいて感じるのは、松本キックの凄さだ。僕も、他人と接する時は彼のようなスタンスでいたい、と思っていつも振る舞っているつもりだが、実際にちゃんと出来ているのかは自信がない。

『今もそうだが、俺は加賀谷に気を遣わない。芸事で間違っていればダメ出しするし、悪いことは怒りもする。病気を持っていようがいまいが、俺の相方は加賀谷という、一人のパーソナリティにすぎないのだから』

こういうのをキレイゴトで言う人はたくさんいそうだが、実際に実践出来る人はそう多くはないだろう。僕もこれまで、統合失調症や精神疾患とまではいかないのかもしれないけど、心に大小の闇を抱えた人間と関わってきた。僕は、どちらかと言えば暗い人間の方が好きだし、マイナスを抱えた人間にしか持てない魅力がある、と考えている。とはいえ、そういう人と関わる際は慎重さも必要だ。物事をあまりにもマイナスに捉えがちなので、マイナスに受け取られた場合に致命的な表現はしないようにしていたし、嘘だったと分かった時のショックが通常よりも遥かに大きいことも分かっていたからなるべく嘘もつかないようにしていた。

心が辛い時、周りの人間の振る舞いに救われることは確かにある。僕も、自分が辛かった時、色んな人の優しさに触れた気がする。その内の何割かは、僕が勝手に感じていただけの優しさだったかもしれないけど、まあそれでもいい。大事なことは、自分の振る舞いで誰かが救われる可能性があるかどうか、ということだ。

自分の経験から、辛い人間は外から見てもそうとはっきり分からないことが多いと思っている。だからこそ、楽しそうに生きている人でも、人知れずしんどさを感じているかもしれない、といつも思っている。そんな時、僕の振る舞いが、相手の心をちょっとでも動かすことが出来たとしたなら、生きてて良かったな、と思う。

世の中には、他人のことをまったく考えない人間と、考えすぎる人間がいて、その間にも様々なグラデーションで様々な人間がいる。僕は、自分がしんどくなるのが分かっていて、それでも、他人のことを考えすぎる自分でいる方がマシだな、といつも考えている。『障害者を舞台に上げていいのか』なんて言ってしまうような人間には、死んでもなりたくはない。

松本ハウス(松本キック/ハウス加賀谷)「統合失調症がやってきた」

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
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9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)