重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち(ジャンナ・レヴィン)
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物理学という学問は、大きく二つに分けることが出来る。一つは、理論物理学、もう一つは実験物理学である。名前の通り、前者は理論を考える、そして後者は実験して証明するのだ。両方やる物理学者もきっといるんだろうけど、大体はどちらかがメインになってくる。
そして本書は、実験物理学者たちの奮闘の物語だ。だから、「重力波」に関する学問的な説明や、何故そういう予測が生み出されたのか、という背景的な話はほとんど出てこない。本書は、「レーザー干渉計重力波観測所(LIGO)」という超巨大施設が重力波を観測するまでの、実験物理学者たちの人間模様が描かれる作品だ。そういう意味で本書は、文系の人でも読める本だ(ところどころ、難しい話はあるし、イメージ出来ない実験施設の話が続くが)。
個人的には、理論がどう生まれたのか、という話の方が好きなので、そういう意味で僕の中ではちょっと劣る作品ではありました。けど、物理学の実験規模の変遷を考えた場合、こういうゴタゴタした人間模様は不可避なんだろうなということが感じられて面白いと思いました。かつて物理学の実験は、一人で自作出来るレベルのものだったのだけど、今では多数の科学者が寄り集まって協力して一つの成果を追い求めなければならなくなった。少し前に話題になった「ヒッグス粒子」も、そういう多数の科学者の協力の元で発見されたものだ。物理学者に限らず、科学に携わる人間は、その圧倒的な才能と比例するようにして個性の強い者も多い。そういう人間をいかに統合し、統合しようとして出来ず、あらゆる衝突や論争を繰り返しながら、それでも科学に携わる者として真実を掴み取る成果は得たいという共通認識がなんとか彼らを一つにしていく過程みたいなものが面白いと思いました。
本書で書かれている流れにざっと触れてみましょう。
まず、本書の副題にもあるように、「重力波」という概念はアインシュタインによって生み出されました。彼が発表した相対性理論の帰結として、「重力波」という存在をアインシュタインは予測したのです。説明は難しい(僕もちゃんと理解していない)ですが、僕はこんなイメージで捉えています(正しいかは分かりません)。大きな布をピーンを張った状態を想像してください。四隅の角を持って引っ張ってるイメージです。でその布に、屋上から大きな鉄球を落とす。すると、鉄球は布の上を何度かバウンドしながらやがて止まります。そのバウンドしている間、布は上下に揺さぶられます。この上下の揺れを「波」と捉えたものが「重力波」です。
このイメージを使うと二つのことが理解できます。一つは、鉄球が大きければ波も大きく、小さければ波も小さいということ。つまり、大きなエネルギーを持っているものがそのエネルギーを放出するような現象の際に、「重力波」は大きく発生するということです。またもう一つは、鉄球が落ちた場所から遠ければ遠いほど波は小さいということ。つまり、地球から遠く離れた現象であればあるほど、地球に届くまでに「重力波」は小さくなる、ということです。
さて、実際にはどれぐらいの大きさのエネルギーの現象の時に、地球にやってくる「重力波」はどういう挙動をするでしょうか。
まず、二つのブラックホールが衝突する場合のことを考えてみます。この時に放出されるエネルギーは、『太陽10億個分の一兆倍を上回る』そうです。では、そんな天体現象から発生した「重力波」が地球に届いたらどんなことが起こるのか。こちらの説明としては、「LIGO」がどれぐらいの精度で測定が出来るのか、という記述を引用してみます。『(L字の)片方の移動距離がたとえば陽子の大きさの一万分の一長いか短いかすると、移動時間に一兆分の一の一兆分の一の一〇〇〇分の一秒(10の27乗分の一秒)の差が出る』 「重力波」が、どれほど検出しにくいか、イメージしてもらえるでしょうか?
アインシュタインは、理論的に「重力波」は予測できるが、あまりにも小さすぎて測定することは不可能だろう、と言ったそうです。結局これが、相対性理論に関してアインシュタインが残した最後の予測ということになりました。
この「重力波」に、様々な人間が様々な形で関わります。その代表的な人物が、ライナー・ワイス、キップ・ソーン、ロン・ドレーヴァーの三人です。ワイスは「重力波」を検出するための「俳句のようなシンプルな干渉計」を思いつき、ソーンは「重力波」を理論的な側面から攻め、ドレーヴァーはお金の掛からない独創的で天才的な実験を次々に生み出していました。彼らは、「重力波」どころか、ブラックホールすらまだ実在が懐疑的とされていた時代に、いかにして「重力波」を検出するかをそれぞれ独自にアプローチしていきます。しかし、「重力波」がもし存在するとしても、あまりの小ささに規模の小さな実験施設では検出は不可能であると判断し、ワイス、ソーン、ドレーヴァーの三人は「手を組む」ことにします。しかし、この三人のチームワークは最悪だった。とにかく色んな人間関係のゴタゴタが起こったが、辞めさせられたり辞めたり新しく引っ張ってきたりというような形で、不本意な形で「LIGO」から手を引かざるを得なくなる者も出てきた。
そうやって「LIGO」は超巨大プロジェクトとしてなんとか体裁を整えていくのだけど、しかしこの「重力波」プロジェクトには忘れられがちな先駆者がいる。ジョー・ウェーバーである。ウェーバーは、かなり不遇の研究者人生を送ってきた。世紀の大発見にあと一歩のところまで近づきながら逃した、という経験を何度もしているのである。研究者としては非常に優秀だったが、運に恵まれていなかった。
そんなウェーバーは、独自に「重力波」の研究を進め、なんと「LIGO」の建設が始まる遥か以前に「重力波」を検出した、と発表したのだ。しかしこの成果は、すぐさま物理学の世界で受け入れられなかったどころか、非難が集中することになった。実際のところ、ウェーバーが観測したものが何だったのか、今となっては確かめようがない。しかし、「重力波」である可能性は低かったのではないか、と考えている者が多いようだ。僕も、そう考えるのが妥当な気がする。2億ドル以上のお金を掛け、1000人以上の科学者が関わる実験装置(LIGOのことだ)でようやく検出出来たものが、それがどれほど秀逸なものであっても、たった一人で組み立てた実験装置で検出出来たと考えるのはなかなか難しい。
ウェーバーが「重力波」を検出した、と発表したことは、実は「LIGO」の建設にも支障を来すこととなった。「LIGO」はあまりにもお金の掛かるプロジェクトであるが故に、予算を獲得するために政治と関わらざるを得なかった。しかし、ウェーバーの発表は、物理界のみならず、政界においても「重力波」への不信感を増すこととなった。「LIGO」建設には、こういう様々な障害が待ち構えていた。科学者が真理を求めて実験する、というだけではどうにもならないような、あらゆる種類の戦いに挑まなくてはならなかったのだ。
しかし、その成果は報われた。2015年、アインシュタインの相対性理論が発表された1915年からちょうど100年後に、「重力波」は検出された。これによって、今までは間接的にしかその存在が証明されていなかったブラックホールも実在が証明されることとなった。
「重力波」がこれから天文学をどう変えていくのか。新しく生まれる「重力波天文学」では、これまでは見ることが出来なかった宇宙の姿を見ることが出来るかもしれない。これまでは、「光」によって宇宙を捉えていた。望遠鏡などの観測装置は、すべて「光」を捉える仕組みである。しかし、ブラックホールなど、光では捉えられない天体も存在する。宇宙の全質量の94%は、「ダークマター」「ダークエネルギー」という「光では捉えられないもの」だという話もある。「重力波」は、「光」が通り抜けることが出来ない場所もすり抜けることが出来るので、「重力波」を使うことで僕らは新たな「目」を手に入れることが出来ると期待されているのだ。
こういう奮闘が、僕たちの世界を押し広げていくのだ。「重力波」が何に役に立つのか、という問いは愚問だ。例えば、アインシュタインの相対性理論だって、相対性理論に並ぶ重要性を持つ量子論だって、生まれた当初は現実の役に立つものではなかった。しかしやがて、相対性理論はカーナビの技術に、量子論はテレビの技術に不可欠なものだと分かってきた。数学の世界で言えば、誰もが学校で習うあの因数分解が、僕らの日常を支える暗号技術に応用されているのだ。「重力波」も、今はまだその真価を理解できないかもしれないが、いつか僕らの生活にも関わってくる日が来るのではないかと思う。
ジャンナ・レヴィン「重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち」
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