スケートボーイズ(碧野圭)
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内容に入ろうと思います。
大学四年生の伏見和馬は、久々に柏木豊コーチの元に戻ってきた。大学二年の12月、フィギュアスケートの全日本選手権の直前の追い込み練習で軽い怪我をした。コーチなどから焦るなと言われたが、焦ったがために今度は大怪我をしてしまった。1年以上もリンクから離れ、合コンに行ったり就活をしたりしていたが、どうにも気持ちの整理がつかず、また戻ってきた。
幼馴染の川瀬光流とまた滑りたい―そんな気持ちもあった。共に柏木コーチの元で教わったが、今では川瀬はアメリカを拠点に活動するトップスケーターだ。今では、それまで絶対王者と言われ続けてきた神代琢也を追い越す勢いだ。川瀬も出場する全日本選手権に間に合わせたい―それまでになんとか、四回転ジャンプを。
井出将人は、和馬と同じ大学の新聞部員だ。もう四年生であり、就活もあって土日の潰れる取材には出たくないのだが、まだ後輩が育っていないからと頼まれている。一人で複数のスポーツを担当しなければならないルールで、井出はフィギュアスケートも担当していた。
今日は、大学に入ってからフィギュアスケートを始めた鍋島佳澄と、復帰した伏見和馬の取材が目的だ。伏見の復活は、周囲にとってはなかなかの驚きだった。あの怪我だ、あのまま引退するものだとみんな思っていた。まだ本調子ではないようだが、さすが伏見だ、華のある滑りを見せる。
選手生命が短く、若い時でなければ活躍できないフィギュアスケートで、1年もブランクのある和馬の復帰を軸に、彼の周囲の人間模様を浮かび上がらせていく物語。
なかなか面白い作品でした。僕個人としては、フィギュアスケートにはまったく興味はないけど(とはいえ、羽生結弦とか宇野昌磨とかは凄いと思う)、そんな超ド素人が読んでも十分面白く読める作品でした。
ストーリー的には、王道のスポーツ物語という感じで、特別何かがあるというわけではありません。ライバルがいて、でもいろいろわだかまりもあって、挫折があって、そこからの復活、そして大舞台―というような感じです。
とはいえ、扱われているスポーツが、フィギュアスケートという、あまり小説として描かれることがないスポーツである、という点が、本書を面白くしている一つの要因だろうとは思います。
スポーツ小説で描かれるのは、チームスポーツであることが多いけど、フィギュアスケートは個人戦だし、練習場所が「スケートリンク」しかないという非常に大きな制約があるので、学校に所属していても、練習場所のスケートリンクでの繋がりの方が強い。技術だけではなくて「表現」までもが採点に反映されるというのは、小説で描かれるスポーツとしてはなかなか珍しいでしょう。また、フィギュアスケートの不可思議さの指摘で最も面白いと思ったのが、「プロよりもアマチュアの方が技術がある」ということ。確かにその通りだけど、そんな風に見たことはなかったので驚きました。
野球やサッカーと言った、よく小説の題材となるスポーツと違った特徴を持つフィギュアスケートが描かれているという点が、本書をただの王道スポーツ小説にしていないな、という感じがしました。描こうとしてもチームの一体感は描けないし、技術力ではない部分はお金の掛け方によって大分差が出てしまいもする。そういう条件の中では、むしろ「王道スポーツ小説」を描く、ということがなかなか難しいという側面もあるかもしれません。
物語のメインとなるのは、和馬と光流と柏木コーチの関係だ。この三人がどのようにこれまで練習を積み重ねてきて、そしてどんな理由によりバラバラになったのか。そこが物語を支える核になっている。和馬にとって光流は、幼馴染でもあり、かつてのライバルでもあり、そして信頼するコーチがわだかまりを解消できないでいる相手でもある。そういう複雑え絡み合った感情の中で、和馬は純粋に光流ともう一度滑ることを望む。本書では光流についての描写はあまり多くはないが、光流がどんな人間であるのかちゃんと分かっているからこその複雑な葛藤みたいなものもあって、勝負の世界で生きていくことの難しさみたいなものを感じさせてくれる。
また一方で、1年間フィギュアスケートから離れていた和馬には、フィギュアスケートの外の友人というのも少しは出来た。そこのかかわり合いみたいなものも多少描かれる。和馬にとって彼らとの関係は、「フィギュアスケートを外側から見る」という経験になった。ある意味ではその経験があったからこそ、和馬はリンクに戻る決断をした、とも言えるかもしれない。
また、競技者である和馬だけではなく、取材者である井出も、フィギュアスケートを外から見る人物として魅力的に描かれる。特別フィギュアスケートが好きなわけではない井出は、フィギュアスケートという競技を非常に奇妙なスポーツだと捉えている。井出が抱く違和感は、フィギュアスケートが特別好きなわけではない人間の視点に寄り添うものなので、井出の感覚には共感できる部分が多い。それでいて、取材者としてはまっとうでありたいという気持ちを持つ井出の熱意や振る舞いみたいなものからは、人間としての魅力が滲み出る。競技に真剣に取り組むものとどう関わっていくべきか―その真剣さが感じ取れるからこそ、井出の存在感はとても大きい。
物語の本筋とはあまり関係ないが、興味深いと思ったのは、フィギュアスケートが以前と比べて格段に人気スポーツになったが故のひずみみたいなものが描かれる部分だ。世間の認識と競技者側の認識のズレがかなり大きく、その差みたいなものに和馬が違和感を覚えるような箇所がいくつかある。(もちろん僕を含めた)世間は、それがどんな物事であれ、ごくごく一部だけを見てあれこれ言う。その背後にどんな広がりがあるのか想像してみる機会はあまりない。仕方ないとはいえ、その辺りの感覚の差にどうしても落胆してしまう部分はあるだろうなぁ、と感じた。
全体的にとても読みやすく、また、ニュースで大きく取り上げられるけど実のところよくは知らないフィギュアスケートの世界をざっと教えてくれる、なかなか面白い作品でした。
碧野圭「スケートボーイズ」
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