ルビンの壺が割れた(宿野かほる)
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内容に入ろうと思います。
本書は、フェイスブックのメッセージのみで構成された異色の小説です。
水谷一馬という男が、ある日送った一通のメッセージ。そこからすべては始まる。水谷は、歌舞伎関係のサイトでたまたま「未帆子」という名前を見つけた、と書き、そこから「結城未帆子」という女性のフェイスブックページにたどり着く。水谷には、この「結城未帆子」が、あの女性であるという確信が最初からあったわけではない。けれど、彼女であって欲しい、という気持ちから、そのページから分かる限りの情報を手に入れようとした。そして、恐らく彼女であろう、という確信を得てから、メッセージを送るのだ。
当初、返信はなかった。水谷は、それを当然のことだと受け止めつつ、何度かメッセージを送る。やがて、「未帆子」を名乗る女性から返事が返ってくるようになる。
水谷は、結婚式の日に何故式場に現れなかったのか、今でも理由が分からない、と書く。そして、それを殊更に追及するでもなく、かつて同じ大学の演劇部で演出家と役者という関係だった過去について語る。自身に生い立ちや許嫁についても話していく。「未帆子」もまた、かつて付き合っていた頃には明かさなかった話をいくつか水谷に披瀝する。
そうしてやがて、ルビンの壺が割れる。
というような話です。
なかなか評価の難しい作品だと感じました。
僕が本書を読み終えて、一番最初に感じたことは、「何か足りないな」ということです。正直、何が足りないのか、はっきりと指摘できるわけではないのだけど、どうも何か足りない感じがする。これは、物足りない、というのとはちょっと違う。物語としてはうまくまとまっていると思うし、一定以上の面白さはあると思う。ただ、何か足りない。
無理やりその足りなさに理屈をつけるとすれば、「未帆子」が何故返信したのか、という点に絡んでくるのではないか、という気がする。この点については、この感想の中で詳しくは触れないが、非常に重要なポイントではないかと感じるのだ。最後まで読み終えた者には、この疑問はなんとなく理解できるだろうと思う。
いや、まったく分からない、というつもりはない。「未帆子」の意図は、分からないでもないのだ。けれど、そうしなければならない必然性が、「未帆子」にあったのかと考えると、どうだろうか、と思えてしまう。そこは、やはりちょっと弱いのではないか。であれば、「フェイスブックのメッセージのみで構成する」という部分を捨てて、そのやり取りをしている水谷と「未帆子」を描く、という選択肢もあったのではないか、という気もする。もちろん、本書の「フェイスブックのメッセージのみで構成する」という試みは、一定の驚きとインパクトを与えていると思うので、成功していると言えると思うが、何故返信したのか、という部分を説明する上ではなかなか難しくなってくるように思う。
そこにリアリティが感じられないと、二人のやり取りが絵空事のように感じられてしまいそうで、ちょっともったいない気がする。かつて付き合っていた頃の話とか、許嫁の話とか、演劇時代の話、「未帆子」が秘密にしていたことなどは、本書を読む読者にとっては必要な情報であり、楽しむべき物語ではあるのだが、それらをこの二人が今やり取りしている、ということの意味がぼやけてしまう。少なくとも、「未帆子」の側にはそんなやり取りをする必然性はないのだ。最後まで読めば、水谷が「未帆子」にメッセージを送った理由は明白に理解できる。しかし「未帆子」が水谷に返信した理由は、あくまで想像することしかできない。ちょっとそこがもったいないように思う。
しかし、その点の違和感さえ気にしなければ、確かによく出来た小説だと思う。「ルビンの壺が割れた」というのは、水谷と「未帆子」がかつてやって演劇のタイトルだが、本書全体を表すものとしても秀逸だ。確かに、物語のラストで、ルビンの壺が割れる。そして、そこに至るまでのやり取りの運び方がなかなか良くできていると思う。
「未帆子」が演劇部で並み居る先輩を押しのけて主役を勝ち取った話や、水谷の許嫁にまつわる話など、どう考えてもただの昔話や言わずにいた懺悔でしかない話が、物語全体に絡んでくる。ラストの展開を知ってから彼らのやり取りを読み返してみると、ある種の闘いのような緊迫感を感じられるかもしれません。
たぶんこの感想を読んでも、どんな話なのか全然想像出来ないでしょうが、細かな部分を気にしなければかなり面白く読めるのではないかと思います。
宿野かほる「ルビンの壺が割れた」
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