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水曜の朝、午前三時(蓮見圭一)



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僕らは、これまで歩んできた人生すべてを「思い出す」ことは出来ない。もしかしたら人によっては、これまでの人生すべてを「記憶している」人はいるかもしれない。ただ、それでもすべてを「思い出す」ことは出来ないだろう。何故なら、すべてを思い出すためには、これまで歩んできた人生と同じだけの時間が掛かるからだ。

だからこそ僕らは、自分の人生を振り返って「思い出す」時、思い出すことを限定しなければならないはずだ。

僕らは、どんなことを「思い出す」ことが多いだろう?

僕は、過去を振り返ることがほとんどない。そもそも覚えていない、ということもあるのだが、昔のことなんか振り返っても仕方ない、という感覚もある。その過去が、現在やあるいは未来に何らかの関係を持ちそうなのであれば、振り返ってみることはあるかもしれない。しかし、少なくとも僕の場合は、どこかの時点でピリオドが打たれた出来事については思い出す機会はほとんどない。

そんなことを書きながら、僕は、世の中の人のスマホの中に入っている写真のことを連想した。人によっては、料理を食べる前に写真を撮ったりする。あの写真は、その後見られる機会があるのだろうか?と僕はいつも思ってしまう。もちろん、食べ歩きを生業や趣味にしている人や料理人、あるいはダイエットをしている人なんかは、必要があってそういう写真を見返す機会もあるかもしれない。しかし、記念日でも特別な料理でもない、ただ毎日同じように食べている料理の写真を、その日インスタに上げた後、一度でも見る機会があるのだろうか、と思ってしまう。

僕たちはきっと、そういう料理の写真のことは思い出さない。現在や未来に繋がらない、ピリオドが打たれてしまったものだからだ。

ただ、そう考えながら、僕はこんな風にも思う。僕たちの人生の輪郭を形作っているのは、むしろそういうピリオドが打たれたものなのではないか、と。記念日に食べる料理や見たことのない料理なんかは「特別」なもので、「特別」であるが故に思い出される可能性も高まる。しかし、そういう「特別」は、僕らの人生の中では例外に近いものがある。僕たちの人生の輪郭を作り出すのは、そういう「特別」ではなく、むしろ、撮ったら忘れてしまうような毎日の料理の方だろう。

話はいきなり飛ぶが、ビジネス書や自己啓発本などを読んで違和感を覚えることがある。いわゆる「成功者」たちが書くことの多いジャンルの本であり、そういう「成功者」たちは、自分が成功した「要因」を、自分の人生の中から取り出してみせる。

確かに、彼らが挙げた「要因」は、成功の一角を成しているかもしれない。しかし、それは、振り返ってみて思い出せる、という点でやはり「特別」なのだと僕は感じる。そうではなくて、振り返っても思い出せないような「特別」から外れたものの方にこそ、本質的な成功の「要因」があるのではないか―。僕はそんな風に感じてしまう。

話をダイエットに置き換えると、もう少し分かりやすいかもしれない。ある人が2ヶ月で10キロ痩せた、それは毎朝リンゴを食べ続けたからです、と主張したとしよう。しかし、実際は、毎朝リンゴを食べるようになったのと同時に、それまで10年間毎朝食べ続けていたゆで卵を止めたからかもしれない。そういうことはいくらでもあり得る。

思い出せることは、自分の人生の輪郭にはならなかったのではないか―。この主張は極論だと理解してはいるが、時々こういうことを考えて、自分を形作ったかもしれない、今の僕には思い出すことが出来ないものについてふと考えてみる。

内容に入ろうと思います。
僕は、妻・葉子の母・四条直美が、病室で吹き込んだテープの存在を知っている。
直美は、1992年の年明けに脳腫瘍の告知を受けがんセンターに入院、その年の秋に45歳で死んだ。彼女は翻訳家であり、かつ少しは名の知れた詩人だった。僕と葉子とは小学校からの同級生であり、それもあって僕は、子どもの頃から直美のことを知っていた。
僕は直美のことが好きだった。
直美は、自らの死を意識してこのテープを残した。テープは、ニューヨークに留学していた葉子の元へと送られた。そしてその内容は、直美が家族に秘していた過去のある出来事についてだった。葉子は子どもの頃から、時々母親が京都に行くことを訝しんでいた。どうやらこのテープは、そのことと関係あるようだ。
A級戦犯を祖父に持つ直美は、許嫁がおり、大学を出て就職をしたら、早い段階で結婚して家庭に入ることを両親から望まれていた。直美は、そんな生き方は嫌だった。せめて先送りにしたいと、直美は大阪万博でのコンパニオンの仕事を見つけてきた。両親を無理矢理説得して大阪に向かった直美は、そこで人生を揺さぶる出会いを経験する…。
というような話です。

丁寧な物語だな、という印象でした。人物の造形や情景の細部がきっちりと描かれていて、人間や物語が立ち上がっているという感じがする。翻訳家であり詩人でもあった女性の語り、という設定に負けないように、言葉や思考がシャープな感じで、印象的な文章が多かった感じがします。

本書の特徴は、母親が娘に語った物語だ、ということ。普通の小説であれば、物語は「作者→読者」という形で届きますが、この物語は「母親→娘」を覗き見している、というような形で届きます。だから、直美の語りのあらゆる部分で、「何故彼女は娘にこれを語っているのか」と問うことが出来る。そういう問いかけに作品が耐えきれているのか、という点は各自で判断して欲しいのだけど、自分だったら同じ状況で何を語るだろうか、という想像も含めて、物語を受け取れそうだなと感じました。

個人的には、物語そのものにはさほど興味は持てなかったのだけど、場面場面での直美の思考や、直美が捉える時代観、その時代を生きる人たちの価値観や行動原理みたいなものが面白いなと感じました。特に直美の、両親や、あるいは大阪万博で一緒に働いていたコンパニオンなどを観察し言葉で捉える力みたいなものが結構好きでした。辛辣に、直截に、でも拒絶するわけではないという、なかなか絶妙なバランスで他人を捉えるスタンスが、いいなぁ、と思いました。

たぶん、僕も直美に直接会う機会があったら、好きになりそうな気がします。

蓮見圭一「水曜の朝、午前三時」

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
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11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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1位 「死のテレビ実験
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)