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少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語(一肇)



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向こう側に行けてしまう人間に、憧れることがある。
程度は、あまり問わない。しかも、主観的だ。あくまでも、「僕が壁を感じていること」を「容易く乗り越えているように見える人」のことを指している。

時々、そういう人間と出会うことがある。勉強でも芸術でも遊びでも人間関係でも仕事でも何でもいい。普通越えられないように感じられるハードルを、難なく乗り越えてしまう。

そういう時、自分の小ささを感じさせられる。

僕自身は、理性で自分を抑えつけてしまうことが多い。常に、自分を含めた物事を客観的に見てしまう癖がある。自分ではない自分が、いつでも自分を監視しているようなイメージだ。そして、そのもう一人の自分が見ていて「恥ずかしい」と感じてしまうようなことが、なかなか出来ない。

『圧倒的な才能というのは、他者すべてをいち観客にしてしまう。そこには嫉妬も何もない』

そういうものが欲しかった、と思う。僕は、生まれ変わったら数学者か将棋指しになりたいと思っている。しかも、圧倒的な才能を持つ数学者か将棋指しだ。誰も捉えたことのないような数学世界を数式で構築したり、誰も見たことがないような神の一手を指したりしたい―切実にそう感じてしまうことは、やはり時々ある。

ただやはり、「欲しかった」というような態度では、そもそもダメなのだろう。

『天才という言葉は、天才と呼ばれる人々に対する最大の侮辱なのです』

そう、そのことは、頭では理解できる。

天才と呼ばれる人たちは、それこそ圧倒的な努力をしているのだ。何も努力せず、天賦の才のみで圧倒的な成果を出し続けられる人はいないだろう。確かアインシュタインだったと思うが、「才能とは、努力できる天才のことである」というようなことを言ったという。確かにそうなのだ。「才能」という贈り物が外部から挿入されるのではない。努力し続けるその動きの過程そのものが「才能」と呼ばれる、ということなのだ。

『カメラには、努力だけでは行けない領域がある』

もちろん、これも一面の事実ではある。努力だけではどうにもならない。自分の内側に何かの可能性を見出すこと、そしてその可能性を大きく広げるだけの努力をし続けられること、その可能性が生み出す成果を形にし世に問い続けられること―。そうしたすべてが才能であり、才能を生むための努力なのだ。

『確かに僕は、才条三紀彦の放つ光の強さに引かれた人間のひとりである。その為に高校時代のほぼすべてをやつに侵食され、やつの使い走りとなり、やつの映画の手伝いをひたすらさせられた。それについて恨むことはない。楽しかったし、出来上がった作品も素晴らしいものであった。むしろその充実した日々には感謝したいほどである。
だが、やつは東京へと消えた。凡人たる僕に正体不明の熱を宿し、僕の人生に軌道を曲げたあげく、唐突にこの世からも消え失せてしまった。』

才能がいつ開花するか、それは分からない。だから、自分の内側に才能はないと諦めてしまうのは、いつであっても早い。早いがしかし、自分の内側の才能が見つからない以上、どう生きるかを考えなければならない。どんな生き方もあり得る。しかし、圧倒的な才能を持つ者の側で、その煌めくような光を浴び続けながら生きる―というのも、生き方としては悪いものではないのだろう。

そんな風に思わせてくれる小説だ。

内容に入ろうと思います。
十倉和成は、武蔵野にある中堅の私立大学である星香大学に通う一年生だ。熊本で二浪してまでもこの大学に入りたい切実な理由があった―ということだけを同宿である亜門次介に話してしまっていたようで、その理由を問い詰められる機会は何度もあったが、十倉はその理由を話さなかった。しかし、その切実さは実は、十倉が入学する時点で失われてしまっていたのだ。それ故十倉は、自分が思い詰めて必死の受験勉強の末に入学した大学であるというのに、日々凡庸とした日々を送っている。
彼が住んでいる友楼館は、かつて大学のあるサークルの部室であった。その名も、キネマ研究部。映画の撮影に情熱を燃やす者たちによる、ある意味吹き溜まりのようなサークルだ。
古い建物であり、建物中の音が伝わってしまうこの部屋にあって、十倉は最近大きな問題を抱えている。部屋の中のモノが無くなるのだ。「温子」と名付けた次姉が編んでくれたマフラーや、「武蔵」と名付けた100円ショップで買ったハサミが消え、ついには「どん兵衛」が盗まれた。「誰かいるのか―」誰もいるはずがないと思ってした誰何に、なんと押入れの真上の天袋のスペースから声が返ってきた。
黒坂さちと名乗った高校生のその少女は、なんと5年もその天袋に住んでいるのだという。今までよく気づかれなかったものだ。体調を崩し、「温子」と「武蔵」と「どん兵衛」を盗んだことを彼女は認めたが、十倉としてはもはやそんなことはどうでも良かった。このおかっぱの黒髪の美少女に魅せられていたのだ。
それからしばらく、十倉とさちの奇妙な共同生活は続くこととなった。さちの生活を心配した十倉が、高校生にも出来るアルバイトを探す―そんなきっかけから、二人の運命は流転していくことになる。
同じく友楼館に住んでいる久世一麿が、自分が撮る映画の主演をしてくれないかとさちにバイトを持ちかけた。そして一方で、十倉は、自分がこの星香大学に来た本当の理由を直視するようになっていく。
十倉が大学に入学する前、構内の建物から落下して命を落とした、高校時代十倉を映画撮影のために振り回し続けた才条三紀彦が最後に撮っていた映画のフィルムを見たことで、止まっていた十倉の時間が動き始めた…。
というような話です。

なかなか面白い作品でした。ザ・青春小説、という感じの作品で、言い回しやキャラクターの感じが森見登美彦を彷彿とさせる、と言えば、大体どんな作品かイメージはつくでしょう。映像にしたら面白そうな感じの作品です。

外枠は、よくある青春小説みたいな感じですが、中身はなかなか骨太です。本書で描かれているのは、「芸術に人生を捧げることについて」と言ってもいいと思います。学生の分際で人生を捧げるなどとは大げさ、という感じもするでしょうが、確かに彼らは、「映画を撮る」ということに人生を捧げている、あるいは捧げようとしているなと思います。

芸術というのは全般的に、向こう側に行ってしまった人間が、こちら側の表現方法で向こう側を描き出す、そんな側面があるような気がします。だから、本当に歴史に残り、人々の琴線に触れるような作品を生み出すためには、向こう側に行くしかないのだと思います。しかしそれは、努力だけではどうにもならない。努力なしではたどり着けないだろうが、ただ努力するだけでは無理なのだ。たどり着ける者とたどり着けない者がいる。

作中で才条三紀彦は、たどり着けた者として描かれます。彼の遺作となった、未完の映画「少女キネマ」は、観る者を皆震えさせるような衝撃を伴うような映画だったわけです。

だからこそ、多くの者は、特に十倉は「何故?」と思う。才条の死は自殺か事故なのか判然としなかったが、とにかく、何故これほどの映画を撮りながら死んでしまったのか、と誰もが思うのだ。

物語の大きな軸は、才条の死と「少女キネマ」という未完の映画に関わるものだ。まさにここでは、芸術とは何か、芸術に身を捧げるとはどういうことか、というようなことが、決して小難しくなく、エンタメの皮をうまく被りながら描かれていく。

そしてもう一つの軸は、黒坂さちだろう。天袋に住み続けているという謎の少女だ。十倉は彼女に惚れ込んでいるが、父の「女は魔性だ」という言葉が刻まれているが故に、思い切った行動が取れない。とはいえ、心温まるようなささやかなやり取りは日常の中であり、その積み重ねの中で十倉の想いはふつふつと膨れ上がっていく。

さちとの邂逅と、才条が遺した「少女キネマ」が、十倉の人生を大きく動かしていくことになる。それまで十倉の人生は、ほぼ止まったままだったと言っていいだろう。本書のラスト付近まで読み進めれば、よりそう実感出来ることだろう。止まったままの人生を、彼は周りにいる個性的な面々と関わることで過ごしていく。その生き方も、決して悪くはない。しかし十倉は、才条という男の存在を知ってしまっている。普通であれば覗き見ることが出来ない世界の入り口に立った男のことを知ってしまっている。やはり、その魅力に抗うことは難しい。

この物語は、十倉が重い重い腰を上げるまでを描く物語だ。映画が嫌いだ、と公言していた十倉が、その発言を撤回するかのような行動を取るまでに、どんな葛藤があり、どんな後押しがあったのか。その過程で様々なことが描かれるが、僕が好きなのはベスパというバイクの話だ。壊れたベスパをただひたすら修理する、というだけの無為な時間を小説で描き続けるのだけど、それが十倉の人生にとってはなかなか重要な転機となる。重要なモチーフや出来事を、そうとは感じさせないように登場させながら、ただの日常として描いていく、みたいなテイストは結構いいなと思う。

若さが全開にほとばしる、疾走する青春小説、と言った感じの作品です。

一肇「少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語」

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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9位 山本弘「詩羽のいる街
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
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3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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