増量 日本国憲法を口語訳してみたら(塚田薫)
本書は、まさにタイトル通りの本で、日本国憲法の口語訳(+コラム)です。口語訳、という意味で言えば、実は日本国憲法そのものが口語訳的な発想で書かれたようです。
大日本国憲法からの変更点として挙げられている中に、こんな文章がある。
『⑦言葉遣いをわかりやすくする。「国民主権を決めた憲法なのに、国民が読みにくいものだったら意味ないじゃん!」ってことで、日本国憲法は当時のほかの法律なんかに比べると、かなりわかりやすい口語体で書かれることになった。』
とはいえ、やっぱ難しいですよね、日本国憲法。本書は、左ページが口語体で、右ページに原文が載ってる。もちろん、大体分かるんだけど、言い回しが独特だったり、人生で一度も使ったことがない単語が出てきたりして、やっぱりスッとは入ってこない。だから、こんな風に、現代風に口語訳してもらえると、凄く助かる。
実際本書は、凄く面白かった。日本国憲法には色々書いてあるんだけど、個人的に面白いなと思った部分を抜き出してみる。
『全文 また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の主権は国民にあることを、声を大にしていうぜ。それがこの憲法だ。
そもそも政治っていうのは、俺たちがよぉく考えて選んだ人を政治家として信頼して力を与えているので、本質的には俺たちのものなんだ。あれだ、リンカーンのいった「人民の、人民による、人民のための政治」ってやつ。
この考え方は人類がみんな目標にすべき基本であって、この憲法はそれにしたがうよ。そんで、それに反するようなルールとか命令は、いっさい認めない』
『全文 この理想は俺たちの国だけじゃなくて、ほかのどの国にも通用するもので、一人前の国でいたいと思うなら、これを守ることは各国の義務だよ。わかってる?
俺たちはここにかかげたことを、本気で目指すと誓う。誰に?
俺たちの名誉と世界に!』
『第1条 この国の主権は、国民のものだよ。というわけで一番偉いのは俺たちってこと。天皇は日本のシンボルで、国民がまとまってるってことを示すためのアイコンみたいなものだよ』
『第97条 この憲法が大事にしてる基本的人権っていうのは、世界中の人たちがこれまで何百年もずーっとがんばって考えて、闘って、そして勝ち取った結果だよ。これは俺たちと俺たちのガキ、またそのずっと先のガキまで永久に受け取った、誰にも侵されない超重要な権利なんだ』
『第98条 この憲法は日本で一番偉いルールだから、それに逆らうようなことを国がしたら、全部無視していいよ』
この辺りは、日本国憲法そのものや、国民であるとはどういうことなのかみたいな、日本国憲法というそもそもが大前提的存在の中でもさらに前提となるような部分で、なるほどそういうことを言っているのか、と思った。なんとなくは分かってたけど、でも「俺たちはここにかかげたことを、本気で目指すと誓う。誰に?俺たちの名誉と世界に!」みたいなのはちゃんと分かってなかったなぁ。なかなか凄いこと言ってるね!
また、口語訳の表現として面白い部分も多々あった。一部だけ抜き出してみる。
『第7条 7.偉いことをやった人をほめる(※原文 栄典を授与すること)』
『第14条 3項 いいことをやったヤツはほめるけど、それはお前が偉いってことじゃなくて、お前がいいことをやったからで、自慢していいのはお前だけだよ。子どもとか関係ないからな』
特に第14条は、口語訳にしてみると、「憲法にそんなことも書いてあるんだなぁ」なんてちょっと面白くなってしまった。当時、よっぽどいばってる二世三世がいたんだろうね(笑)
さて、本書は口語訳というライトな感じなんですが、監修者が愛知大学法学部教授・長峯信彦氏(著者のゼミの先生みたいだ)であり、内容はちゃんとしているという。長峯氏のあとがきから引用してみよう。
『(著者がネットで書いたものを読んで)正直いって、ユニークで面白いと思った。
塚田君の独特の感性がよいかたちで出ている。しかし反面、これで出版というのは、いささか粗すぎるとも思った。
ネット上で趣味的に書くのと異なり、本として出版するならば、内容をもっときちんと磨く必要があり、論理と知識を身につける厳しい覚悟が必要ではないかと思った。
一口に憲法の「わかりやすい口語訳」といっても、ただ単にわかりやすい日常の言葉に置き換えさえすればよいのでは決してなくて、細かいところまで深い意味のある憲法の一言一言を、あまたの日常語から適切に選り分けて、的確に訳語を当てていく必要がある』
そうやって慎重に検討した一例も載っている。
『あるいは憲法13条。塚田君の元の口語訳では単に「人」となっていたが、抽象的な「人」一般と、一人一人個性と人格を持った具体的存在としての人間を意味する「個人」とでは意味がかなり異なるので、憲法原文の「個人」という言葉をきちんと口語訳に残すようにした。』
どうだろうか。こんな風に僅かな表現にまで気を配っていると分かれば、ただただ読みやすいというだけではない、易しくしながらも本質を失わせまいとする配慮に溢れた作品だということが分かるだろう。
著者は、日本国憲法を口語訳してみようと思ったきっかけをこんな風に書いている。
『「これこれについて語るときはこうやらなきゃいけませんよ」みたいな不文律(特に決められているわけではないけど、なんとなくみんながそれに従っているルール)が見えたような気がすると、それにちょっかいを出さなきゃ気が済まないんだ。きっかけはイタズラ心だった』
この気持ちは、僕も凄くよく分かる。僕も天邪鬼な人間で、「そうしなければならない」という常識に反したくなる。著者は、中学もロクに行かず、高校は中退、定時制に入り直して、本書の単行本を執筆した時点で24歳の大学生だったという、なかなか回り道をしてきた人のようだ。そういう、決められたレールに乗ってきたわけじゃない来歴も、著者なりの考え方に影響を与えてきたのだろう。しかし、飲み会で憲法について聞かれたことがきっかけで本を出すまでになったというのだから、人生何が起こるか分からない。
本書には憲法にまつわるコラムも載っている。立憲主義という考え方や、人権の概念なんかが歴史的にどう生み出されてきたのかとか、日本国憲法がどんな過程で作られてきたのかなど、憲法そのものの話ももちろん出てくるんだけど、集団的自衛権とか生活保護とか皇室など、憲法に書かれている記述がダイレクトに反映されている事柄についても触れていて面白い。ここでも、例えば皇位の継承権がある「男系の男子」を説明するためにサザエさんを持ち出したりと、分かりやすく説明しようとする工夫は健在だ。
正直、期待していたよりもずっと面白かった。憲法の口語訳に関しては、衆議院やら参議院がどうちゃら、裁判官や内閣がうんちゃらみたいな部分はそこまで面白くなかったりするけど、でも欄外にコメントが付いていたりして、そのコメントが面白かったりする。今まさに憲法改正が論議されようとしていて、そういう報道の過程で改めて「憲法は国民を守るため、権力者を縛るためのもの」という認識が出来た(たぶん学校で習っただろうけど、忘れてた)。確かに日本国憲法を読むと、結構鬱陶しいぐらい「この憲法が一番偉い」「主権は国民にある」って書いてある。でも、憲法改正の議論の報道を見聞きすると、憲法を権力者側の都合の良いように変えたがっているようにも感じられる。本書を読むと、それって憲法の主義主張と違うんじゃねぇの、と思ったりして、色々考えさせられる。
日本国憲法という、僕らの人生の基本中の基本の部分を支えてくれているけどよく知らないでいるものを知るとっかかりになる本だと思います。
塚田薫「増量 日本国憲法を口語訳してみたら」
大日本国憲法からの変更点として挙げられている中に、こんな文章がある。
『⑦言葉遣いをわかりやすくする。「国民主権を決めた憲法なのに、国民が読みにくいものだったら意味ないじゃん!」ってことで、日本国憲法は当時のほかの法律なんかに比べると、かなりわかりやすい口語体で書かれることになった。』
とはいえ、やっぱ難しいですよね、日本国憲法。本書は、左ページが口語体で、右ページに原文が載ってる。もちろん、大体分かるんだけど、言い回しが独特だったり、人生で一度も使ったことがない単語が出てきたりして、やっぱりスッとは入ってこない。だから、こんな風に、現代風に口語訳してもらえると、凄く助かる。
実際本書は、凄く面白かった。日本国憲法には色々書いてあるんだけど、個人的に面白いなと思った部分を抜き出してみる。
『全文 また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の主権は国民にあることを、声を大にしていうぜ。それがこの憲法だ。
そもそも政治っていうのは、俺たちがよぉく考えて選んだ人を政治家として信頼して力を与えているので、本質的には俺たちのものなんだ。あれだ、リンカーンのいった「人民の、人民による、人民のための政治」ってやつ。
この考え方は人類がみんな目標にすべき基本であって、この憲法はそれにしたがうよ。そんで、それに反するようなルールとか命令は、いっさい認めない』
『全文 この理想は俺たちの国だけじゃなくて、ほかのどの国にも通用するもので、一人前の国でいたいと思うなら、これを守ることは各国の義務だよ。わかってる?
俺たちはここにかかげたことを、本気で目指すと誓う。誰に?
俺たちの名誉と世界に!』
『第1条 この国の主権は、国民のものだよ。というわけで一番偉いのは俺たちってこと。天皇は日本のシンボルで、国民がまとまってるってことを示すためのアイコンみたいなものだよ』
『第97条 この憲法が大事にしてる基本的人権っていうのは、世界中の人たちがこれまで何百年もずーっとがんばって考えて、闘って、そして勝ち取った結果だよ。これは俺たちと俺たちのガキ、またそのずっと先のガキまで永久に受け取った、誰にも侵されない超重要な権利なんだ』
『第98条 この憲法は日本で一番偉いルールだから、それに逆らうようなことを国がしたら、全部無視していいよ』
この辺りは、日本国憲法そのものや、国民であるとはどういうことなのかみたいな、日本国憲法というそもそもが大前提的存在の中でもさらに前提となるような部分で、なるほどそういうことを言っているのか、と思った。なんとなくは分かってたけど、でも「俺たちはここにかかげたことを、本気で目指すと誓う。誰に?俺たちの名誉と世界に!」みたいなのはちゃんと分かってなかったなぁ。なかなか凄いこと言ってるね!
また、口語訳の表現として面白い部分も多々あった。一部だけ抜き出してみる。
『第7条 7.偉いことをやった人をほめる(※原文 栄典を授与すること)』
『第14条 3項 いいことをやったヤツはほめるけど、それはお前が偉いってことじゃなくて、お前がいいことをやったからで、自慢していいのはお前だけだよ。子どもとか関係ないからな』
特に第14条は、口語訳にしてみると、「憲法にそんなことも書いてあるんだなぁ」なんてちょっと面白くなってしまった。当時、よっぽどいばってる二世三世がいたんだろうね(笑)
さて、本書は口語訳というライトな感じなんですが、監修者が愛知大学法学部教授・長峯信彦氏(著者のゼミの先生みたいだ)であり、内容はちゃんとしているという。長峯氏のあとがきから引用してみよう。
『(著者がネットで書いたものを読んで)正直いって、ユニークで面白いと思った。
塚田君の独特の感性がよいかたちで出ている。しかし反面、これで出版というのは、いささか粗すぎるとも思った。
ネット上で趣味的に書くのと異なり、本として出版するならば、内容をもっときちんと磨く必要があり、論理と知識を身につける厳しい覚悟が必要ではないかと思った。
一口に憲法の「わかりやすい口語訳」といっても、ただ単にわかりやすい日常の言葉に置き換えさえすればよいのでは決してなくて、細かいところまで深い意味のある憲法の一言一言を、あまたの日常語から適切に選り分けて、的確に訳語を当てていく必要がある』
そうやって慎重に検討した一例も載っている。
『あるいは憲法13条。塚田君の元の口語訳では単に「人」となっていたが、抽象的な「人」一般と、一人一人個性と人格を持った具体的存在としての人間を意味する「個人」とでは意味がかなり異なるので、憲法原文の「個人」という言葉をきちんと口語訳に残すようにした。』
どうだろうか。こんな風に僅かな表現にまで気を配っていると分かれば、ただただ読みやすいというだけではない、易しくしながらも本質を失わせまいとする配慮に溢れた作品だということが分かるだろう。
著者は、日本国憲法を口語訳してみようと思ったきっかけをこんな風に書いている。
『「これこれについて語るときはこうやらなきゃいけませんよ」みたいな不文律(特に決められているわけではないけど、なんとなくみんながそれに従っているルール)が見えたような気がすると、それにちょっかいを出さなきゃ気が済まないんだ。きっかけはイタズラ心だった』
この気持ちは、僕も凄くよく分かる。僕も天邪鬼な人間で、「そうしなければならない」という常識に反したくなる。著者は、中学もロクに行かず、高校は中退、定時制に入り直して、本書の単行本を執筆した時点で24歳の大学生だったという、なかなか回り道をしてきた人のようだ。そういう、決められたレールに乗ってきたわけじゃない来歴も、著者なりの考え方に影響を与えてきたのだろう。しかし、飲み会で憲法について聞かれたことがきっかけで本を出すまでになったというのだから、人生何が起こるか分からない。
本書には憲法にまつわるコラムも載っている。立憲主義という考え方や、人権の概念なんかが歴史的にどう生み出されてきたのかとか、日本国憲法がどんな過程で作られてきたのかなど、憲法そのものの話ももちろん出てくるんだけど、集団的自衛権とか生活保護とか皇室など、憲法に書かれている記述がダイレクトに反映されている事柄についても触れていて面白い。ここでも、例えば皇位の継承権がある「男系の男子」を説明するためにサザエさんを持ち出したりと、分かりやすく説明しようとする工夫は健在だ。
正直、期待していたよりもずっと面白かった。憲法の口語訳に関しては、衆議院やら参議院がどうちゃら、裁判官や内閣がうんちゃらみたいな部分はそこまで面白くなかったりするけど、でも欄外にコメントが付いていたりして、そのコメントが面白かったりする。今まさに憲法改正が論議されようとしていて、そういう報道の過程で改めて「憲法は国民を守るため、権力者を縛るためのもの」という認識が出来た(たぶん学校で習っただろうけど、忘れてた)。確かに日本国憲法を読むと、結構鬱陶しいぐらい「この憲法が一番偉い」「主権は国民にある」って書いてある。でも、憲法改正の議論の報道を見聞きすると、憲法を権力者側の都合の良いように変えたがっているようにも感じられる。本書を読むと、それって憲法の主義主張と違うんじゃねぇの、と思ったりして、色々考えさせられる。
日本国憲法という、僕らの人生の基本中の基本の部分を支えてくれているけどよく知らないでいるものを知るとっかかりになる本だと思います。
塚田薫「増量 日本国憲法を口語訳してみたら」
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