屍人荘の殺人(今村昌弘)
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新人のデビュー作とは思えない、かなりレベルの高い作品だった。
鮎川哲也賞は、去年の「ジェリーフィッシュ~」も相当レベルが高かった。
賞全体のレベルが上がっているのかもしれない。
内容に入ろうと思います。
神紅大学に入学した葉村譲は、ミステリ研究会に入ろうとしたが、所属しているメンバーが古典的なミステリ作品を全然読んでおらず断念。そんな折に知り合ったのが、ミステリ愛好会の会長である明智恭介だ。会長と言っても部員は彼だけ、しかしミス研なんかとは比べ物にならない知識量であり、葉村はミステリ愛好会に入ることになった。そこで、勝手に学食にいる生徒の昼食を推理する、などという無益なことをしている。
明智は、謎解きに魅入られているようなところがあって、空気も読まずにあちこち首を突っ込んでは探偵役を張り切っている。とはいえ、大した活躍はしていない。そんな明智が、映画研究部の夏合宿の話を聞き及んできた。何でもOBの親が持つペンションをただで開放してくれるとのこと。事件の匂いがするから是非参加したいと言って聞かないのだが、映画研究部の部長である進藤に何度頼んでも断られている。
そんなある日、喫茶店でお茶をしていると、美女が二人の元にやってきた。剣崎比留子と名乗った彼女は、是非とも映画研究部の合宿に潜り込みたい、自分と一緒ならOKしてもらえるはずだから、という奇妙な話を持ちかけてきた。すぐさま明智はその話に乗り、葉村と剣崎の三人で合宿へと向かった。
ペンションに集まった男女は、どことなく歪な感じであった。部長の進藤が美しい彼女を連れてやってきたのはいいとして、それ以外の女性メンバーも、タイプこそ違うが美女揃いだ。一方で、OBとその友人だという三人は、なんとも嫌な雰囲気を醸し出していた。去年の合宿でトラブルがあったらしい、という話を葉村たちは聞いている。きっとこのOBたちに関係しているのだろう。
ともかく合宿は始まった。ショートフィルムの撮影、バーベキュー、そして肝試しと進んだところで、とんでもない事態が勃発した。誰もが予想だにしなかったある状況により、彼らはペンション内部に隔離されるような形になってしまったのだ。
今すぐというわけではないが、確実に命の危険にさらされている彼らは、なんとかこの状況を生き延びるために協力することにした。恐怖から自室に立てこもってしまったペンションオーナーの息子である七宮はともかくとして、どうにか生き残った葉村たち、部員たち、管理人の面々は、長い長い夜を過ごしていた。
翌朝、事態はさらに急展開を迎える。なんと部長の進藤が部屋で何者かに殺されていたのだ。これは奴らの仕業なのか…。しかしそう考えるのにも不自然だ。ではペンション内部の人間の仕業なのか…。しかしそれもおかしい。
彼らは、究極的なクローズドサークルの中で、不可能な殺人を犯す者と共に生き残りを掛けたサバイバルを行うが…。
というような話です。
これはよく出来たミステリだな、と思いました。これから読む人のために、彼らが何故「クローズドサークル」にいる状況に陥ってしまったのか、その理由はここでは書かないのだけど、ここで書けないことが残念なくらい、ちょっとぶっ飛んだ状況が描かれます。
しかも、大抵のミステリで描かれる「クローズドサークル」というのは、警察の介入を防ぐための役割しか担っていないことが多いです。しかし本書では、この「クローズドサークル」下でなければ起こり得ない殺人が描かれていくわけです。これがとても上手い。ただ単に「クローズドサークル」を作り出すためにこれだけのモチーフを持ち出してきたのであればさすがにそれはやり過ぎというか、必然性がなさすぎるでしょう。しかし本書の場合は、「クローズドサークル」の原因が殺人と見事に結びついている、という点が見事だと思いました。
物語の作り方的には、西澤保彦の作品群に近いものがあります。人格が転移するとか、時間を繰り返してしまうなど、西澤保彦の作品にはそういうメチャクチャな状況下で起こる事件が描かれます。それらを、その世界の論理に沿って謎解きしていく、という形。本書も構造としてはそれに近いのだけど、しかし大きく違うのは、SF的な設定に逃げていない、ということです。いや、本書もSFと言われればSFかもしれないのだけど、起こりうるかどうかで言えば、起こりうると思えてしまうものです。少なくとも、西澤保彦の作品よりは格段に起こりうるといえるでしょう。ほぼあり得ないが、現実世界で絶対に起こらないとも言い切れない状況を作り出すことで、作品にリアリティが生み出されているように感じました。
ペンション内部でどんなことが起こるのかは、是非本書を読んで欲しい。「クローズドサークル内における殺人」というミステリの定型を微妙に外してくるような設定とか、外的要因があまりにも異常過ぎて、「殺人」という状況にあまり過敏に反応できていない様子などは面白く描かれていると思います。探偵役の体質とか、葉村と剣崎のやり取りとか、葉村の吐いた嘘とか、そういう要素も全体的に凄くよく描けているなぁ、という感じがしました。
全体的に凄く良かったのだけど、とてもとても細かなところでちょっと残念だったところがあります。ミステリの場合、最終的に犯人や犯行状況を絞り込むために色んな設定が必要になってくるんだけど、それらの一部がちょっとこなれていない感じがしました。一例を挙げると、「七宮は潔癖症」という情報が比較的最初の方で出て来るんだけど、これは後々、ある状況を排除するための条件として使われます。なるほど、ここで絞込みをするために、七宮には潔癖症という設定が必要だったのか、と思えてしまったのが残念でした。仕方ないとはいえ、そういう描写が多少目につくと、「物語にとっての駒」みたいな見え方になってしまうように思うので、そこだけちょっともったいないかなという感じがしました。
とはいえ、まあこんなのは難癖レベルの些細な話で、全体の完成度はとても高かったと思います。何よりも、繰り返しになるけど、「クローズドサークル」の原因がペンションで起こる殺人と密接に関わってくる、という状況設定が見事でした。そして、決して設定の妙だけで押し切るような作品ではなく、状況や人間の描き方もとても上手かったと思います。読んで満足できる一冊です。
今村昌弘「屍人荘の殺人」
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