黒夜行

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どこよりも遠い場所にいる君へ(阿部曉子)

「優しさ」というのは、なかなかうまく伝わってくれない。
優しくしようと思えば思うほど、優しさが伝わって欲しいと思えば思うほど、遠のいてしまう。
僕には、そんな印象がある。

誰かのことを思って、その誰かの助けになりたくて、優しさは生まれてくる。でも同時に、人は、誰かの優しさを、なかなかすんなりとは受け入れられない。自分が迷惑を掛けてしまったから、傷つけてしまったから、最低な振る舞いをしてしまったから…色んな理由で、僕らは誰かに引け目を感じる。そしてその引け目が、同じ相手からの優しさを歪ませる。自分はこんなにも悪いのに、そんな自分にこんなに優しくしてくれるなんて嘘だ、と思ってしまう。もし、それが嘘じゃなくて、ホントにホントに自分に向けられた優しさなんだとしたら、その大きさに耐えられないと思ってしまう。

そんな風にして、誰かに向けられた優しさはすれ違っていく。

ちょっと前、僕もそういう経験をした。優しさ、と自分で言うのはちょっと嫌だけど、この人にはちゃんと良い感じになって欲しい、そのために僕がやれそうなことは頑張ってみよう、と思う人がいた。でも、色んなことがあって、なかなかうまく行かなかった。直接的には聞いてないけど、たぶんその人は、僕の優しさ(繰り返すが、自分でこんな表現はしたくないが)を、耐えられないと思ったんじゃないかと思う。自分はそんな風にしてもらえるような人じゃない、っていう引け目が、拭いきれなかったんじゃないかと思う。どうにかしてあげたかったんだけど、僕にはうまくやりきれなかった。

目に見える優しさはなかなか届きにくい。とすれば、こういう解釈も成り立つ。僕らは、目に見えない優しさの中に生きているのだ、と。

自分が孤立したり、一人だと感じられることもあると思う。でもそういう時、伝わるような形で優しさを発揮しない人も、きっといる。目には見えないから、なかなかそれを信じにくい。でも、きっとどこかにはいる。そんな風に信じられれば、すぐ傍で悪意が口を開けて待っているこの世界で、寄る辺のない思いをしなくても済むかもしれない。

内容に入ろうと思います。
采岐島高校、通称「シマ高」は、最短でも本州からフェリーで3時間は掛かる離島にありながら、全国から入学希望者が集まる高校だ。前校長が、廃れていく高校、そして島の様子を嘆き、一念発起した結果だという。テレビでも取り上げられ、益々入学希望者が増えている。
月ヶ瀬和希も、そんな一人だ。「留学生」と呼ばれる、単身この島にやってきて、寮で生活する生徒だ。4人部屋には他に、口の悪い顕光、温厚な修治、そして和希と同じ中学で、和希についてくるようにしてこの島にやってきた幹也。和希のこの島でのあだ名は「王子」で、そんな和希の世話ばかり焼いている幹也は「乳母」と呼ばれている。
この島には、曰く付きの入り江がある。神隠しに遭う、と言われる場所で、大人たちから近づくなと言われている場所だが、和希はよくそこで一人で過ごす。そんなある日、和希は、波打ち際で倒れている少女を発見する。島に来るのと同時にスマホを手放した和希には連絡手段がなかったが、たまたま通りかかったらしきガラの悪そうな大人の助けもあり、大過なく時は過ぎていった。少女は秋鹿七緒と名乗り、色々あって七緒を助けた大人(高津)がしばらく面倒を見ることになった。
彼女は、何故突然海辺に現れたのか。高津は何の目的で彼女を引き取ったのか。何やら秘密を抱えているらしき和希と、何やら謎を抱えているらしき七緒が出会うことで、この島に、誰も想像し得なかった歴史が生まれる…。
というような話です。

正直そこまで期待していなかったんですけど、これは面白かったです。物語はかなりゆっくり進んでいく感じで、正直なところ、半分以上読み進めないとストーリーらしいストーリーが展開されません。それがちょっと難点ではあるのだけど、とはいえ、後半は、かなり色んな謎が一気に明らかにされ、なるほどそれとそれがそんな風に繋がってたのか!という驚きの連続になるので、そこまで読み進められれば、後半は一気読みだと思います。

物語の構成上、なかなか色んなことに触れられないのが難点ではありますが、まず一つ、この作品の特異な点は、冒頭で登場する謎めいた少女・七緒が、実は思ったほど物語の中心人物ではない、ということです。

いや、もちろん重要な部分で関わってくるんだけど、単純な登場回数でいえば、主役とは言えない感じでしょう。七緒を中心に物語が展開されていくんだろう、と想像していたので、意外でした。

でも、それは良い構成だったと思います。正直なところ、七緒の謎では、物語を引っ張ることは難しかったと思います。七緒という謎めいた要素を最初に出しておきながら、決してメインには据えず、島の中の様々な人間関係を随時中心に据えながら物語を展開させていったのは良かったと思います。

この物語を引っ張っていくのは、やはりなんと言っても和希です。和希の存在も、最初から結構謎です。分かりやすい謎は、何故和希がこんな離島の高校にやってきたのか、ということ。ルームメイトに聞かれても、彼は言葉を濁しながらはっきりとは答えません。何かあるのだろう、と思いつつ、しばらくその理由は明らかにされません。

また、徐々に明らかになっていきますが、幹也にも大きな謎があります。高津もよく分からない男だし、とにかく島の人間の色んな背景が明らかにならないまま、彼らの穏やかな日常だけが淡々と展開されていく。七緒という闖入者はいるのだけど、高津と和希以外にはさほど大きな影響を与えることなく、島はいつもの島のままの日常を過ごしていくことになります。

そういう日常の些細な部分から積み重なってきた違和感が、後半一気に寄り集まって、狭い島の人間関係がバシバシと繋がっていくことになります。なかなか前半部分に出てくる要素だけで本書の魅力を伝えるのは難しいですが、よく考えられた構成だなと感じました。

あと、前半と後半では、人物や作品のトーンがガラッと変わっていく感じも面白いと思います。前半は、和気あいあいとした青春小説という感じの雰囲気なのに、後半はシリアスで鋭さもある物語になっていく。特にその印象を強めているのが、ある人物の豹変です。それが誰なのか、ここでは書かないことにするけど、その人物の本来の姿が、僕は結構好きだったりします。そういう部分を押し隠しながらじゃないと生きていけない辛さは分かるような気がするし、それこそ、自分の内側にある「優しさ」が、どうしたってきちんと届かないもどかしさみたいなものを常に抱え続けなければならないから、大変だろうと思います。とはいえ、その人物がしたことは、大変だろうと同情出来るようなことではなくて、その辺りの異様なアンバランスさみたいなものに惹かれました。

また、最後の展開も、まったく予想していなかっただけに、なるほどなぁ、という感じでした。物語全体としてちゃんと辻褄があっているのかどうか、それは僕にはイマイチ判断できないけど、一読した限りでは大丈夫な気がするし、ラストまで読むと、タイトルの意味がスッと分かるような感じもあって、良かったなと思います。

ライトな作品ながら、なかなか読ませる物語だと感じました。

阿部曉子「どこよりも遠い場所にいる君へ」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
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8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)