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十三階の女(吉川英梨)



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「共謀罪(テロ等準備罪)」が審議されていた頃、「この法律が通れば、日本は監視社会になってしまう」という批判が出ることが度々あった。しかしそれに対して、「共謀罪が成立しようがしまいが、既に日本は監視社会なのだ」と反論する人もいた。

僕は、具体的な実態こそ知っているわけではないが、後者、つまり既に日本は監視社会なのだ、という意見の方が正しいのだろう、と思っている。だからと言って、共謀罪に賛成というわけではないのだが。

公安警察という存在は、以前から小説を読んで知っていた。彼らがどんなことをしているのかも、小説で描かれる範囲のことならなんとなく知っていた。あるいは、CIAやMI6やKGBなど他国の諜報機関の実際の話や小説などを読むこともあった。

表に出てくるそういう話のどこまでが現実を反映しているのか分からないが、そこで描かれていることが現実をまったく反映していない、と考えるのも難しい。

元CIAの職員で、「CIAが世界中の通信を傍受している」という機密情報を暴露して世間を騒がせたスノーデンの映画も見たことがある。「スノーデン」と「シチズンフォー スノーデンの暴露」という映画だ。スマホやパソコンで何らかの通信をしていれば、世界中どこにいてもアメリカの監視対象になり得る―。僕たちはそういう社会に生きていることを自覚する必要がある。

ここで僕自身の、「未然に防ぐべきとされている犯罪(テロなど)」に対する考えを書いておこう。

僕は、そういう犯罪を未然に防ぐことは、諦めるしかないのではないか、と考えている。もちろんそれによって多数の死者が出る。社会に大きな影響を与える。しかし、それを「人間がやったことである」と捉えるから憤りを感じるわけで、同じだけの影響を自然災害が与えたとしても、同じような憤りを感じることはないだろう。結局、それが人間による行為なのか自然による脅威なのかという違いだけで、僕たちはいつだって命を落としてもおかしくない世の中で生きているのだ、と思うしかない、と思うのだ。

もちろんこの態度は冷たいし、人為的なものと自然災害を同列に並べることの無意味さを指摘されもするだろう。それは僕も十分に分かっている。しかし、そういう犯罪を防ぐためにどれだけの犠牲が払われているのか、ということを思う時、簡単に「テロは防がなければならない」とは言えない。

本書で描かれていることはまさにそういうことだ。起こるかもしれないテロを防ぐために、国家に忠誠を誓った(誓わされた?)者たちが、自らを犠牲にしてまで国家を守ろうとする。その功績は表に出ることはない(何故なら、捜査の過程で違法な行為を数々行っているからだ)。「共謀罪」は既に成立したが、この法律が運用されるようになったところで、盗聴や監視に対する国民の嫌悪感はすぐには薄まらないだろうし、恐らく永遠に消えることはないだろう。であれば、仮に「共謀罪」の成立によって、今まで違法とされていた行為が合法だということになっても、国民感情を考えた時に、やはりその行動は表に出せないという判断が下るだろう。結局彼らの功績が表に出ることはない。

重大事件を未然に防ぐ、ということの背景にはそういう、職務として個人を犠牲にして国家を守ろうとする者たちの想像を絶する奮闘がある(はずだ)と思う。

僕たちは、自然災害を起こらないようにするための努力はしない。もちろん、起こってしまった時の被害を最小限にするために努力や工夫は日々行われているが、自然災害を起こらないようにすることなど出来るわけないのだから、そこに注力することはない。テロなどの犯罪は、事前に努力すれば防げる可能性はもちろんある。しかし、そのために膨大な労力が必要とされるし、その過程で様々な個人が犠牲になる。その犠牲は、表向きなかったことにされる。テロを防ぐことで目に見える犠牲者を減らすことは出来るが、テロを防ごうとする過程で目に見えない犠牲者が数多く生まれる。その不均衡さを僕たちは無条件で許容して良いものなのだろうか、と僕は考えてしまう。

未然に防ぐべき重大な犯罪があるし、それらや防がれるべきだ、と考え方は分からないでもない。しかし僕たちは、それを実現するために膨大な犠牲が生まれるのだということを自覚しながらそう求め続けなければならないのだ、と本書を読んで改めて感じさせられた。

内容に入ろうと思います。
黒江律子、28歳。警視庁公安部公安一課三係三班所属の巡査部長だ、表向きは。実際の“奉公先”は公安部ではなく、「十三階」だ。
「十三階」は、警視庁直轄の諜報組織であり、全国都道府県警察に所属する公安警察官たちの中でも、ほんの一握りの優秀な者だけが呼ばれる特別な講習を経て、この部隊の構成員となる。末端作業員たちの活動内容は限りなく非合法に近く、時に完全なる非合法活動も厭わない。黒江は、万が一の時には性を売る覚悟で作業に臨んでいる。
その日も、作業玉(情報提供者)に女として迫り、重要テロ情報をさらりと手に入れる―予定だった。当初の作戦行動通りに行かず、事態は最悪の形で終結する。やがて黒江は、自分が防げたかもしれないテロの発生を知り、しばらくして「十三階」の現場から離れた。
身内に起こったある出来事をきっかけとして、「十三階」に黒江を引き入れたかつての上司・古池慎一から、「十三階」に戻ってこないかとアプローチされる。古池は黒江の才能をいち早く見抜き、「十三階」のメンバーとして黒江を育て上げてきたが、一方で古池・黒江はお互いに複雑な感情をもつれさせる関係でもあり、時にそれが作業に影響を及ぼすこともある。
黒江は、自分が防げなかったテロを起こした「名もなき戦士団」を追い詰めるために「十三階」に戻ってくる。黒江はかつてのテロ映像を分析し、やがてそこに一人の女の姿を見出す。後に「スノウ・ホワイト」と呼ばれる、恐らくテロの首謀者と思われる美しい女を、黒江は執念で追い詰めるが…。
というような話です。

これはかなり面白い作品でした。公安警察を扱った作品はあるし、「十三階」の前身とされる「チヨダ」や「ゼロ」を扱った作品もあります。そういう中で本書がずば抜けているのか、それは僕にはうまく判断できませんが、小説としてのリーダビリティは相当なものだと思います。

本書の主人公を女性に据えたことが、まず一つ大きな特徴でしょう。公安警察を扱った小説で女性が描かれないということはないでしょうが、警察全体でも女性警官は9%、公安警察となるとその数がさらに激減すると言われる中で、女性をメインに据えた作品というのはもしかしたら珍しいのかもしれません。その中でこの黒江という主人公は、女性性を前面に押し出しながら作業に当たる。女性であることを武器にする、という意味では、決して対男性だけに限らず、対女性の場面であっても自分の女性性をフル活用する。本書の読みどころの一つは、その「えげつなさ」だろう。

僕が本書を読んで感じたのは、恐らくこの「えげつなさ」は公安警察の実態として恐らく事実なのだろうし、そしてこういう「えげつなさ」を前面に押し出していかなければテロを未然に防ぐことが出来ない、ということなのだ。読みながら、こういう犠牲を強いてまでテロを防ぐべきだと、僕たちは本当に主張できるのか、ということだ。

また、作業以外の部分でも、黒江の女性性は描かれていく。主に、上司である古池との関わりにおいてだ。黒江は古池に対して恋心のような感情を抱いていることを自覚しているし、古池の方にもまったくそれはないということはない。しかし古池にとって黒江は、「十三階」の任務にとって非常に重要な存在であり、「十三階」としての黒江を手放すことが出来ない。それが分かっていながら、自分の内側の部分から古池に惹かれている自覚のある黒江は、上司との関わりで右往左往させられることになる。

『国家を守る、体制の擁護者としての最たる組織「十三階」の捜査員に、「個」はない。「十三階」に所属するための壮絶な警備専科教養講習の過程で、少しずつ「個」を消されていく』

そうやって「個」を失っていくのだが、しかし古池に対する感情だけはなかなか消せないでいる。作業における葛藤とは別に、黒江の一人の女としての葛藤もまた描かれており、それらが複雑に入り混じって混沌としていく。

女であるが故に、男以上に残酷にならざるを得なかったからこその葛藤。国を守るという壮絶な使命と、個人としてどう生きるのかという想いがごちゃごちゃになりながら、それでも自分にしか出来ない役割を全うしようと奮闘する女性と、彼女と共に国を守るために危ない橋を渡り続ける者たちを描く、非常にスリリングな物語だ。

吉川英梨「十三階の女」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)