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あなたの人生の科学(デイヴィッド・ブルックス)



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本書を一言で説明しろ、と言われたら、たぶん僕は断るだろう。それは不可能だからだ。しかし、どうしてもと言われれば「脳科学の本だ」と答えるかもしれない。もう少し踏み込んで、「無意識についての本だ」と答える場合もあるだろう。

しかし、そういう説明では、本書の大半はこぼれ落ちてしまう。

別の説明をしてみよう。本書は、一つの大きな物語である。本の分類としては、間違いなく「理系ノンフィクション」というような括りになるだろう。書店でも、そういう売り場に置かれるに違いない。しかし本書は、間違いなく物語でもあるのだ。

まずはその辺りのことから書いていこう。

『だが、この本で語られる成功や幸福は、もっと深いものだ。問題とされるのは、心の奥底の部分である。無意識の感情や直感、偏見、自分でも気づいていない願望、その人の心が生まれつき持つ癖、社会からの影響など。これらはみな、私たちが日頃、「性格」と呼んでいるものに大きく関係している。そして、深い意味で人生に成功するためには、その性格がとても大事なのである。他人とうまく関わっていける性格かどうか、それが鍵となる』

ある意味で本書は、「人生の成功法則」が書かれている本であるとも言える。しかし、「人生の成功法則」と聞いて一般的にイメージするような本ではない。本書には、具体的にこうした方がいいというような提言はあまりない。あるにはあるが、それが作品のメインにはならない。また、テーマが容易にはコントロールできない「無意識」に関係する以上、分かりやすい行動を提示できない。

『心の中で、私たちが自分で意識している部分は実はほんのわずかしかなく、大部分は意識の下にある。そして、思考や意思決定の多くも、この意識下の心でなされている。幸福な人生を送れるかどうかも、多くは意識下の心のはたらきで決まるのである』

このことを、僕は他の本を読んで知っていた。「あなたの知らない脳 意識は傍観者である」という本だ。非常に刺激的で、人間に対する認識を大きく変容させる本なので、是非読んでみて欲しい。

僕たちは普段、様々なことを「自分」、つまり「意識」によって決めていると思って生きているはずだ。夕食に何を食べるのか、誰と旅行に行くか、結婚式場をどこにするか、何色の靴下を履くか…などなど、日常は決断の連続だ。そして僕たちは、自分の「意識」によってそれらの決定をしていると思って生きている。

しかし、脳科学の研究が進めば進むほど、実はそうではないのだということが明らかになってきた。

『意識は、無意識のした仕事の結果を私たちに伝えるために物語を作り上げるという、それだけが意識の仕事だというのだ』

実際に、ほとんどの決定は「無意識」によってなされている。これは、ここ最近の脳科学の研究によってかなり明確に明らかになってきた事実だ。僕たちが「意識」によって決定を下していると思っている様々な事柄は、実は僕たちの「意識」に上るずっと以前に「無意識」によって決められてしまっている。「意識」は、「無意識」の決定を「僕たち」に伝えるための役割を担っているに過ぎない、というのだ。

『ただ、長年、勉強を続ける間、私は何度も繰り返し同じことを思っていた。それは、脳や心の研究者たちが人間というものについて驚くべき洞察をしているにもかかわらず、彼らの研究結果は世の中一般に有意な影響を与えていない、ということだ』

本書を執筆した著者の問題意識は、まずここにあった。それぐらい、脳に関する最近の知見は驚くべきものであり、そしてそれらが驚くほど僕らに伝わっていないのだ。

『これまで、無意識は不当に低い地位に置かれてきたと思う。その状況を変えたいという気持ちもある。人類の歴史の中で、多くの人が知っているのは「意識の歴史」である。意識だけが自らの歴史を文章に残すことができたからだ。内側の無意識の世界で何が起きていたのか、それはまったく知らないまま、意識は自らを主役であると信じて疑わなかった。実際にはまったくそうではないのに、あらゆることは意識の力で制御できるはずと思い込んでいたのだ。自らが理解できることだけを重視し、それ以外は無視する、それが意識の世界観だった』

「無意識」の役割について知るようになれば、「意識の歴史」がいかに薄いものであるのかが理解できるようになるだろう。僕たちは、自由意志(これをどう定義するかは難しいが)によって生きてきたはずなのに、実は「無意識」という操り糸によって動かされるだけの存在だったというのだ。僕は、先に挙げた「あなたの知らない脳 意識は傍観者である」という本を読んでその事実をあらかじめ知っていたので驚きは少なかったが、それを初めて知った時には本当に驚かされたものだ。

『私がこの本を書いた最大の目的は、読者に無意識の役割を知ってもらうことである。人間が幸福になる上で、無意識がいかに重要な役割を果たすか、それを知ってもらいたいのだ。私たちの日々の行動は、無意識の世界で生じる愛情や嫌悪などの感情によってかなりの部分が決められてしまう。つまり、この無意識の感情の扱い方によって、私たちが幸福になるかどうかがほぼ決まってしまうと言ってもいいのだ』

ここまで言われてしまったら気にならない人はいないだろう。そして本書を読めば、「無意識」というものがどれだけ人生に大きく影響を与えるのか、実感することが出来るだろう。

そして、そういう実感を与えられるように、本書は物語の形式で提示されるのだ。

『私は、この本をあえて物語という形で書いた。それは、無意識の世界があまりに多面的なためだ。無意識については、様々な分野の多数の研究者が調べている。分野が違うので、それぞれが、無意識という暗い洞窟の違った場所に光を当てている。どうしても理解が断片的なものになりがちだ。しかも、その成果の多くは、学問の世界の外にいる一般の世界の人には知らされない。私は、そうしたばらばらの研究成果を何とか統合し、一般の人にもわかりやすくしたいと思った。そのための手段として物語が有効だったのだ』

本書には、ハロルドとエリカという男女が登場する。彼らは生まれ、子ども時代を過ごし、大人になり、出会い、結婚し、成功し、引退し、死を迎える。両親がどんな人物であったのか、生まれた土地柄はどうだったのか、学校で出会った友人はどうだったか、どんなコミュニティに属していてそこでどんな振る舞いをしていたのか…。本書では、そうした様々な細々した事柄を描き出す。そしてその過程で、彼らの人生を題材としながら、最新の研究結果を挟み込んでいくのだ。

『危険な試みであることは言うまでもない。脳や心についての研究はまだ初期段階にあり、その成果には異論も多い。しかも、私は研究者ではなくジャーナリストである。(中略)
それでも、私はこれを十分に取り組む価値のある仕事だと考えている。神経科学者や心理学者たちの過去三〇年間の洞察は本当に重要だからだ。政治や社会、経済、そして私たち一人一人の人生を大きく変える力を持っていると言えるだろう。私は、それをできる限り科学的妥当性を損なわないように気をつけて書いた。同時に、多少異論のあること(まったくないことは珍しいが)に関しても、思い切って、ある程度断定的に書いている』

著者は、自身の限界をきちんと理解している。研究者ではないが故に、踏み込んだ記述をしない。しかしその代わりに、ジャーナリストであり研究者ではないというある種の開き直り(と書くと語弊があるかもしれないが)によって、研究者であれば断定できないようなことを断定的にも書いている。もちろん、こういう書き方には賛否両論あるだろう。とはいえ、物語という形式を採用した時点で、一般的な理系ノンフィクションの枠組みを外れている。かっちりとした研究成果を読みたければ、個別に追うことは出来る。しかし本書は、人間の一生に影響を与える様々な事柄について一冊の本で描ききるために可能な選択をした、と捉えるべきだろう。そういう意味で、面白い試みだと思ったし、有意義な本ではないかと感じた。

本書の内容について、これ以上書くことは難しい。ハロルドとエリカの人生は、誕生から旅立ちまで、かなり細かく描かれていく。その合間合間に、最新の知見が挟み込まれる。どこかを切り出して提示する、ということがなかなか難しい本である。

しかし一つだけ書きたいことがある。「無意識」の凄さを実感してもらえるだろう話だ。

「盲視」と呼ばれる現象があるという。

『無意識の知覚の中でも特に驚くべきなのは、おそらく「盲視」という現象だろう。(多くは脳卒中が原因で)脳の視覚野を損傷した人は、意識の上ではまったく目が見えなくなる。(中略 そういう人に対する実験の詳細が描かれる) 色々な図形が描かれたカードを次々に見せ、どの図形かを当ててもらうという実験もその一つだ。見えていないはずなのに、かなり高い確率で図形を当てることができる。意識の視覚は失われたが、どうやら無意識がその後を引き継いでいるらしいのだ』

本書には、こういう様々な研究結果が、ハロルドとエリカの人生に並走するようにして描かれていくのだ。

本書は僕たちに、人生において何を重視すべきなのかを教えてくれる。具体的にどうすればいいのか、という研究こそまだ追いついてはいないのだが、結局僕たちが幸福になるためには「無意識」を良い方向に育てていくしかない、という結論になる。そう考えることで、日常的な様々な行動が変わっていくのではないかと思う。

デイヴィッド・ブルックス「あなたの人生の科学」



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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
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