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おめでたい女(鈴木マキ子)



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『今からあの人を心配しない練習をするのだ。そう決めた時から、心の中で離婚が始まりました』

自由に生きて行く、というのはなかなか難しいことだ。

僕はなんとなく、自由に生きるためには、大前提として二つのことが重要だと思っている。

1. 人に迷惑を掛けないこと
2. 自由であることを望むこと

前者は分かりやすいでしょう。どれだけ自由を追い求めようとも、それが他人の迷惑や実害になったりするのであれば、それは世の中から受け入れられる生き方にはならないでしょう。自由であるということは、他人の自由も尊重する、という前提に立たなければ成り立たない、と僕は思っています。

問題は後者です。自由に生きたいと思っている人が、本当に自由に生きることを望んでいるのか。これは案外難しい問題だろうなぁ、と思います。

自由というのは、近づいてみればみるほど理解しやすくなりますが、案外不自由なものです。矛盾するようですけど、そう思います。世の中には、縛られている自由、制約されている自由、というのも確実にあって、何かに囚われたままの自分でいる方が結果的に楽、ということもあり得ます。自由を求めているつもりでも、何かに囚われた生活に慣れている人は、自分を縛り付けるものの外側に出ていくことを本能的に恐れるのではないか―そんな風に感じることがあります。

『今ならわかる。やめてもいいことは、やめればいいだけです。それを選んだ時の自分は馬鹿だった、と認めれば済む。そして、この先も、馬鹿でいるのは嫌だと決めればいいのです。やっと自分の馬鹿に気が付いたのに、その馬鹿を直さないのが一番の馬鹿で怠け者です。わたしは預金通帳の残高を、九百二十三円にされたところで、そう思えたのでした。全く高くついたものです』

客観的に見れば、その状況はおかしいんじゃないか、そこから離れた方がいいんじゃないか、と感じられる環境にあっても、そこから逃れることはなかなか難しい。そしてそういう状況に置かれている人は、結構多いのではないかと思う。

DV、いじめ、虐待など、日常の隙間に隠されているような悲惨な状況下に置かれている人は、その環境から逃れる手段がない(あるいはないように思える)が故にその状況に甘んじるしかない。そうしてそこに居続けることで、そこから逃れられないという状態が当たり前のものになってしまうのだろう。

自由を求める人の多くは、「今ここではないどこか」を求めているのであって、それは「自由」でなくてもいいのだろうと思います。ただ、自分が今いる状況以外の「今ここではないどこか」をリアルに想像出来ないからこそ、「自由」という、漠然とした、しかし明らかに「今ここではないどこか」であろう場所を望むのだろうな、と思います。

本書の主人公は決して、「自由」を望んでいたわけではありません。破天荒(と一言で要約出来ない人物ですが)な夫との生活の中で様々な辛いことがありながら、主人公はなお夫との生活を続けたい、と考えます。明らかにそれは、「自由」でも、「今ここではないどこか」でさえもありません。そういう意味で、ここまでで「自由」についてあーだこーだ書いてきたことはある意味では的外れでもあります。しかし、僕は本書を、「自由」に気づくまでの物語、だと感じるのです。求めていたわけではない「自由」にたどり着くまで、そしてたどり着いてからを描く小説です。

主人公は、子どもの頃は母親から「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言われ、酔った父親からは殴られました。そして、17歳年上の破天荒な映画監督と出会い一緒に生活するようになってからは、お金のことも含めてあり得ない程のしんどい状況に何度も直面することになりました。ある意味で、自由に生きることを理解できないままずっと生きてきたと言えるかもしれません。ずっと暗闇の中にいた人が急に陽の光の元に出てきたように、自由を知る由もなかった人が自由と出会った時、それまでの人生を振り返ってどう感じるのか。それをおさらいしていくような小説なんだろう、と感じました。

僕はこの物語が、実話を基にしていることを知っている。どこまで事実なのか分からないが、細部はともかく物語の大筋は恐らく事実を基にしているだろう。だからこそ、主人公の感覚がリアルなものなのだと、余計に感じることが出来る。

内容に入ろうと思います。
五十嵐豊子は、映画監督の夫と離婚して、娘の宝子と二人暮らし。長男の昇太は、父親についていった。
才能ある映画監督として評価されている夫は、しかし人間としてはダメだった。少なくとも、夫としては。特にお金のことは大変だ。豊子は、映画監督という仕事はお金が入ってこない時期もあることは理解していたし、そもそも養ってもらおうという意識がないから生活はすべて自分で稼いだお金で成り立たせていた。それだけなら全然良かった。しかし夫は、金策に困ると泣きついてきて、その度に百万円単位のお金を要求した。豊子が離婚を決意したのは、マンションを買った残りの197万円、子どもの養育費や生活費のために取っておいたそのお金をすべて無断で飲み食いに使ってしまったことだった。勝手に使っておきながら悪びれもしない。もう無理だと思った。
夫の仕事のことは尊敬しているし、散々酷い目に遭わされても夫のことを完全に嫌いになることは出来ない。しかし、『わたしは、この人の妻であることが心底恥ずかしかった』という気持ちは拭えなかった。だから離婚を決めた。
とはいえ、離婚を決めてからも、ちゃんと離婚した後も、やっぱり夫は迷惑で愛すべき存在なのだった…。
というような話です。

僕自身は、本書で書かれていることが実話を基にしているんだということを知っているので、書かれていることを受け取ることが出来る。しかし僕は思う。本書を、実話を基にしているわけではない、純粋な小説として読んだ場合、どんな風に読まれるんだろう、と。そこが僕にはちょっと想像が出来ない。

豊子の判断や行動は、少なくとも傍から見れば非常に不合理で、何でそんなことしてるんだろう?と思えてしまうようなものだ。それは、豊子自身も自覚している。自覚していて、でもそうしてしまうのは、やはり夫に対するひとかたならぬ感情があるからだ。

『わたしは、夫には、なんとしてでも勝って欲しかった。このまま終わっていい人ではないからです』

『わたしは、あの人が困っているのを見るのが嫌でした。困っているから助けたかった。ただそれだけです』

『わたしは、あの人に買物をするのが好きでした。シャツや小物も変わった物、癖のある物を見つけると「似合うだろうな、喜ぶだろうな」と思って買うのが楽しかった。そして、実際よく似合うのでした』

この感情にどう名前を付けたらいいのか、本書を読んだ人はなかなか悩むだろうと思います。とても広い意味での「愛」と呼ぶことは出来るのだけど、純粋な愛情なのかと言うとそうではない。ここでは具体的には書かないけど、本書の中で主人公は、夫に対してこれでもかと罵詈雑言を繰り出します。しかし、そう思う一方で、夫に対する親愛の気持ちもあるのです。ありきたりですけど、やはりこれは「情」と呼ぶようなものなのかなと思いました。

この主人公の感覚を、どこまでリアルなものとして捉えることが出来るのか。そこのイメージがなかなか掴めないなと思います。主人公と似たような状況に置かれている人、置かれた経験のある人であれば凄く共感できるでしょう。しかし、そうではない場合、この主人公の言動にどこまで理解が及ぶのだろう、と考えさせられてしまいました。

主人公が色んなことをスパスパっと切り取っていく様は面白いと思います。主人公は、主人公なりの論理で、世の中の普通や当たり前を斬り、乗り越えていきます。価値判断を他者や集団ではなく、自分はどうか、という部分で判断していくというのは、なかなか出来ることではありません。主人公は、「普通の家族」や「当たり前の日常」みたいなものからいつの間にか逸脱してしまったわけで、その環境で生きて行く中で、その日常を肯定するために、普通や当たり前の方を変えていくしかなかったんだろうと思います。本書を読むと、僕らが普段当たり前だと思っていることが、案外当たり前のことでもないのだ、ということが理解できるでしょう。

本書の中でもう一つ興味深い話がありました。

『夢を持つということは、人間にとっていいことなのかどうか、わたしにはわかりません。夢なんてなくても人は、ちゃんと生きていけるのです。派手な夢がかなった人だけ、「夢は必ずかなう」と言いますが、わたしは夢がかなわなかった人を、たくさん知っています。夢より大事なことは、生きていくのに必要なお金を自分で稼ぐこと、やらなければならないことを一生懸命することだと思っています』

夢を持つことが、逆に生き方を制約するのだ、というのは僕も昔からずっと考えていました。夢が叶わなかった場合の人生までまるごと許容できるなら夢を追ってもいいでしょうけど、そうでもないなら、一つのことに自分の行く道を集中させない方がいいだろうと思います。また、夢を持つことで、夢が叶わなかったら不幸だ、という考えが生まれてしまうことにもなるでしょう。そんなものない方が、全体的には幸せになれるのではないかと持っています。

本書では、主人公の夫の周りに、俳優になりたいという夢を持った人が大勢集まります。彼らは、そんな夢を持ってしまったが故に、「夫の世話をする」という不毛な時間を過ごさざるを得なくなります。他人の善意を一片の呵責もなく受け取れる人間に対して奉仕することの無意味さみたいなものを、感じ取ることが出来る作品でもあります。持っている夢を捨てろとまでは思わないけど、夢なんか追わなくても生きていけるという考えを持つことは大事だろうなとは思います。

一人の女性が「自由」までたどり着き、しかし「自由」に生きることの難しさを体感する物語です。彼女ほど極端ではないにせよ、僕を含め多くの人が何かに囚われながら生きていることでしょう。そこからいかにして逃れるのか、そしてそもそも逃れることが正解なのか―そういうことを考えさせる物語だと感じました。

鈴木マキ子「おめでたい女」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)