黒夜行

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最後の医者は桜を見上げて君を想う(二宮敦人)

「生きている状態」というのは、人によって感覚が違うだろう。
変な言い方をした。つまり、「何が出来る状態を生きていると表現するか」という話だ。

僕の場合は、たぶんこんな感じだ。

◯ 思考が出来る
◯ 思考したことを自らの力でアウトプット出来る(音声でもキーボードへの入力でも視線によるものでもOK)
◯ 日常生活レベルの事柄を、他人の手をなるべく煩わせずに出来る(ただし煩わせる相手がそれを仕事としており、僕がその人に賃金を払い続けられるなら別)
◯ 肉体的な痛みや、精神的な苦痛が多すぎない
◯ 生活レベルは高くなくていいから、生活を回していけるだけのお金がある

もしかしたら他にもまだあるかもしれないけど、とりあえずこれぐらい。僕の場合、今挙げた5つの内、どれか一つでも欠けてしまったら、生きていく気力はなくなると思う。上記の5つの内どれか一つでも欠けた状態で、生きていたいとは思わない。

「とにかく長く生きたい」というタイプの人がいる。僕の友人にもいる。とにかく、少しでも長く生きたいのだそうだ。でも、僕にはその感覚はない。もちろん、上記の5つが満たされているならば、何歳までだって生きてていい。しかし、年齢を重ねるごとに、少しずつこの5つの条件は欠けていく可能性が高くなるし、実際に欠けていくだろう。

そうなってまで生きる気力は、僕にはない。

死にたくない、という感覚は、人間に限らず命あるあらゆるものの感覚なんだと思うんだけど(まあ、そうじゃない種もいるだろうけど)、死にたくないからと言って、どんな状態でも生きていたい、というのはまた違うはずだ。はずなのだけど、何故か世間的には、「命が永らえている」という状態のみを持って、喜ばしいことである、と判断されてしまう。

それは違うんじゃないかなー、といつも思っている。もちろん、そういう人もたくさんいるだろう。生きているということに価値がある、という判断を完全に否定するつもりはない。ただ、だったら、ただ命が永らえているだけの状態に価値を感じない、という意見も可能性としては許容して欲しい。あなたの意見を変えようなんて思ってない。ただ、そういう人間がいるという事実を黙認してくれないか、と僕は思っている。

「死ぬ」とか「生きることを諦める」という選択が、一切の余地なく許容されない世の中というのは窮屈だと思うし、僕は個人的には、安楽死はさっさと法整備してほしいと思っている。

内容に入ろうと思います。
地域の基幹病院である武蔵野七十字病院には「死神」がいる。皮膚科の桐子修司だ。彼は、科を飛び越えて様々な患者の相談に乗っていて、それ故にトラブルを起こしている。桐子は信念があってやっていることなのだが、他の医師、特に武蔵野七十字病院の院長の息子であり、若きエースとして理想の医療に燃えている副院長・福原雅和は殊の外桐子を嫌っている。
桐子が「死神」と称されるのには理由がある。無駄な治療は止めて、残りの人生をどう生きるかを考えた方がいいと、治療の放棄を勧めるようなことを言うからだ。例えばこんな感じ。

『きちんと科学的根拠があり、かつ有効だと思われるのが現在投薬中の抗がん剤です。そして、その抗がん剤では病気の進行は食い止められない。それだけの話です。もう、死ぬ死なないという議論の段階ではないんですよ、時間の無駄。死ぬのは決定事項。来年、お父さんはいないんです。死ぬまでに僅かに残された時間をどう使うか。それを検討しませんか。僕も専門家として、できる限りの協力をさせていただきます』

オブラートに一切包まない物言いは、医師だけでなく当然患者も怒らせることしばしばだ。しかし一方で、桐子に話を聞いてもらって良かった、と思っている患者もいることは事実。
一方の福原は、治療を絶対に諦めない男だ。どれほど困難な道であっても、可能性があれば突き進むべき、と考えている。これまでの医師人生で数々の奇跡としか言えない回復を見せた患者がいるのだ。

『諦めてはなりません。医者をやってると、奇跡を目の当たりにすることが実際にあるんです。奇跡は起こるんです。いや、起こしましょう』

まったく相容れない二人は、しかし大学時代の同級生だ。内科医である音山晴夫と三人でよくつるんでいた。様々な患者が、桐子・福原・音山の手に委ねられる。それぞれがそれぞれなりの信念を持って治療や説得に当たり、それによって特に桐子と福原の関係が悪化していくことになる。
間に立つ音山は、両者の言い分を理解しつつ、どうにかお互いが力を合わせて欲しいと願っている。しかし…。
というような話です。

恐らく一般的には、読者は本書を、福原に共感しながら読むんだと思うんです。「絶対に助けるんだ!」という思いを捨てずに必死で頑張って患者を見捨てない福原に共感し、一方で、治療なんて無駄だからと身も蓋もないことを言って「死神」と呼ばれる桐子に反発心を抱きながら読むんじゃないかと思います。そういう中で、後半の展開があって、それぞれの印象が変わっていく、みたいな。

でも僕は真逆で、最初から桐子に共感し続けて、福原ウゼーな、と思ってました(笑)。マジで福原みたいな医者は勘弁だなって思います。いや、僕も読んでいく過程で、福原の凄さを理解する部分ももちろんありましたよ。福原は福原にしか出来ないやり方で理想の医療を目指そうとしている。それは素晴らしいと思うんだけど、でも福原の、自分の考えが絶対に正しいんだ、という押し付けはやっぱり辛いなって思いました。

桐子は、過激なことを言うんだけど、自分の意見を押し付けるようなことはしていないと思います。桐子は、正しい情報を伝えるべきだという考えがあり(伝え方には大いに問題があるけど)、それを愚直に実行している。正しい情報を提示した上で、判断するのは患者だ、というスタンスだ。押し付けはしない。そこが僕には好ましく感じられる。

印象的な場面があった。
桐子が福原に『奇跡の存在を患者に押し付ける。それがどれだけ残酷なことなのか、わかっているのか?』と問いただした時、福原は『…それでも俺は、奇跡を諦めない』と返した。さらにその後、桐子が呟いた言葉が印象的だった。

『…医者が奇跡を諦めなかったら、誰が一緒に諦めてやれるんだ』

あぁ、そうだよなぁ、と思う。「一緒に諦めてやる」という見方は僕にはなかったけど、確かにそうだなと思う。僕は大病を患ったことがないから実感としては分からないが、やはり死に至る病を抱えた患者からすれば、自分だけの力で生きることを諦めるのは非常に困難だろう。諦めないことで拓ける道も当然あるだろうけど、明らかに不可能な場合もある。そういう時には、一緒に諦めてくれる存在がいる、ということは、大きな支えになるのではないかと思う。

もちろん、この議論に結論などない。ないが、しかし僕は、生きとし生けるすべての者が、死という甚大な決断を迫られる前に、どうであったら生きていたいか、ということを明確に考えておくべきだろう、と思う。死を突き付けられた時に初めて悩むから、動揺もするし、真っ当に判断できなくなるのだろう。もちろん、予め考えておいたことが、死を目の前にした時に変わることだってあるだろう。しかしそうだとしても、それまでに考えておいたことが無駄になるわけではない。

『例えば、ベルトコンベアから降りればいいのではないでしょうか。死に向かって万全と運ばれるだけの生を、やめるのです。そして、自分の足で歩きましょう』

本書は読みやすくて、意見の対立が極端にはっきりしているから、そういうことについて考えるのになかなか良い素材と言えるかもしれません。

二宮敦人「最後の医者は桜を見上げて君を想う」

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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
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コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
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3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
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5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)