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最後の証人(柚月裕子)



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正義の物語である。
そして、正義はいくつも同時に存在しうることを示す物語でもある。

正しいこと、というのは決して一つではない。
何故なら「正しさ」というのは、ある「軸」に対しての評価でしかないからだ。同じ物事であっても、違う「軸」で評価すれば、「正しさ」は変わる。

正しい行動が、常に正しさを導くわけではない。より正確に言えば、自分の「軸」にとって正しい行動が、誰の「軸」にとっても正しいなどということはあり得ない。

「正しさ」は常に複数あるからこそ、法律という「軸」を決め、その「軸」に則って「正しさ」を判断するというやり方を、人間は社会の中で採用するようになった。それが、裁判だ。

このやり方は、理想的に実行されれば、社会を運営していく上で間違いのない方法だと僕には感じられる。あらかじめ「軸」を定めておく。そして、その「軸」に沿って常に正確に善悪を判断する。人によって「正しさ」が違う、という前提を受け入れれば、そういう異なる「正しさ」を持つ者同士で社会を作るとすれば、こういうやり方しかあり得ないだろう。

しかし問題は、理想的に実行されているのかどうか、という点だ。どれほど素晴らしい仕組みであっても、きちんとした運用がなされなければ無用の長物だ。

これは、原発の議論に似ている。僕は、原発についての賛否を聞かれたら、こう答える。「技術には賛成だが、運用する人間には反対だ」と。原発を支える科学技術は、理想的に使われるなら有用のはずだ。どんな技術であっても危険性はゼロにはならないし、起こりうる悪影響も起こる前にはっきりと捉えることは難しい。危険なものであればあるほど、科学技術はその安全を確保するための何かを導き出すし、理想的に使われるのであれば、危険性はかなり低く抑えることが出来るはずだ。

しかし、いくら科学技術が優れていても、それを利用する人間がお粗末では意味がない。福島第一原発事故を僕は、技術の敗北とは捉えていない。そうではなくて、人間の愚かさが引き起こしたものだと思う。特に原発の運用には、政治が絡んでくる。科学で制御出来るかもしれないものが、政治の介入によって制御不可能になる、という想定は容易い。

法律や裁判も、理想的に実行されれば素晴らしい仕組みだが、しかし理想的でない使い方をする者が必ず出てくるからこそ、正義であるはずのものから不正義が生まれることになるのだ。

不正義と直面した時、僕らはどうするべきだろうか?

理想的な「正しさ」で言えば、僕らは正義の側に立ち続けてその不正義を糾弾し続けなければならないだろう。そのことを否定するつもりは毛頭ない。しかし、不正義は時に、正義を貫くべき者によっても生み出される。そして正義を貫くべき者が不正義を起こした場合、その不正義は隠匿される可能性が高い。

そういう場合、僕らに出来ることはあるだろうか?

それでも正義を貫くべきだ、と言葉で言うことは簡単だ。誰にだって出来る。しかし、そうはいられないからこそ、様々な悲しみが生み出されるのだ。

本書には、「正義を貫くべきだ」と考える3組の面々が登場する。彼らは、それぞれ立場も状況も違う中で、ある場所で垣間見えることになる。それぞれが、それぞれなりの正義の貫き方をぶつけ合い、そうすることで始めて、闇に葬られたかに思えた真実に光が射すことになる。

やはり「正義」や「正しさ」は難しい…と、本書を読んで改めて感じらせられるのだった。

内容に入ろうと思います。

中野に事務所を構える佐方貞人は、都内から新幹線で二時間ほど離れた地方都市である米崎市のホテルで起こった事件の弁護を担当することとなった。被害者は胸にナイフが突き刺さった状態で発見された。被害者には防御創があり、爪からは依頼人の皮膚が検出された。脱ぎ捨てられたバスローブには、被害者の血がついており、また内側からは依頼人の汗などが検出された。
現場の状況は、不倫関係にあった男女の間で諍いが起こり、依頼人が被害者をナイフで刺してしまった―そのことに疑いの余地はないと思われた。
佐方は、弁護を引き受けた。金銭の多寡ではなく、事件が面白いかどうかで弁護するかどうかを決める佐方には、この事件には惹かれるものがあった。確かに現場の状況は明らかに依頼人に不利だ。普通なら、裁判に勝てるはずがない。しかし―佐方の嗅覚は、この事件から何かを嗅ぎ取った。
一方で、ある夫婦の過去が描かれていく。高瀬光治・美津子夫妻は、幸せな日々を過ごしていた。光治は、周りから反対されながらも勤務医を若くして辞め独立、自身のクリニックが順調に進んでいる。美津子は家庭をしっかりと守ってくれるし、一人息子の卓にも恵まれた。幸せを体現している家族だ。
しかしそんな彼らに不幸が訪れる。事故で卓を喪ってしまうのだ。悲しみにくれる二人。しかし、どん底に突き落とされるのはまだこれからだった。卓と一緒に塾から帰っていた友人が、「運転手は信号無視をし、さらに酒臭かった」と証言したにも関わらず、卓を轢き殺した男は不起訴となった。どう考えてもおかしい。光治は、犯人が公安委員長であったことを突き止め、警察が仲間をかばうために不正を働いたと判断したが…。
というような話です。

これは面白い作品だったなぁ。ただの法廷ミステリではなく、ミステリの枠組みを使ってどこまで深く人間を描けるかにチャレンジしているような、そんな印象を抱かせる作品でした。

冒頭から、「これは何かあるぞ」と思わせる書きぶりや設定でした。詳しくは書かないけど、この作品は「何かやろうとしているな」(変な表現ですけど)という感じが凄くしてくるんです。もしかしたら、どこかのタイミングで分かる方もいるかもしれません。でも僕は、なるほどそういうことか!と最後まで読んで思いました。

正義を追い求める人間が3組登場する、という話を書いた。この3組について詳細に書いてしまうと、ネタバレを避けることが出来なくなるので止めるけど、その内の一人が正義に対してどういう感覚を持っているのか、という部分だけ抜き出してみたいと思います。

『自分が味わった理不尽な苦しみを、誰にも与えたくない。どのような理由であれ、罪を犯した人間は裁かれるべきだ。それが平等ということだ。それが社会の秩序を守り、ひいてはわが身を守ることになる、そう強く思った』

他の2組についても、置かれている状況は様々に違うが、彼らなりに正義を希求する気持ちを持ち、それをベースに行動している。正義を追及する、と言ってもなかなか難しい。いくつかの正義がぶつかり合い、正しさを主張する時、どれかの正義しか存続できないような気がしてしまう。

しかし、本書で描かれるのは、正義同士の戦いではない。物語上そう見えるのだが、実は違うということが後々理解できる。正義を問うための「正しい問い」を見つける戦い、と表現すればいいだろうか。

あまり物語に詳しく触れるとネタバレになってしまう、というのがなかなか難しくてモヤモヤした書き方をするしかないのだが、本書はミステリという物語の枠組みを借りることで、人間はどれほど絶望出来るのか、人間はどこまで正義を貫けるのか、人間はどこまでズルくなれるのか、人間はどれほど確信を持つことが出来るのか…など、様々な側面から人間を描き出そうとしている、と感じます。そこがこの物語の最大の魅力だと僕は感じました。

本書は、佐方という元検事の弁護士が物語の中心にいるはずなのだが(僕の知識が正しければ、本書は佐方を主人公とするシリーズの第一作目だと思う)、本書において佐方はほとんど出てこない。最後の最後、目の前の裁判をひっくり返すところでの出番はもちろん多いが、それまではあまり出番はない。それもなかなか珍しいタイプの小説だろうと思います。

そんな佐方が、時折口にする言葉が結構好きです。

『罪は代替できるものじゃない。その人間が犯した罪で裁かれなければ意味がない』

『誰でも過ちは犯す。しかし、一度ならば過ちだが、二度は違う。二度目に犯した過ちはその人間の生き方だ』

彼らの物語を通して、「正しく生きていく」とはどういうことか、そしてそれがいかに難しいのかを感じさせてくれる、そんな深みを持つ作品です。

柚月裕子「最後の証人」

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2013年の個人的ベストです。

小説

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4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)