黒夜行

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改革者 蘇我入鹿(町井登志夫)

歴史は勝者の記録だ、というのはよく言われることだ。だから歴史が嫌いだ、などと言うつもりはない。僕は歴史が嫌いだが、嫌いな理由は勝者の記録だからではない。歴史の授業で、「これこれこういうことが起こった」と説明されることが腹立たしかっただけだ。実際にそれが起こったかどうか、分からないではないか。事実、歴史の教科書に乗っている「事実」はどんどん変わっている。歴史の授業で、「こういうことが起こった可能性がある」とか「歴史は物語のようなものだ」みたいに教えてくれたら、こんなに歴史を嫌いにならなかったかもしれない。

まあそれはともかくとして、僕が「歴史」というものを考えるとき、自分では確かめる手段はないが興味深いことがある。それは、「インターネット」というものが出現して以降の「歴史」というのは、どのように記述されるのか、ということだ。

インターネットが誕生してまだ数十年。それは、教科書に載るような過去の出来事ではない。しかし時が経てば、今僕たちが生きているこの時代も、やがて教科書に載るようになるのだろう。

その時、「歴史」はどう記述されるだろうか?

これまでは、「物理的に書き記された記録」だけが歴史を記述する際のほぼ唯一と言っていい物証だった。だからこそ、「歴史」を「勝者の記録」とすることが出来たのだ。

しかし、インターネットが出現して以降は、「電子的に書き記された記録」も登場する。というか、そちらの情報の方が圧倒的に多いだろう。誰が勝者なのかも分からないような戦いがあちこちで繰り広げられ、また敗者であっても電子的な記録を誰でも残せる時代。相反する様々な情報が乱れ飛ぶ中で、一体どれを「正史」として歴史の教科書に載せるのか。

それを、誰が決めるのか?

これまで歴史家と呼ばれる人たちは、発掘したり古文書や古い資料なんかを当たったりして、歴史を紐解こうとしてきた。それには専門的な知識が必要で、そういう一部の人たちが何らかの協議なり議論なりをして、いわゆる「正史」と呼ばれるものが作られてきたのだと思う。

しかしこれからはどうだろう。現実のフィールドでの作業がなくなることはないだろうが、電子データを隅々まで漁ることも、歴史家に要求されるようになるのではないか。そうなった時、「歴史家」と呼ばれるためには何が出来る必要があるのだろうか?

そんなことをつらつら考えながら読んでいた。

内容に入ろうと思います。
西暦645年、飛鳥京大極殿にて蘇我入鹿が殺された。中大兄皇子と中臣鎌足によるこの事件は、「大化の改新」として知られる、歴史に疎い僕でも知っている程有名な歴史的事実である。歴史に疎い僕はそれ以上のことを知らないが、どうやら蘇我入鹿は、「謀反者」として斬り殺されたようだ。そうだったのか。とにかく、勝者(中大兄皇子、中臣鎌足)による記録では、そうなっているようだ。
しかし著者は、そうではないのではないか、と異を唱える。謀反者として斬り殺された蘇我入鹿こそが、倭国の将来を憂え、民のために尽くした権力者だったのではないか―。それが本書の主題である。
大化の改新の17年前、西暦628年。推古天皇が崩御した。問題は後継者だ。推古天皇は、後継者に田村皇子を指名したとされている。しかし、遺言で次の天皇が決まったなどという先例はなく、また様々な条件から本来相応しいのは、あの聖徳太子の息子である山背大兄王だろうということで、揉めているというのだ。蘇我入鹿には下らない、どうでもいい争いにしか思えなかったが、それぐらい世の中が穏やかになっているということだ。かつては大陸の脅威を常に意識し、摂政・聖徳太子、大臣・蘇我馬子、そして推古天皇という三人が完璧な布陣を敷き、大陸への備えを欠かさなかったものだが、今は皆がだれきっている。
そんな中蘇我入鹿は、父の命により、大陸(唐)を見聞してくることとなった。隋はあっけなく滅びたが、唐はどうか、その目で確かめてこい、ということだ。大陸に足を踏み入れた蘇我入鹿は、唐という国の恐るべき底力を目の当たりにする。皇帝である李世民を筆頭に、皆で国を作るのだという若い熱意に満ちあふれている。その途上で出会った高表仁とは敵味方というような単純には割り切れないような関係をその後も続けていくことになる。
幾度も死地を脱しながら唐から戻ってきた蘇我入鹿は、唐の脅威をまざまざと見せつけられ、倭国としてどう振る舞うべきか考え始める。韓半島の三国が緩衝地帯となっており、特に高句麗が落ちなければ倭国は安全だと思うが、しかし…。
というような話です。

なかなか面白い作品でした。しかし、同著者の「爆撃聖徳太子」と比較すると、どうしても差を感じてしまう部分もありました。以降は、「爆撃聖徳太子」との比較の中で本書を捉えてみたいと思います。

本書も「爆撃聖徳太子」もどちらも、歴史をそれまでとは違った捉え方をするという意味では同系統の作品です。本書では、謀反者だとされていた蘇我入鹿が実は改革者だったのではないかと。そして「爆撃聖徳太子」では、聖徳太子が実は奇人変人(しかしきちんと国を憂えた行動をしている)だったのではないかと捉えています。そもそも歴史が得意ではない僕は、蘇我入鹿にしても聖徳太子にしても、本来どう描かれているのかということをほとんど知らないので、実は意外性を感じるのが難しいのですが、しかし「爆撃聖徳太子」という作品はその点をするりと乗り越えたのでした。

何故なら、「爆撃聖徳太子」で描かれる聖徳太子は、本当に「ヤバイ奴」だったからです。聖徳太子がどんなことをしたのか知らない人でも、聖徳太子は「凄い人」「偉い人」という印象は持っているでしょう。僕も同じです。しかしそのイメージを完全に覆す描き方をしていました。聖徳太子について詳しく知らない人でも、「爆撃聖徳太子」を読めば誰でもギャップを感じられる、そういう内容でした。

しかし本書の場合は違います。僕は、蘇我入鹿がそもそもどういう人なのかという歴史的な描かれ方を知らずに本書を読みましたけど、本書で描かれる蘇我入鹿のどの辺りまでが教科書通りで、どの辺りが教科書から外れているのか、ということが(作品のせいではなく完全に僕のせいではあるんですが)分かりませんでした。だからこそ、本書を読んだだけでは、蘇我入鹿に対してギャップを感じることが難しい、ということになってしまいます。その点が、この作品を楽しむ上で障害になったな、と感じました。

また、そういうギャップを感じるかどうかという点を仮に除いたとしても、「爆撃聖徳太子」で描かれる聖徳太子と、本書で描かれる蘇我入鹿は、キャラクターとしての魅力度が圧倒的に違います。「爆撃聖徳太子」で描かれる聖徳太子は、仮にそれが聖徳太子でなくても(という表現は変ですが)、その振る舞い全体で魅力を放つ奇人変人だと思います。しかし蘇我入鹿の方は、基本的には実に真面目な性格で、そういう部分も蘇我入鹿に魅力を感じにくい要因かなぁ、と思いました。

また、「爆撃聖徳太子」では、視点人物が小野妹子だった、という点も非常に重要だったと思います。聖徳太子目線ではなく、聖徳太子にパシリとして使われる小野妹子視点で物語が進むことで、聖徳太子の異常さや、小野妹子のパシラれっぷりが、小説としての魅力を引き立てていると感じました。しかし本書の場合は、視点人物は蘇我入鹿本人。振り回されるような人物がいるわけでもなく、しかも蘇我入鹿の実直で真面目。そこに、小説としての魅力を感じるのは難しかったなと思います。

もちろん、だから本書がダメだ、というわけではありません。「爆撃聖徳太子」という作品があまりにも面白すぎるために、本書が一段低く見えてしまうのです。読む順番が違っていたら感じ方もまた変わっていたかもしれません。

「爆撃聖徳太子」でもそうでしたが、本書も「日本書紀」や「三国史記」の記述をかなり正確に取り入れているようです。とはいえ、そのほとんどが著者の想像の産物でしょうが、1500年近く前の時代の話を、まるで見てきたかのように活き活きと描く様は本当に見事で、歴史にまったく興味のない僕でも惹きつけられるものがありました。特に、大陸に渡った蘇我入鹿が経験する様々な戦闘は、スケールの大きなものから小競り合いまで様々で、面白いと思いました。

大陸の若さと強さを見た蘇我入鹿は、ひとり大陸を脅威に感じるのに対して、倭国の中で小競り合いを繰り広げる輩はもう緩みきっていて、蘇我入鹿が感じている深刻さに共感できない。その気持ちの差が、言動の差に繋がり、結果として価値観の致命的な断絶に繋がっていく。その過程が実に丁寧に描かれる作品で、エンターテインメント小説としてはどうしても「爆撃聖徳太子」に劣るものの、読み物としてはなかなか読ませる作品だと感じました。

町井登志夫「改革者 蘇我入鹿」

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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
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5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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1位 千早茜「からまる
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