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賢く生きるより辛抱強いバカになれ(稲盛和夫+山中伸弥)



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本書の中で、一番印象的で共感できて、そして多くの場面で役に立つのではないかという発言がある。

山中伸弥「私自身には独創性はあまりないんですね。何か独創的な実験をしてくださいと言われても、たぶん世界中で10人は考えているようなことしか出てこない。ただ、結果的に独創的だと言われる実験ができたのは、独創的でない実験をして、予想していなかった独創的な結果が出てきたときに、そこでやめてしまわずに、独創的な結果のほうの研究をやりだしてしまう。そうやって研究テーマがころころ変わってしまったのですが」

本書は、「京セラ」「第二電電(現KDDI)」などを創業し、「JAL」の再建にも携わった経営者・稲盛和夫氏と、iPS細胞の発見によりノーベル賞を受賞し、生物学研究の世界的トップランナーとして活躍する研究者・山中伸弥氏の対談だ。

二人の縁は、稲盛氏が創設した「京都賞」を山中氏が受賞したことにある。実際にはその6年前、山中氏が稲盛財団から研究助成金を受けた時に関わりが出来たのだが、実質的には京都賞からだ。京都賞は、「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である」という考えの元、優れた研究者や芸術家を顕彰する賞であり、現在ではノーベル賞の登竜門となる国際賞のひとつとして認知されている。山中氏を初め、京都賞を受賞した後にノーベル賞を受賞した研究者は6名もいるという。

そんな二人が、様々なテーマについて語り合う。本書のタイトル「賢く生きるより辛抱強いバカになれ」は非常に秀逸だと僕は感じる。決してそういう内容の話ばかりしているわけではないのだが、この対談全体を通じて感じることは、まさにこのタイトル通りのことだ。冒頭の引用も、その一つだ。

「独創的ではない実験で独創的な結果を得て研究テーマが変わる」というのは、山中氏がiPS細胞を発見した経緯にある。

山中「私の場合はiPS細胞を発見するまで紆余曲折がありました。というのも、血中コレステロールの研究をしていたら癌派生に関係する遺伝子を見つけてしまい、この癌に関係する遺伝子を研究していたときに発見した新しい遺伝子がじつは万能細胞であるES細胞の重要な遺伝子だったことがわかりました。このような予想外な結果に興味を持ってしまって、そのまま追いかけていったら、最終的にiPS細胞にたどり着いたという流れなんです」

ごく普通の研究者であれば、自分が行った実験が自分の研究テーマに沿わない結果を生んだ時、止めてしまうことも多いそうだ。あくまでも、テーマに固執し、そのテーマに関係する実験を新しく考えてやる。しかし山中氏は、テーマの方を捨てることにした。山中氏は自身のことを「独創性がない」と表現し、それはある側面では正しいのかもしれないが、「独創的な結果を追うためにテーマを捨てる」という選択は、研究者にとってはなかなか独創的な選択だったのだろうと思う。

iPS細胞の発見には、山中氏が共に研究をしていた高橋和利氏が大きな貢献をした。彼の面白いアイデアによって、iPS細胞に必要な4つの遺伝子を絞り込むことが出来たのだけど、山中氏の研究室にやってきた高橋氏は正直、学校の成績が高くない、決して優秀とは言えない生徒だったという。しかも彼は、工学部出身。分子生物学の知識はほとんどない、という状態だった。けど、結果的にはそれが良かった。先入観なく実験結果を見ることが出来たから。

著者は当初この実験を、別のメンバーにやってもらっていたらしい。そのメンバーと高橋氏を比較したこんな発言も、まさに本書のタイトルを象徴するようなエピソードだろうと思う。

『実際、このプロジェクトを奈良先端大のラボで始めたとき、もっと経験のある他のメンバーにやってもらったんです。でも彼はものすごく頭が良かったのですが、手が動かないんです。このプロジェクトはうまいこといくわけないからと、気がつくと違うことをやっている。それで京大に移ることになったときに話し合って、彼は留学することになったので、代わりに高橋君にやってくれるかと。そのとき、私が高橋君にこっそり言ったのは、このプロジェクトはたぶんうまいこといかないと思う。でも人に言うなよと。これで結果が出なかったから、僕はもう研究者ではいられなくなると思うし、君も当然いられなくなる。しかし大丈夫だと。僕には一応医師免許があるから、どこかで小さなクリニックでもやって高橋君を受付として雇うから心配はいらないと。』

この発言に対し高橋氏は、『ほんとうに僕がやってもいいんですか』と喜んだという。頭の良し悪しでは判断できない部分に能力や適正がある、という話だ。

これは、稲盛氏も同じようなことを言っている。自身が創業した京セラも、幹部は『辛抱強いバカばっかりが残ったな』と稲盛氏が評するような、一流大学卒ではない者ばかり。能力だけある人間はさっさと転職していったという。また、JALの再建に際しても、一流大学卒の優秀な幹部たちの意識を変えることが大変だったと語る。『80前のじいさんが何を言ってるんだ』と顔に書いてある面々に対して懇々と自身の哲学を説き続け、改革をしていったという。

稲盛氏は、『人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力』と捉えていると語る。並び順は、重要度であり、つまり「能力」は最も重要度が低い。「熱意」と「能力」は「0点~100点」、そして「考え方」は「-100点~100点」で判断する。そして、仮に「能力」が低くても、「考え方」と「熱意」があれば、「能力」だけ高い人間よりも優れた成果を残すことが出来るのだ、という方程式だ。僕の感覚としてもこれは分かる。地頭の良さが得意な範囲というのは、確かにあるのだけどそう広いわけではない。「能力」以外に何が必要なのかというのは色んな意見があっていいと思うけど、「能力」だけでは決して成果を生み出すことは出来ないだろうな、という感じはする。

稲盛氏の言葉も、非常に力強いし響くものがあるんだけど、冷静に考えると「自分には無理だよなぁ」と思えてしまう。ちょっとハードルが高い。例えば稲盛氏は、『やると決めたら悩まない』と発言する。そしてそこには明確な理由がある。

稲盛『私心は不純物ですから、いくら大義はあっても、そこに私心があればうまくいかない。私心がなく動機が善であれば結果は気にしなくても自ずとついてくる。私はそう信じています』

著者は、大義があればどんな困難にも立ち向かえる、と語る。第二電電(KDDI)の創立も、JALの再建も、周囲が「絶対に無理だ」というほどの高いハードルだった。しかし著者は、そこに大義を見出し、さらに、自分の中に私心がないことを繰り返し確認する。決断する前にそういう過程を経ているからこそ、一度決断して進み始めたら悩まないのだ、という。

凄いなぁ、と思うのだけど、これは真似出来ないなぁ、と思ってしまう。本書の中で稲盛氏は、京セラや第二電電という会社が生まれた過程や、JALの再建のために何をしたのか、という具体的な話をし、さらにそれに邁進出来る自身の哲学みたいなものも語るのだけど、そのどれもがハードルの高さを感じさせてしまうものだった。そういう意味で言えば、山中氏の言葉の方がより親しみを感じることが出来ると思う。

本書では山中氏が、研究の楽しさと厳しさを語る。臨床医から研究者になった山中氏は、マニュアル通りにやらなければならなかった臨床医とは違い、何をやっても良い自由度がある研究者という仕事に楽しみを見出した。しかし、「苦しんでいる人を救いたい」という気持ちから臨床医になった著者としては、研究者として日々自分が少しずつ積み重ねている成果が果たして患者さんを救うことになるのか、と思い悩んだ日々もあったという。そういう経験を踏まえ、山中氏は今、『研究者や職員たちがモチベーションを維持しやすくすること、それが今自分がするべき仕事だと考えています』と語る。かつては自身もトップランナーとして研究していたが、現在は一歩引いた立場で、チームの監督として全体を見回し、自分が走るのではなく他人を走らせる役割を担おうと考えている。

また、日本の研究者の地位の低さや、有期労働契約に縛られ安定的な雇用が望めないなど、環境面での厳しさも語る。日本の研究者のレベルは間違いなく世界トップクラスだが、研究職に魅力を感じて身を投じてくれる若い人がいなくなれば先細りになる。そういう危機感を山中氏だけではなく、多くの研究者が感じているという。

本書は、経営者と研究者という立場の違いはありながらも、どちらも世界のトップランナーとして走り続け偉業を成し遂げてきた者が様々なテーマで語り尽くす。本書から何を感じ取るかは読む人次第だろうが、経営者でも研究者でもない人にも意味のある対談だろうと思う。本書は、究極的には「人としてどう生きるか」を問う内容になっていると思うからだ。

稲盛和夫+山中伸弥「賢く生きるより辛抱強いバカになれ」

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6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
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18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年の個人的ベストです
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)