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八ヶ岳・やまびこ不動産へようこそ(長田一志)

いつも思っていることだが、多くの人が「生」や「死」を過剰に捉えすぎではないかと感じてしまう。

「生きていることは素晴らしい」「死ぬ気になれば何でも出来る」「死んだら悲しむ人がいるよ」「明日はきっともっと良い日になるよ」みたいな言葉は、正直、僕にはまったく響かない。はいはい、ってなもんである。だからどーした、ぐらいの反応にしかならない。

僕は、たまたま生まれたんだし、何かあればたまたま死ぬ。自分で選ぶ生、というのはちょっとあり得ないが、自分で選ぶ死、というのはさほど特別なものでもない。僕は普段から、そんな風に考えながら生きている。

そりゃあ、明日はより良い日になる可能性もあるし、死んだら悲しんでくれる人もいるかもしれないし、死ぬ気になったら多少のことは出来るようになるのかもしれないけど、でも、そういうことじゃない。「生」とか「死」っていうのは、何かと比べてマシとか、可能性がどれぐらいあるから前進(後退)するとか、そういうことじゃない。じゃあ何なんだって言われたら困るけど、「死」と比較すれば「しんどい生」がマシ、なんていう比較が成り立つようなものじゃない、とだけは言える。

『人から見たら、住む家があって、かわいい孫がいて、友だちがいて、充分しあわせじゃないかっていうでしょうけど、でもそういうことじゃないの』

そう、そういうことじゃないのだ。大事なことは、「生きたい理由があるか」、そして「死にたい理由があるか」だ。そのどちらかがあるなら、「生」にも「死」にも意味はある。そのどちらもないなら、生きていようが死んでいようが、大差はない。

内容に入ろうと思います。
真鍋智也は、二ヶ月前から、山梨県八ヶ岳のふもとの小さな町にある「やまびこ不動産」で働いている。東京で生まれ育った真鍋には縁のない土地だったが、結婚して子供までもうけながらリストラされ離婚した男が、ひっそりと生活をリスタートさせるのは良い土地だった。
「やまびこ不動産」で働く人たちは、とても良い人ばかりだ。体調が思わしくない社長の代わりに、奥さんである専務の真千子さんが現場を切り盛りし、番頭役の南部主任、入社二年目の松本と、こぢんまりとしながらも地元に根ざした真っ当な取引をしている。
真鍋には、他人には言えない不可思議な感覚がある。初めてそれに気付いたのは、橋から身を投げようと思った時に一人の少女と出会った時だった。みぞおちの辺りに強い衝撃がやってきた。それが何なのかは分からなかった。結局その少女とは、一言も喋らないまま別れた。以降、時々、同じような衝撃に見舞われる。それは真鍋に、非常に不穏な予感を抱かせる。
真鍋は、試用期間中だが、仕事にも少しずつ馴染み、関わる顧客も増えていった。週末を別荘で過ごす秋葉家は、息子の一人を事故で喪った。偶然仕事で、大学時代の友人である伊原慎吾と再会し、父を亡くしたという伊原の悩みを聞く。脆くなった石垣や不法投棄場所にされている竹林など、問題を抱えた物件に住む、痴呆の入った独居老人の孤独に寄り添う。ペンションを買い取ってシェアハウスにしてみんなで暮らそう、と計画を立てるパワフルな友人を持つ、夫に先立たれ、生きる気力を持てないでいる老女の行動に目を瞠る。そして、思いもかけなかった人物が抱える苦しみも明らかになる。
小さな不動産屋を舞台にした、静かで優しい、「生」と「死」の物語。
というような話です。

派手さはないけど、ジワジワと染み込んでくるような物語でした。
本書では、真鍋の特殊な感覚が明らかにされるのは物語がちょっと進んでからなので、それについては触れないでおこうかなと思っています。とはいえ、それに触れないと書けないことが増えてしまうわけなんだけど、まあ仕方ないか。

この物語の良さは、「生」や「死」が否応なしに放ってしまう「過剰さ」みたいなものを、うまく排しているからではないか、と感じます。比較的多くの人が、「生きていることは良いこと」「死は忌むべきもの」という感覚を持っているだろうし、であるが故に、多くの物語もその価値観から大きく外れないように作られる。もちろんそうではない物語も多くあるのだけど、それはそれで、逆方向に振り切れすぎてしまうものが目立つ気がする。「生きてたって仕方ない」「死んだって大したことない」みたいな、逆方向の「過剰さ」が出てしまう物語も、多くあるように感じます。

本書の場合は、そういうどちらの「過剰さ」も、非常に巧く除いているような感じがしました。その世界観をうまく作り上げているのが、真鍋のキャラクターと、真鍋の持つ特殊な感覚かな、という感じがします。

真鍋は、悪く言えば覇気がない、良く言えばフラットという感じで、物事に対する是非みたいなものが元々はっきりしない。真鍋は高校時代、付き合っていた彼女から『真鍋くん、もうちょっときっちり、自分の人生生きたほうがいいと思うよ』と言われたというエピソードがあるが、そう言われても自分を変える必要性を感じなかった、という風に描かれている。

そういう意味では、僕も真鍋に似ているだろう。覇気がなく、フラットだと思う。物事の是非や善悪をすぐに決めるのではなくて、どちらの可能性も考慮して、受け入れながら、その場その場で適切だと思う感覚を外に出していく、というような意識は常にあって、真鍋の振る舞いは、外から見たら僕もこう見えるだろうな、というようなものに思えた。

そのフラットさが、色んな人が真鍋に話をしてしまうという状況に説得力を与える。比較的僕も、普通は他人には話さないだろう話を聞く機会がある。真鍋のような、どんな価値観にも「過剰さ」を発揮させない人物は、話をしやすいだろうし、僕もそういう意識を持つようにはしている。

物語の中心に真鍋がいるが故に、作中で描かれるどんな価値観も「過剰さ」を持ちえない。過剰に装飾されているだろう情報が飛び交う世の中にあって、真鍋のような存在は必要とされるような気がする。

そんな真鍋を取り巻く面々も、人間味溢れる人物が多くて、好感が持てる。通常僕は、悪人が出てこない物語にはなんとなく受け入れがたさを感じてしまうのだけど、この物語には、そこまでの拒絶反応はなかった。ほぼ良い人たちしか登場しないのだけど、一つの人格の中に見え隠れする僅かな「悪」を的確に掬い上げて描いているからだろう、良い人ばかりなのに違和感がなかった。

答えのある物語ではない。悩んで苦しんで、その過程の先にしか答えはないのだ、と教えてくれる物語であるように思う。

長田一志「八ヶ岳・やまびこ不動産へようこそ」

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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

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