政治的に正しい警察小説(葉真中顕)
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内容に入る前に一つだけ。
本書は6編の短編が収録された短編集なのだけど、基本的には1作も警察小説はない。だから、タイトルに惑わされないようにして欲しい。
内容に入ろうと思います。
「秘密の海」
出会いはネットのブログだった。彼女は「トラヴィス」と名乗り、男の振りをしていた。世の中のあらゆる事柄を憎み、自殺をほのめかすその内容に思わずコメントした。そこからやり取りが始まり、会うようになった。そして縁がないと思っていた結婚をした。子どもが出来たからだ。
僕は両親に虐待されながら育った。それでも、両親のことが好きだった。けれど両親はある日突然いなくなった。僕は施設で育ち、それからも不遇の人生を歩んできた。そんな僕に子どもが出来た。不安はよぎる。自分はこの子を虐待せずにきちんと育てられるだろうか?
僕は時々思い出す。両親が連れて行ってくれたあの「秘密の海」のことを…。
「神を殺した男」
私は、「将棋年鑑」という書物に、紅藤清司郎の奇跡を振り返る記事を書くことになった。26歳の年齢制限までに奨励会を抜け出してプロになることが出来なかった私は、今はライターとして糊口を凌いでいる。
紅藤清司郎は、将棋界に燦然と輝くスーパースターだ。12歳でプロ棋士となり、17歳で七冠制覇という異形の強さを誇っていた。プロの中で強いと言われる者であっても勝率は6割台、ごく稀に7割に届く者がいる、という中で、紅藤清司郎の通算勝率は9割7分。他の追随を許さないとはまさにこのことだ。
しかしそんな紅藤清司郎は25歳でこの世を去った。なんと、同じくプロ棋士であり、紅藤清司郎に次ぐ実力を持つとまで言われていた黒縞治明によって殺されてしまったのだ。同じ部屋で自殺していた黒縞治明は遺書で、「紅藤がいる限りどのタイトルも獲れない。だから神を殺す」と書いていた。将棋界ではこの話はタブーであり、もちろん将棋年鑑の取材で紅藤の妻・毬子に取材をする際も、事件のことなど聞くつもりはなかった。
しかし、毬子さんから話しだしたのだ。本当に黒縞は、紅藤がいたらタイトルが獲れないなどという理由で殺したのだろうか、と…。
「推定冤罪」
浦川克巳は、無事釈放された。漫画家仲間であり、浦川の才能を高く評価しているナガサワタクトらの声掛けにより支援者の輪が生まれ、ここまでこぎつけたのだ。ナガサワタクトの方が一般に知られた漫画家だが、彼は浦川の方が漫画家としての表現力などは圧倒していると考えている。
浦川の自宅近くで、少女が無残な姿で殺されていたのがことの発端だ。不運というかなんというか、その事件は、浦川が少し前に発表していたマンガと近いものがあったのだ。事件に酷似した絵を、現場の近くにいる漫画家が描いていた―浦川は、ただそれだけの理由で疑われ、拘束された。
物証や目撃証言などは存在せず、弁護士もこの状況で起訴まで持ち込めるはずがない、と楽観視していた。しかし、想定外の事態が起こり…。
「リビング・ウィル」
松山千鶴は母から、祖父が意識不明の重体だと連絡を受け病院に向かう。行動的で、感性も若くて、千鶴は仲良くしていた。しかし、同じように祖父にかわいがってもらっていた従姉妹の早苗はまだ来ていない。早苗は昔とは大きく変わってしまった。
祖父はこのまま植物状態になるかもしれない―そう言われた時、千鶴は祖父がかつて言っていたことを思い出した。自分が植物状態になったら延命はしないで欲しいと言っていた。しかし…
「カレーの女神様」
一人の青年が、たまたまオープンしたばかりのカレーショップ<CURRY SHOP VISHNU>にやってきた。カレーと言えば思い出すのは母親が作ってくれたカレーだ。秘密の隠し味を入れたというとびきりのカレーを食べさせてくれた翌日、母親は姿を消した。それからは、親戚の家で育ててもらった。
カレーショップで恐ろしく美人な店員さんに出してもらったカレーは、驚くことに、母親が最後に作ってくれたのと同じ味がした。まさか…。
「政治的に正しい警察小説」
小説家の浜名湖安芸は、フリーの編集者である郭公鶴子と喫茶店で会った。何度投稿しても落ち、これで最後と決めて最大の力を込めた作品でデビュー。デビュー作が高く評価され、その後作品も順調に出版している浜名湖ではあるが、それまでの作風をなぞっているだけのような気がして、自分なりに行き詰まりを感じている。鶴子から連絡があったのはそんなタイミングのことだった。
鶴子は浜名湖に、警察小説を書いて欲しいという。どんな依頼かと思えば警察小説か、と思った浜名湖だったが、鶴子の依頼は少し違った。それは、「政治的に正しい警察小説」を書いて欲しいというものだったのだ。その時代その時代の「当たり前」が無自覚に差別的な表現となっている事例は多々ある。それらをすべて排除し、どんな方向から見ても先入観も差別的な視点もない「政治的に正しい警察小説」を書いてくれないか、というのだ。
なるほどこれは面白そうだ、と思った浜名湖は早速挑戦する。案外するすると書けてしまったが…。
というような話です。
なかなか面白い作品でした。かなりバラエティに富んだ作品で、一冊で色んなタイプの物語を楽しめます。とはいえ全体的には、ちょっとブラックだったり皮肉っぽかったりするような話が多いと思います。
個人的に好きなのは、「カレーの女神様」と「政治的に正しい警察小説」です。
「カレーの女神様」は、なるほどそう来るか!という感じでした。最後まで読んで、なるほどこれはよく出来てるなぁ、という感じがしました。具体的に書けることは少なくて、こういうボヤッとした感想になってしまうんだけど。味覚に自信のない僕としては、「大分昔に食べたカレーの味を覚えているのか?」みたいな些末な疑問を抱いてしまったんですけど、全体的には好きです。一気に物語のテイストが変わるところとか、素晴らしいなと思いました。
「政治的に正しい警察小説」は、なんというか実にシュールな物語だなと思いました。なんとなく筒井康隆を彷彿とさせる感じです(とはいえ、筒井康隆の作品はそこまで読んだことありませんが 笑)。著者なりの「政治的に正しい(PC)」小説を書くのだけど、ことごとく鶴子氏にダメ出しをされる。そのダメ出しの仕方が、主人公の浜名湖と同じく、なるほど確かに即答では反論出来ないようなものが多いなぁ、という感じがしました。鶴子の指摘は明らかに過剰だし、そんなことを言っていたら小説なんかまるで書けなくなっちゃうんだけど、それならどの程度まではいいんだ?みたいなところを考え始めるとドツボにはまりそうだな、と。
「政治的に正しい(PC)」という概念をこの小説で初めて知ったんだけど、これはなかなか面白いなと思いました。本書では「十五少年漂流記」の例が引き合いに出されているのだけど、なるほど分かりやすい。確かに、100年後200年後の視点から現代を見るのはほぼ不可能に近いんだろうけど、可能な限りそういう視点を排除していくというのは、小説という創作でやるべきかどうかはともかく、生きて行く上で持っていた方がいいだろうなと思いました。
その他の話についてもざっと
「秘密の海」は、巧いなと思いました。「神を殺した男」は、理屈では理解できるけど、推測のみでこれを結論とする終わらせ方はちょっと厳しい気がしました。「推定冤罪」は、現実が歪んでいく感じが面白いですけど、個人的にはあと一歩という感じがしました。「リビング・ウィル」は、なんとなく予想通りだったかなという感じです。
葉真中顕の作品を全部読んでいるわけではないんだけど、基本的には「社会はミステリー」と呼ばれる作品を書いています。そういう意味では、本書のような小説は結構珍しいだろうと思います。葉真中顕の新しい一面が見れる作品ではないかなと思います。
葉真中顕「政治的に正しい警察小説」
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