黒夜行

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将棋エッセイコレクション(後藤元気編)

『誰が勝つとか負けるかなんて二の次で、将棋が人間を動かしている感じにドキドキする』

本書の編者の言葉である。この一文だけでもう、この人がどれだけ将棋が好きなのかが伝わろうというものだ。

本書は、将棋も、将棋に関する文章を読むのも好きだという編者が、様々な時代の文章を編んだ作品だ。その編集方針が巻末に書かれているのだが、本書を読みながら、こういう点がいいなと感じていたまさにそれが方針の一つだったので、意図的にこういう風に編んだのだなと感じた。

『「自己紹介的なエッセイではなく、他人のことを書いたエッセイを選ぶ。登場人物の重複が、作品を二層、三層に上塗りしてくれるのではないか」というような狙いである』

まさにそういう効果が見事に現れている作品だ。

本書には、39人(書き手が個人でない場合もあるが)41編(基本一人一遍だが、どうしても選びきれなかったと、二人の書き手については2編ずつ選んでいる)が収録されている。文章の長さは様々で、書き手もプロ棋士や観戦記者、あるいはネットで将棋に関する文章を書いている人のものもある。基本的に将棋の話ではあるのだけど、内容もかなり多岐に渡る。後でまた触れるつもりだが、「女流棋士」に関する問題についての文章などは、非常に新鮮だったし、本書の中でも異色の文章だと思う。

「登場人物の重複」という意味で、一番面白い印象をもたらしているのが、河口俊彦「「対局日誌」より」と桐谷広人「緊急反論―「対局日誌」を読んで」である。桐谷広人は「桐谷さん」の愛称で有名な、株主優待で生活しているあの人だ。また河口俊彦というのは、「対局日誌」という観戦記が非常に人気を博しているプロ棋士だ。

さてこの二編、実は河口氏の「対局日誌」に対して桐谷氏が反論している、という構図になっている。桐谷氏のとある対局を河口氏が「絶妙・玄妙・奇妙・珍妙・考えられぬ悪手・緩手をおりまぜた」ものだったと、やや批判的に書いているのだが、その観戦記に対して、指している本人が、あの時の意図はこうだったんだ、と反論している。そればかりか桐谷氏は、かねてより河口氏とは浅からぬ因縁があるようで、そのこともチクリと触れている。しかし、巻末で編者が書いているように、『ご本人同士がどう感じたかは分からないが、一読者としては、どこかさわやかな印象すら受ける名文だと思っている』という、決して読後感の悪いものではない。将棋の細かな話は僕には分からないのだけど、二人の応酬は面白いと思った。

米長邦雄、中原誠、村山聖、木村義雄、升田幸三など、将棋界に残るスーパースターの名前はもちろんあちこちに出てくるが、官能小説作家の団鬼六の名前が頻繁に出てくるのは、将棋に詳しくない人には不思議に感じられるかもしれない。団鬼六は無類の将棋好きであり、経営状態の厳しかった「将棋ジャーナル」という雑誌を個人で買い取って、自らの資産を切り崩しながら発行し続けた人でもある。本書でも、将棋界には欠かせない人物のような描かれ方でよく登場する。

文章の巧さ(を僕が判断できるのかという点はともかくとして)について言えば、梅田望夫と先崎学が別格かなぁ、と思う。梅田望夫は、「羽生善治と現代」という本を昔読んだことがある。べらぼうに面白かった。基本的には、「指さない将棋ファンをいかに増やすか」という観点から語られているもので、本書でも渡辺明という若い世代のプロ棋士の発言を引用しながら同様の主張をする文章が収録されている。

先崎学は二編収録されているが、「頭の中を翻訳する」が素晴らしかった。将棋を評論する、ということについて冷静に客観的に分析している文章で、『評論とは、感性の発露である』から始まる箇所は見事だと思う。プロ棋士としては、将棋は「体感する」ことが大事だが、評論の際にはその「体感」を「言語化」しなくてはならない。しかし「言語化」によって否応なしに「感性」は衰えていくのだから、それ故に将棋が弱くなってしまうのだ、という認識は、将棋が強くない僕にもすっと入ってくるような、納得感のあるものだった。

ネットに書かれた文章もいくつかあるが、その中でインパクトがあったのは「十年後の将棋世界」と「女流棋士独立について」だ。

「十年後の将棋世界」は、超楽観論・現実的なもの・超悲観論の三つに分けて、今後将棋界がどうなっていくのか、という想像を巡らせている。面白いのが、超楽観論であっても、現状と比べてそこまでよくはならない、ということだ。将棋界というのは、基本的に新聞社主催のタイトル戦で成り立っているわけで、新聞業界の今後に大きく左右されてしまうというのが辛いところだ。しかし、藤井聡太のようなスーパースターの登場もあるし、新聞社以外のどこか元気な業界が手を差し伸べるのではないかな、という気もする。

「女流棋士独立について」は、そんな騒動があったことさえ知らなかったので、現役のプロ棋士である書き手の認識も含めて、非常に面白かった。書いているのは、片上大輔という棋士であり、将棋連盟の理事も務めている。

片山氏の書きぶりは、非常の中立的であり、かつ公正だと思う。女流棋士の「弱さ」は認めた上で(これは事実そうだから仕方がない)、しかしそんな弱い女性たちを「女流棋士」として遇しながら、権限は与えないというやり方をずっとしてきたこれまでの連盟のやり方に対して疑問符を投げかけている。その上でこんな風に書いている。

『それぞれの時代にはそれぞれの事情があっただろうし、いまから見てこうすべきだったということは必ずしも正しくないかもしれない。ただ、将棋連盟はもっと女流棋士に関心を持ち、将棋界の発展のために活用するすべを考えるべきであったということは言えると思う』

実に誠実なスタンスであり、個人的には凄く好感の持てる文章だと感じた。

時代の古いもの新しいもの、対局に関わるもの関わらないものなどなど、文章の種類が多岐に渡っているので、読者の関心に応じて本書は様々に玉石混交と捉えられることだろう。全部が良いと思えるということはないだろうが、将棋との関わり方に応じて良いと感じられる文章はそれなりにあるのではないかと思います。

後藤元気編「将棋エッセイコレクション」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)