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数学ガール ポアンカレ予想(結城浩)

いやー、相変わらず超絶的に面白かった!
「数学ガール」シリーズの新作は、実に6年ぶりだそうだ。待った待った。いやー、待ちわびました!しかも、題材は「ポアンカレ予想」!これまでも色んな数学の難問について書かれた本を読んできましたけど、この「ポアンカレ予想」は特に捉えにくい。数学の大体の有名な難問は、「数式で提示されている」とか「イメージが掴みやすい」とか、そういう印象があるんですけど、この「ポアンカレ予想」は、問題そのものを捉えにくい。色んな本を読んで、大分理解した気になってはいたけど、限界がある。だから「数学ガール」シリーズで「ポアンカレ予想」を扱ってくれるのは非常にありがたい。

しかし、(悪い意味ではなく)本書における「ポアンカレ予想」の描き方はちょっと予想外だった。これまでの「数学ガール」シリーズであれば、難問に対して正面からかなり踏み込んで記述していった。しかし本書では、「ポアンカレ予想」に直接的に斬り込んでいく記述は実は少ない。やはり、一般レベルで解説するのが相当難しい問題なのだな、と感じた。

まず、「ポアンカレ予想」とは何かをざっと書いてみよう。ちなみに、数学の難しい言葉で書くとこうなる。

【Mを3次元の閉多様体とする。Mの基本群が単位群に同型ならば、Mは3次元球面に同相である】

まあ、意味不明ですよね(笑)

例えば、あなたは今、巨大な物体(地球ぐらい大きい物体)の表面に立っているとしよう。あなたが立っているその物体が「ボール状」なのか「ドーナツ状」なのか、どうしたら判定できるだろうか?(ちなみにこれは、物体の表面、つまり「2次元」についてなので、この話は直接的には「ポアンカレ予想」とは関係ない。ただ、「ポアンカレ予想」をイメージするための喩えだと思ってください)

こんな風にする方法がある。あなたは、無限に燃料が続く車と、無限に長いロープを手に入れたとしよう。そして、無限に長いロープの一端を車に括り付け、もう一端をスタート地点のどこか(木など)に結び、あなたはその物体の表面上を自由自在に走り回る。そして長い時間の後に、ロープの一端を結びつけた木まで戻ってくるとする。

今あなたの手元には、自動車に結んだ一端と、木に結んだ一端がある。このロープを手繰り寄せることにしよう。もし、どこにも引っかかることなくこのロープを回収出来れば、自分がいる物体は「ボール」だと判断できるだろう。一方で、ロープがどこかに引っかかってしまえば、この物体は「ドーナツ」だと判断できるだろう(ドーナツの穴の部分をぐるっと一周してしまえば、ロープは回収出来ない)。

さて、これとまったく同じイメージを三次元空間、例えば宇宙で考えてみる。あなたは今宇宙のどこか一点(地球でもいい)にいる。そのどこかに無限に長いロープの一端を結びつけ、もう一端を燃料が無限に続くロケットに結びつけ、あなたは宇宙空間を縦横無尽に飛び回る。そして地球に戻ってきて、ロープを手繰り寄せることを考える。

さて、この喩え話を使った場合、「ポアンカレ予想」はこんな風に書き直せる。

【ロープを手繰り寄せた時、引っかかりなくロープを回収出来れば、宇宙は3次元球面の形をしている】

で、これが正しい主張であるかどうか、というのが「ポアンカレ予想」なのだ。そしてこの主張は、様々な数学者の連携によって、正しいということが証明されたのだ。

さて、この「ポアンカレ予想」の何が重要なのか。僕は正直、本書を読むまでそのことがうまく理解できなかった。とはいえそれは、他の数学の難問でも同じ場合が多い。この難問が解けたから何なんだ?という部分が分からなかったり、あるいはなかったりする。

しかし本書を読んで、「ポアンカレ予想」の重要さが理解できた気がした(ちゃんとは分からないけど)。

その重要さを説明するのは難しい。僕がちゃんと理解していないということもあるが、その説明のためには、「群」という、数学のある分野についての説明をしなければいけないからだ。そして僕はそもそも「群」をちゃんと理解してはいない。というわけで、大雑把で不正確な説明になるけど、ちょっとチャレンジしてみよう。

「ポアンカレ予想」とは、【Mを3次元の閉多様体とする。Mの基本群が単位群に同型ならば、Mは3次元球面に同相である】だった。「3次元の閉多様体」というのは、「有限で果てがない空間」のこと。「有限で果てがない」なんてイメージできないかもしれないけど、2次元で考えれば、僕らがいるこの地球の表面も「有限で果てがない」。何故なら、地球上をどう歩いても「ここで行き止まり!」という場所はない(果てがない)し、でも地球の表面というのは面積がちゃんと決まっている(有限)。3次元の場合は、宇宙空間がその一例だ。

「Mの基本群」は、「ロープの巻き付け方の種類」だと思ってもらえればいい。「ボール」の場合、ロープの巻き付け方は一種類しかない(どういう巻き付け方をしても、最終的にロープを手繰り寄せれば一点で回収出来る)。でも、「ドーナツ」の場合は複数存在する。ドーナツの穴を通る場合と通らない場合で、ロープの巻き付け方を区別出来る。

「単位群」というのは、「ロープの巻き付け方が一種類しかない」という意味だと思えばいい。

つまり「ポアンカレ予想」はこうなる。

【「有限で果てがない空間」において「ロープの巻き付け方の種類」が「一種類しかない」なら、その空間は3次元球面である】

つまり、「ポアンカレ予想」が正しいということは、

【「ロープの巻き付け方の種類」が「一種類しかない」「有限で果てがない空間」は3次元球面のみだ】

ということになる。

で、この何が凄いのかと言えば、「空間の性質」を「ロープの巻き付け方の種類」で判別出来る、ということだ。

「空間の性質」というのは、本書の言葉を使えば「位相」の世界の話だ。一方、「ロープの巻き付け方の種類」というのは、「群」の問題だ。つまり「ポアンカレ予想」は、「位相」の世界のことが「群」を比較することで分かるか?ということを問うてもいるのだ。

「位相」の世界のことは、なかなか捉えにくい。「ポアンカレ予想」というのは、「トポロジー」と呼ばれる数学の世界の話であり、この「トポロジー」がなかなか曲者だ。穴の数で図形を分類する学問で、「取っ手が一つあるコーヒーカップ」と「ドーナツ」が同じだと判断される世界での話なのだ。

「取っ手が一つあるコーヒーカップ」と「ドーナツ」を「位相」の世界、つまり形を直接比較することで考えていくのはなかなか難しい(いや、コーヒーカップとドーナツ程度の図形なら難しくないのだろうけど、ありとあらゆる図形に対してはそれは困難だ)。しかし、それぞれの「群」を考えることは比較的容易(なのかは分からないけど、たぶん容易)だし、だったら「群」を比較することで図形についての情報が分かったらいいよね、となる。その時に、「ポアンカレ予想」が正しいと証明されていることが生きてくるのだ。「ポアンカレ予想」が証明されたことで、3次元においても、「群」によって「位相」の世界のことが分かる、ということがはっきりしたのだ。

「3次元においても」と書いたが、実は「ポアンカレ予想」はn次元のどんな次元についても考えられる。しかし、n=3以外の次元では「ポアンカレ予想」は証明されていた。最後の最後、難問として残ったのがn=3、つまり3次元についての話だったのだ。

まあこんな感じの話が「ポアンカレ予想」なのだけど、本書ではその「ポアンカレ予想」に様々な方向から近付こうとする。冒頭では、「トポロジー」というジャンルを生み出すきっかけになったとされる、「ケーニヒスベルクの橋渡り」という有名な一筆書きの問題が扱われる。そこから「トポロジー」が語られ、さらに関数の連続の定義から、「トポロジー」における「同相」という概念を掴んでいく。この話は非常にスリリングで面白い。「距離の世界」における連続の概念から、距離を捨てた「位相の世界」のおける連続を考え、定義していく。そもそも「距離の世界」での連続の話もメチャクチャ難しい(学生時代苦手だった)のだけど、そこからさらに「位相の世界」の連続の話を理解するのは非常に難しかったのだけど、それでも、何となく理解できたというレベルまで分かった気にさせる記述は、相変わらず素晴らしいと思う。

さらにそこから、「非ユークリッド幾何学」の話になる。「非ユークリッド幾何学」の話は、もちろん知ってるんだけど、ここまで詳しい説明を読んだことが今までなかったから凄く面白かった。「サッケリの予言的発見」の話や、「非ユークリッド幾何学」がなかなか受け入れられなかったこと、「ポアンカレ円板モデル」で非ユークリッド幾何学を疑似体験する話など、ワクワクさせられた。

また、「球面三角形」の話から「ガウス曲率」に至る流れも面白かった。「球面三角形」の面積の求め方から、空間の曲がり具合を示す「ガウス曲率」が導かれる。しかもその「ガウス曲率」は、外在的な量で定義されているにも関わらず、内在的な量でも表されることをガウスが証明した。例えば、「2次元空間の生物」は、その空間の中でいくつか量を測定すれば、自分がいる空間がその空間の外から見てどれぐらい曲がっているのかが分かるのだ。ガウスはこれを「驚異の定理」と呼んだらしいけど、気持ちは分かるような気がする。

そういう一連の流れの後で、ようやく本丸である「ポアンカレ予想」に行き着くのだけど、ここではどちらかと言えば、ハミルトンという数学者が考え出した「リッチフロー」という手法がメインになる。「ポアンカレ予想」を最終的に証明したのはペレルマンだが、「ポアンカレ予想」の証明のための決定的な手法を生み出したのはハミルトンだ。ハミルトンが生み出したリッチフロー方程式というのは、物理の熱力学の方程式を応用したものだった。だから本書では、「ハミルトンプログラム(リッチフロー方程式によってポアンカレ予想を解くプログラム)」を疑似体験するために、実際の熱力学の方程式からスタートして、そこから何が分かるかを説明してくれる。

実はハミルトンもペレルマンも、直接「ポアンカレ予想」を証明したのではない。彼らは「サーストンの幾何化予想」と呼ばれる、「ポアンカレ予想」を含む予想を証明したのだ。これは大雑把に言えば、「すべての3次元閉多様体は、8種類の幾何構造を持つピースに分解できるよ」というものだ。つまり、3次元閉多様体を作り出す「レゴブロック」はたった8種類で、ありとあらゆる3次元閉多様体は、その8種類の組み合わせで出来ちゃうよ、という予想なのだ。

この予想が証明できれば何故「ポアンカレ予想」が証明できたことになるのか。それは、この8種類のピースの内、「ロープの回収の種類が1種類のピース」はたった一つ、「3次元球面」だけだからです。つまり、「3次元閉多様体は8種類のピースから出来ている」という「サーストンの幾何化予想」を証明すれば、自動的に「ポアンカレ予想」も証明できたことになるわけです。

ハミルトンは、「リッチ正」という条件付きで「サーストンの幾何化予想」を証明しました。しかし、「リッチ正」という条件を外した場合での証明はできなかった。ハミルトンは、「リッチ正」という条件を外すと、「葉巻型特異点」という大問題が発生する可能性があって、その問題を取り除けなかったのです。この「葉巻型特異点」さえなんとか出来れば、「サーストンの幾何化予想」は完全に証明できるのでした。

そしてそれを何とかしたのがペレルマン。彼は、「葉巻型特異点」が生じないことを証明したのです(これは本書で初めて知った)。他にもペレルマンはいくつかの理論を生み出し、それによってハミルトンが生み出したリッチフロー方程式をちゃんとしたものに整備したわけです。

ペレルマンという数学者については面白い話が満載なんですけど、まあそれはここでは触れないことにしましょう。

まあとにかく、メチャクチャ面白かった!また6年ぐらい待たないと新作は出ないかもしれないけど、待ち続けますよ、いつまでも!

結城浩「数学ガール ポアンカレ予想」

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