黒夜行

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老後破産 長寿という悪夢(NHKスペシャル取材班)

『「私には夢があるんです」
取材で訪れたある日、菊池さんは唐突にこう言った。
「それはね、また外に出て散歩したり、買い物したりすることなんですよ」』

『「いつか外出する時のために、買ってあるものがあるんですよ」
(中略)
その箱を開けると、中には新しい靴が入っていた。リウマチの足を傷めないように、布製のやわらかそうな真っ白な靴だった。2ヶ月ほど前に500円ぐらいで買ったという靴には、白い布地にピンク色のラインが入っている。
(中略)
「買った時は大丈夫だったのよ。履けるはずなの…よし、もう1回」
この2ヶ月で症状が悪化し、ひどくむくんだ足は明らかに靴のサイズを超えていた。
「駄目ですね…情けない。涙が出ちゃうよ」
履けなかった靴は、箱の中に戻された。その箱をマジックハンドを使って、机の下に押しやった後、奥へ奥へと押し込んだ。箱の存在を忘れてしまいたいと思っているのか、マジックハンドでも届かないところまで押し込むと、ほうっとため息をついた。靴を取り出した時の笑顔はもうなかった』

正直、お年寄りの人たちは“裕福”なんだろうと思っていた。確かに、そういうお年寄りもいるだろう。持ち家があり、年金も比較的多くもらっていて、貯蓄もしっかりしていて、とりあえず老後の生活に不自由を感じていない、という人も、もちろんいるのだと思う。

しかし、あくまでもそれは、一部のことでしかなかったのだということを本書を読んで理解した。もちろん、老後の生活が苦しいと感じている人がいるだろうとは思っていた。しかしそれは、年金をちゃんと払っていなかったり、色々あって借金をしてしまったりと、どこか本人のそれまでの人生に何らかのミスや不具合があったからなんだろう、と思っていたのだ。

しかし、どうやらそうではないようだ。

『多くの人たちは十数万円の年金をもらっていれば、それほど大変な事態に直面するとは思ってもいないだろう。しかし、十数万円の年金に加えて自宅を保有していて、ある程度の預貯金がある人でも、ジワジワと追いつめられ、「老後破産」に陥ってしまうケースが少なくないことが取材で分かってきたのだ。
「こんな老後を予想できなかった」
私たちが取材した多くの高齢者は、「老後破産」に陥ってしまうことなど、あり得ないと思って暮らしてきた人たちだ。サラリーマン、農家、自営業…それぞれ老後に備えてきたつもりの人たちが「まさか自分が『老後破産』するなんて」と呆然と話していた』

実に意外なことだが、家があって年金もちゃんともらえてある程度貯蓄があっても「老後破産」の可能性があり得るのだ。本書を読めば、その背景で何が起こっているのかが理解できる。

一つ大きな要因は、一人暮らしの高齢者が増えたことだ。

『ひとり暮らしの高齢者が600万人に迫る中、年収が生活ほど水準を下回る人はおよそ半数。このうち生活保護を受けている人は70万人。残る人たちの中には預貯金など十分な蓄えがある人もいるが、それを除くと、ざっと200万人余のひとり暮らしの高齢者は生活保護を受けずに年金だけでギリギリの生活を続けているが、病気になったり介護が必要になったりすると、とたんに生活は破綻してしまう―。』

かつては、三世代同居みたいな生活形態が当たり前だった。だからこそ、年金だけで生活が成り立っていたのだ。しかし現在は、年金をベースにしてひとり暮らしを成り立たせなくてはならない。本書の中には様々なお年寄りが登場するが、家賃などすべて込みで月8万円程度で生活しなければならない人が大半で(中には、農業を行いながらではあるが月3万円弱でやりくりしなければならない人も登場する)、正直それは現実的な生活スタイルではない。

じゃあ生活保護を受ければいい、という話になるのだが、これもまた難しい。そもそも、「年金をもらっていても生活保護ももらえる」ということが知られていない。年金をもらっていても、生活保護費との差額をもらうことが出来るのだ。しかし、その知識があっても、まだ難関はある。生活保護を受給するためには、預金や家などの資産を手放さなければならないのだが、ここに大きな抵抗があるのだ。

例えば、妻の葬儀を盛大にやりたいからと、100万円の預金に手をつけないでいる男性が登場する。この男性は、かなり困窮した生活をしているが、預金が100万円あるので生活保護を受けることが出来ない。

また、高齢者の中には、『本当に財産がゼロになっても、生活保護を受ければ暮らしていけるのか』という不安があり、それ故に預金を手放せないでいる人も多い。預金をゼロにしたところで、生活保護をもし万が一受けられなければ、その時点でアウトだ。そうなることを恐れているからこそ、預金は手放せない。

また、古くからの思い出があるため家を手放したくないという人もいる。そういう人も、生活が困窮していても生活保護を受給出来ない(とはいえ最近では、柔軟な運用がなされるようになってきているようだ)。

しかし、まだ問題はある。

『実際、「迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシ」だと考える高齢者は少なくない』

お年寄りの多くは、税金(生活保護)をもらってまで生きるくらいなら死んだ方がマシと感じてしまうのだ。分からなくもないような気がする。

『言い方を換えると、生活保護を受けずに自分の力で生きていきたいと頑張っている高齢者の多くたちには、安心した老後は手に入らないのだ』

現状の仕組みでは、どうやらこれが限界であるようだ。

『私たち取材スタッフの中で何度も議論したのが、「老後破産」に追いつめられていく高齢者が異口同音に発する「死にたい」という言葉だ。同じ立場に立たされた視聴者からの反響も、この言葉に触れているものが多かった。
一生懸命働けば、悠々自適の老後が待っているはずではなかったのか―そう憤っていた人もいた。
「死ぬこともひとりでは、できない」―そう言って涙を流したお年寄りもいた。
番組のポスターには「長寿という悪夢」というキャッチコピーがあった。
その言葉を見ながら、「死にたい」とつぶやいていた何人ものお年寄りの顔が浮かんでは消えた。「老後破産」に追いつめられていく日々は、まさに生き地獄であり、「長寿という悪夢」を呪っていたのではなかろうか』

本書を読みながら、僕も感じていた。こんな生活は、まさに地獄だろうな、と。お金がないが故に友人もいなくなり、お金がないから病院にも行けず、体調が悪化しても家で寝ているしかない。介護サービスもお金が掛かるから最小限度までしか頼めず、かなりの介護を必要とする人でも1日1時間程度のサービスを受ける以上のことは出来ない。散歩や買い物や釣りをまたやりたい、ということを「夢」として語り、翌朝目を覚ました時「まだ死んでなかった」とホッとする日々。

『頭痛薬を飲んで眠り込んでしまった田代さんの丸めた背中を見ながら、ふと考えた。自分だったら、この状況に耐えられるだろうか…』

取材スタッフの一人がそう感じるのも、むべなるかなという感じだ。

本書には、救命救急センターも取材している。そこの医師が言っていたことも印象的だった。

『「正直、私たちが命を救ったとしても患者を誰も引き受けてくれる人がいない場合…」
三宅医師は、そこで息をのんだ。言葉を選んでいるのか、少し間があった後、再び口を開いた。
「命を助けたとしても、本当にその人のためになるのか、悩むことも少なくないんです」』

僕だったら思っちゃうだろうなぁ。そのまま殺してくれ、って。

僕は、ずっと「長生きなんかしたくない」と言っている。最近払い始めたけど、年金も15年ぐらい払ってなかったし、そもそも長く生きることに元から関心はない。足腰が丈夫で、困窮しない程度のお金があるなら、まあ別に長生きしてもいいかもしれないけど、そうである可能性は低いことは当然分かっていたから、今も長生きしたくないと思っている。出来れば、早く死にたい。

その思いは本書を読んでより強くなったのだけど、世の中の多くの人はどうなのだろう?僕は、正直自分の周りで、長生きしたいという人の意見をあまり聞くことがない。僕らの世代(僕は今30代半ば)だと、そういう感覚があって当たり前だよなぁ、と思う。老後の生活が成り立つのって、もはやかなりのラッキーが積み上がらないと無理だろうと思う。特に、これから人口も減り、経済も衰退していくだろう日本においてはそうだろう。明るい見通しを立てられるような要素がない。

僕らからすれば、まだ恵まれた時代を生きてきた今のお年寄りが、これほど生活に困窮してしまう社会なのだ。僕らが年寄りになる頃なんて、もっと酷いだろう。本書を読めばある程度実感できてしまうだろうが、現在起こっている事態は、もはや個人のレベルで対処出来るようなものではない。仕組みや構造からガラリと変えていかないと、とてもじゃないけど無理だろう。もちろん、個人の努力によって勝ち抜け出来る人も、ごく僅かにいるだろう。しかし、自分がその僅かなところに入れるとは思わない方がいいだろうと思う。たぶん僕たちは、ある種「積極的な諦め」みたいなものをもって老後に望まなければならないのだろうと思う。

だからこそ僕は、安楽死の議論がもっとなされるべきだと思っている。自分で自分の死を決める権利は、本書に登場するお年寄りのような現状を知ってしまえば、余計に切実に必要とされているのではないかと思うのだ。

家族の繋がりがあっても、状況が好転するわけでもない。むしろ、家族の存在が足かせになるケースも増えてきているというのだ。

『本当のことを言うと、完全に孤立無援の人の方が私怨はしやすいと思うようなことも多々あるんですよ。中途半端に親族の関わりがあると、同意を得たりするにも意見の隔たりがあって、前に進まないことも少なくないんです』

少なくとも僕にとっては、老後はまだまだ未来の話だ。しかし、まさに今老後を生きている人たちの悲惨な現状を知ることで、僕らにとっての老後がより悲惨だと想像出来てしまう。僕らは、そんな未来を受け入れながら、現在を生きていかなければならない。その覚悟を持つためにも、本書は読んでおかなければならない一冊だと思う。

NHKスペシャル取材班「老後破産 長寿という悪夢」

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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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9位 山本弘「詩羽のいる街
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

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