最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室(林真理子)
内容に入ろうと思います。
本書は、50代の女社長である中島ハルコと、とある場所で彼女と知り合い、その後よく一緒に行動するようになったフードライターの菊池いづみを中心に話が展開していく連作短編集です。
物語の説明は、冒頭の短編と全体の設定だけ書いておきます。
菊池いづみは自腹でパリに来ていた。本当は雑誌社がお金を出してくれるはずだったのだけど、すったもんだあってダメになったのだ。男絡みで色々あって、むしゃくしゃしていた、というのもある。いづみは、高級なホテルに泊まっていた。
そこで出会ったのが中島ハルコだ。ビューティーコンシェルジュを名乗り、IT関係や美容関係の会社をいくつか経営しているらしいのだが、そう思えないほどケチだ。圧倒的に自分の自慢話ばかりで、また他人への口の悪さは天下一品なのに、喋っていて何故か不快ではない。
『あいづちをうつうち、いづみの心は不思議な方向へと変化していく。なにやら楽しくなってきたのである。これほどてらいなく、自慢話をえんえんと出来る人間に初めて出会った。しかし全く嫌な感じがしない。むしろ爽快な気分になって、なにやら笑いたくなってくる』
『あれだけ好き放題生きていけたらどんなにいいかしら。まるっきり人に気を遣わなくて嫌われないっていうのは、やっぱりあの人、何かを持ってんのよね』
周囲にそう思わせる中島ハルコは、自分より偉かったり商才がある男を手玉に取ったり、男友達の妻から慕われていたりと、交友関係が広い。近くで見ているいづみには、何故ハルコの周りに人が寄ってくるのかイマイチ分からないのだが。そんなハルコの元には、色んな悩みを抱えた人間がやってきて、本音で生きるハルコは、そういう俗世間の、ハルコからすればクソみたいな悩みに、ズバズバと本質を衝くような答えを返していく…。
というような話です。
これはなかなか面白かったなぁ。読んでいる感想は、まさにいづみの「爽快な気分になって」いくというのに近い。これだけ自己肯定出来て、これだけズバズバ物を言って、しかも嫌われないどころか慕われるっていいよなぁ。ちょっと違うかもだけど、なんとなく和田アキ子っぽい。系統は似てる気がする。
それぞれの短編の構成は比較的どれも同じで、何らかの形で料理やお酒を食べたり飲んだりする場にハルコといづみがいて、そこであーだこーだ喋っている内になんとなく悩み相談的な感じになっていく。食べたり飲んだりする場が料理屋だったりパーティーの席だったりするし、いづみが誘ったりハルコが誘ったりと、細かなパターンは色々あるんだけど、大枠ではそういう感じで物語が進んでいく。
ハルコのズバズバ言う感じはなかなかのものだ。
『「言っちゃナンだけど、あの日地、ふつうの奥さんよねぇ。おたくの会社で受付してたあの人と結婚する時、私はおたくのお父さんに相談されて反対したわよ。あっちゃんには、もっとしっかりした人がいいんじゃないかって。それをさ、顔だけで選んだのよね。まあ、あの人、可愛いだけのふつうの人よね」
驚いた。人の妻のことをこれほどずけずけと言ってのけるとは。こんなことが許されるんだろうか』
終始こんな感じである。それで、言われた男の側がどんな反応かと言えば、
『しかし三島は腹を立てた様子もない。きついなアと言いながら、顔は穏やかなままだ』
となる。
本書によると、会社や組織の上の方にいる人間は、どこかM的なところがあって、高圧的に出てくる女がいると嬉しくなっちゃうのだそうだ。ホントかどうかは知らない。僕は、ハルコのようなタイプとはまた違うんだけど、自分が雑に扱われるのが好きだから、気持ちは分かると言いたいところなんだけど、ただそれが経営者やお偉いさんに当てはまることなのかというのは僕には知りようがない。
ハルコの、他人の目を気にしない感じも凄まじくて、こんな場面がある。
『「私はね『女性自身』にどうしても読みたい記事があったのよ。だけど女性週刊誌を買うなんてみっともなくて、私のプライドが許さないでしょ」
とハルコは言う。キヨスクで立ち読みするのと、女性週刊誌を買うのとでは、どちらがみっともないかは考えなくてもわかると思うのだが…。』
こういう場面も結構ある。ハルコの場合、自分の言動が周りからどう見られるかではなくて、自分のプライドや金銭感覚の方を優先させる。しかもそのプライドや金銭感覚が、いづみの感覚からちょっとズレるので、余計に変な感じになる。
ハルコのような人に会ったことはないくせに、あぁいそうだなぁこういう人、と思わせる力はさすがという感じがした。
本書で描かれる悩み相談というのは、不倫だとかセックスで感じないとか定年退職した旦那がずっと家にいると言ったような、比較的個人的な話が多い。それらはそれらでもちろん面白く読めるのだけど、時々社会的っぽい問題にも斬り込んでいって、そういう時のハルコの問答無用の主張は、参考になると感じる人がいるんじゃないかと思う。
特に僕が、世の中の色んな人に読んでもらいたいと思ったのが、「ハルコ、母娘を割り切る」という章だ。ここでは、今まで結婚しろとずっと言ってきた両親が、結婚相談所に登録して相手を見つけてきた自分に対し、今度は結婚するなと言うようなことをずっと言ってくる、というような話が出て来る。それに対しハルコは、娘の年齢が一定以上過ぎれば、親は子どもに介護して欲しいと思うようになって、家から出したくないと考える、という持論を展開する。その上で、こんな風に言うのだ。
『「だって、自分の親ですからね、ほっとくことは出来ません」
「ほっとくんじゃないの。あなたは逃げなきゃいけないの。そもそもこの世の中の悪いことの半分は、親が原因で起こってんだから。(中略)いい、人っていうのは、親のめんどうをみるために生まれてきたんじゃないのよ。自分の人生を生きるために生まれてきたのよ」』
ハルコはドライ過ぎる、と感じる人ももちろん世の中にはたくさんいるだろうけど、僕も割とハルコの意見に賛成です。確かに、親は大事という気持ちは捨てる必要はないですが、「親が大事」というのと、「自分を犠牲にしてまで介護をする」というのは、また別の問題だろうと僕は思う。こういうことってホントに、ハルコみたいな、自分の発言がどう受け取られるか気にしないような人じゃないとズバッと言えない。他にも本書には様々な悩みが扱われていて、それらに対してハルコがズバズバ回答しているので、読めば自分が今抱えている問題が解消する、あるいはそこまでいかなくても、問題が整理されたり、別の方向から問題を捉えることが出来るようになるかもしれません。
中島ハルコというムチャクチャなキャラクターを、菊池いづみという、比較的一般的で常識的な考え方を持っている人間を通じて描き出すことで、「ハルコの傍若無人さ」と「ハルコの傍若無人さの客観的な捉え方」をうまく同居させ、中島ハルコというキャラクターを物語の中で浮きすぎないように調整しながら描き出しているというのが上手いなと思う。正直、ハルコのような人間の近くにはいたくないけど(笑)、いづみを通じてそのハチャメチャな空間を体験出来るという意味で、なかなか面白く読める作品でした。
林真理子「最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室」
本書は、50代の女社長である中島ハルコと、とある場所で彼女と知り合い、その後よく一緒に行動するようになったフードライターの菊池いづみを中心に話が展開していく連作短編集です。
物語の説明は、冒頭の短編と全体の設定だけ書いておきます。
菊池いづみは自腹でパリに来ていた。本当は雑誌社がお金を出してくれるはずだったのだけど、すったもんだあってダメになったのだ。男絡みで色々あって、むしゃくしゃしていた、というのもある。いづみは、高級なホテルに泊まっていた。
そこで出会ったのが中島ハルコだ。ビューティーコンシェルジュを名乗り、IT関係や美容関係の会社をいくつか経営しているらしいのだが、そう思えないほどケチだ。圧倒的に自分の自慢話ばかりで、また他人への口の悪さは天下一品なのに、喋っていて何故か不快ではない。
『あいづちをうつうち、いづみの心は不思議な方向へと変化していく。なにやら楽しくなってきたのである。これほどてらいなく、自慢話をえんえんと出来る人間に初めて出会った。しかし全く嫌な感じがしない。むしろ爽快な気分になって、なにやら笑いたくなってくる』
『あれだけ好き放題生きていけたらどんなにいいかしら。まるっきり人に気を遣わなくて嫌われないっていうのは、やっぱりあの人、何かを持ってんのよね』
周囲にそう思わせる中島ハルコは、自分より偉かったり商才がある男を手玉に取ったり、男友達の妻から慕われていたりと、交友関係が広い。近くで見ているいづみには、何故ハルコの周りに人が寄ってくるのかイマイチ分からないのだが。そんなハルコの元には、色んな悩みを抱えた人間がやってきて、本音で生きるハルコは、そういう俗世間の、ハルコからすればクソみたいな悩みに、ズバズバと本質を衝くような答えを返していく…。
というような話です。
これはなかなか面白かったなぁ。読んでいる感想は、まさにいづみの「爽快な気分になって」いくというのに近い。これだけ自己肯定出来て、これだけズバズバ物を言って、しかも嫌われないどころか慕われるっていいよなぁ。ちょっと違うかもだけど、なんとなく和田アキ子っぽい。系統は似てる気がする。
それぞれの短編の構成は比較的どれも同じで、何らかの形で料理やお酒を食べたり飲んだりする場にハルコといづみがいて、そこであーだこーだ喋っている内になんとなく悩み相談的な感じになっていく。食べたり飲んだりする場が料理屋だったりパーティーの席だったりするし、いづみが誘ったりハルコが誘ったりと、細かなパターンは色々あるんだけど、大枠ではそういう感じで物語が進んでいく。
ハルコのズバズバ言う感じはなかなかのものだ。
『「言っちゃナンだけど、あの日地、ふつうの奥さんよねぇ。おたくの会社で受付してたあの人と結婚する時、私はおたくのお父さんに相談されて反対したわよ。あっちゃんには、もっとしっかりした人がいいんじゃないかって。それをさ、顔だけで選んだのよね。まあ、あの人、可愛いだけのふつうの人よね」
驚いた。人の妻のことをこれほどずけずけと言ってのけるとは。こんなことが許されるんだろうか』
終始こんな感じである。それで、言われた男の側がどんな反応かと言えば、
『しかし三島は腹を立てた様子もない。きついなアと言いながら、顔は穏やかなままだ』
となる。
本書によると、会社や組織の上の方にいる人間は、どこかM的なところがあって、高圧的に出てくる女がいると嬉しくなっちゃうのだそうだ。ホントかどうかは知らない。僕は、ハルコのようなタイプとはまた違うんだけど、自分が雑に扱われるのが好きだから、気持ちは分かると言いたいところなんだけど、ただそれが経営者やお偉いさんに当てはまることなのかというのは僕には知りようがない。
ハルコの、他人の目を気にしない感じも凄まじくて、こんな場面がある。
『「私はね『女性自身』にどうしても読みたい記事があったのよ。だけど女性週刊誌を買うなんてみっともなくて、私のプライドが許さないでしょ」
とハルコは言う。キヨスクで立ち読みするのと、女性週刊誌を買うのとでは、どちらがみっともないかは考えなくてもわかると思うのだが…。』
こういう場面も結構ある。ハルコの場合、自分の言動が周りからどう見られるかではなくて、自分のプライドや金銭感覚の方を優先させる。しかもそのプライドや金銭感覚が、いづみの感覚からちょっとズレるので、余計に変な感じになる。
ハルコのような人に会ったことはないくせに、あぁいそうだなぁこういう人、と思わせる力はさすがという感じがした。
本書で描かれる悩み相談というのは、不倫だとかセックスで感じないとか定年退職した旦那がずっと家にいると言ったような、比較的個人的な話が多い。それらはそれらでもちろん面白く読めるのだけど、時々社会的っぽい問題にも斬り込んでいって、そういう時のハルコの問答無用の主張は、参考になると感じる人がいるんじゃないかと思う。
特に僕が、世の中の色んな人に読んでもらいたいと思ったのが、「ハルコ、母娘を割り切る」という章だ。ここでは、今まで結婚しろとずっと言ってきた両親が、結婚相談所に登録して相手を見つけてきた自分に対し、今度は結婚するなと言うようなことをずっと言ってくる、というような話が出て来る。それに対しハルコは、娘の年齢が一定以上過ぎれば、親は子どもに介護して欲しいと思うようになって、家から出したくないと考える、という持論を展開する。その上で、こんな風に言うのだ。
『「だって、自分の親ですからね、ほっとくことは出来ません」
「ほっとくんじゃないの。あなたは逃げなきゃいけないの。そもそもこの世の中の悪いことの半分は、親が原因で起こってんだから。(中略)いい、人っていうのは、親のめんどうをみるために生まれてきたんじゃないのよ。自分の人生を生きるために生まれてきたのよ」』
ハルコはドライ過ぎる、と感じる人ももちろん世の中にはたくさんいるだろうけど、僕も割とハルコの意見に賛成です。確かに、親は大事という気持ちは捨てる必要はないですが、「親が大事」というのと、「自分を犠牲にしてまで介護をする」というのは、また別の問題だろうと僕は思う。こういうことってホントに、ハルコみたいな、自分の発言がどう受け取られるか気にしないような人じゃないとズバッと言えない。他にも本書には様々な悩みが扱われていて、それらに対してハルコがズバズバ回答しているので、読めば自分が今抱えている問題が解消する、あるいはそこまでいかなくても、問題が整理されたり、別の方向から問題を捉えることが出来るようになるかもしれません。
中島ハルコというムチャクチャなキャラクターを、菊池いづみという、比較的一般的で常識的な考え方を持っている人間を通じて描き出すことで、「ハルコの傍若無人さ」と「ハルコの傍若無人さの客観的な捉え方」をうまく同居させ、中島ハルコというキャラクターを物語の中で浮きすぎないように調整しながら描き出しているというのが上手いなと思う。正直、ハルコのような人間の近くにはいたくないけど(笑)、いづみを通じてそのハチャメチャな空間を体験出来るという意味で、なかなか面白く読める作品でした。
林真理子「最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室」
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