土漠の花(月村了衛)
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内容に入ろうと思います。
ソマリアでの海賊対処行動に従事するジブチの自衛隊活動拠点に、墜落したCMF(有志連合海上部隊)連絡ヘリの捜索救助要請が入った。活動拠点から70キロの距離だが、ジブチ・ソマリア・エチオピアの三国が至近に接する国境地帯だ。海上自衛隊と共に派遣海賊対処行動航空隊を構成する陸上自衛隊第1空挺団は、ただちに捜索救助隊を編成し、現場へと向かわせた。現場では状況から、3人の乗組員は全員死亡と判断、遺体の回収は明朝ということになった。三台の車輛内で仮眠を取り、翌日に備えることになった。
とそこへ、複数の足音が近付く音。こんな場所で、こんな時間に何が…。やがて、英語で助けを求める女性の声が届く。ビヨマール・カダン氏族のスルタン(氏族長)の娘アスキラ・エルミとその縁者の女性二人は、ワーズデーン小氏族に追われていると話、保護を求めてきた。吉松隊長は、彼女らを避難民として保護することを決めたが、すぐさま襲撃を受け、多数の仲間が命を落とした。僥倖もあり、アスキラと共にその場を逃げ出すことが出来たものは、必死に走った。どうにか敵の追尾をまくことが出来たが、ここはソマリアだ。このままではどうにもならない。なんとか活動拠点まで戻らねば…。
<未だかつて戦ったことのない軍隊>である自衛隊が、ソマリアの氏族間の抗争に巻き込まれ、甚大な被害を負いながらも、不屈の精神で帰還を目指す物語。
というような話です。
これはスケールの大きな作品だったなぁ。実に面白い作品だった。戦闘シーンなんかは正直理解できない部分も多くて、その辺りはちょっと厳しいなと思ったけど、ストーリーが面白いので読まされてしまいました。
本書の読みどころは、とにかく、どう考えてもその状況はもうクリア出来ないでしょう、という状況を、多少の運もありながら、なんとか潜り抜けていく、という展開です。救助活動をするはずだった地点から逃げた彼らにどんな試練が待ち構えているのかは、ここで書いてしまうと面白くないので伏せるのだけど、次から次へとやってくる困難にどうにか立ち向かっていく姿は非常に読ませる。
本書で描かれる困難さの一つは、彼らが自衛隊である、という部分が関わっている。
『我々の任務は海賊対処行動であり、遭難機の捜索救助です。未承認国家の小氏族とは家、他国の紛争に介入することは許されていないはずです』
『我々に許されているのはジブチ国内の拠点警衛任務のみだ。それは海賊対処法でも明記されている。勝手に国境を超えるなど問題外だ。』
ここで、自衛隊の存在の是非なんかについてあーだこーだ書くつもりはない。色々思う所はないではないが、ここでは止めておこう。
代わりに、昔読んだ「アフガン、たった一人の生還」という本について触れよう。この本は、世界最強とも謳われる<米国海軍SEAL部隊>に所属する4人が、アフガニスタンでの作戦従事中にタリバンの兵士に襲われ、4人対数百人という壮絶な死闘の末、内1人だけがアメリカに生きて帰ることが出来た実話だ。
この本では、<交戦規則>というものが繰り返し描かれる。これは、「民間人は殺してはいけない」というアメリカ軍が定めたルールだ。彼ら4人は、一人の羊飼いを見逃したために、数百人のタリバン兵に襲われることになった。羊飼いは民間人だ。しかし彼らは、この羊飼いを見逃せば、羊飼いから話が漏れ自分たちが窮地に陥ることが分かっていた。しかし、<交戦規則>に縛られ、彼らは羊飼いを殺すことができなかった。そのために、世界最強のSEAL隊員の内3名が命を落とすことになったのだ。
そもそも「戦争」というものがいけないのだ、という意見は当然だと思う。しかし、人間の歴史を振り返って見た時に、世界のどこにも戦争がなかった時代の方が珍しいのだ。であれば、ルールに則って戦争をすべし、という発想になるのはやむを得ないことなのだろう。しかし、ルールというのは、現場感覚と基本的にはズレる。国際的に非難されないためにルールに則って戦争を行うのだが、しかしそれによってルールを守る者の命を危うくする。しかし、そのルールを破れば、国際的に非難される。その歪を、現場が丸ごと背負わされているのだ。
これは、自衛隊にしても同じだろう、と感じる。ルールを守らなければならないのは分かる。しかし、ルール通りにやれば自分たちの命さえ危うくなる状況など、戦場では山ほどあるだろう。そうなった時、どう行動すべきなのか。法律や規則は教えてくれない。あくまでも現場で判断し、現場の責任で動かなければならないのだ。その窮屈さは半端なものではないだろうと感じる。その辺りのしがらみも感じながら読んでみるといい。
本書の巻末に参考文献として挙げられているが、僕は以前「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」という本を読んだことがある。国家として国際的には認められていない「ソマリランド」に入っていき、その驚異的な国家(ではないのだが)運営を調べ尽くす本なのだが、この本を読んでいたから、ソマリアという遠く離れたアフリカの国にはなんとなく親しみがあった。いくつもの「氏族」と呼ばれるグループが群雄割拠する、まさに日本の戦国時代のような国だったりするのだが、その一方で、長老同士の話し合いによってありとあらゆる紛争が解決されてきた歴史を持つ国でもあり、ソマリランドを取材した高野秀行は、「これこそ究極の民主主義なのではないか」というようなことを書いていたような記憶がある。どちらから読んでもいいが、「土漠の花」を読んでソマリランドに興味を持った方は読んでみても良いと思う。ノンフィクションとしてべらぼうに面白い作品だ。本書の背景には、先進国がアフリカなどの発展途上国を蹂躙し、そこに住む者たちを混乱に陥れている現実が横たわっている。先進国に生きる人間として、ここで描かれている悲劇は、決して無関係ではないのだ。
本書は、物語としてはひたすら逃げて闘ってという話なのだが、その中で、自衛隊員同士の軋轢みたいなものも描かれていく。こちらも、本書の読みどころの一つと言えるだろう。
様々な人間に視点が切り替わる形で物語が進んでいくが、それぞれが生死を分かつような危機的状況にいながら、同時に、個人的な問題や葛藤と闘っている。生き抜くためには、生き残った者たちで力を合わせなければならないが、なかなか難しい。
友永芳彦曹長は、同い年で同じ階級の新開譲曹長に、自分でも言語化出来ないようなわだかまりを覚えている。優れた曹(下士官)を養成するための教育機関である工科学校をトップに近い成績で卒業した新開に対する僻みみたいなものがある。しかし、決してそれだけではない。ジブチ市街で物売りに対して「貧乏人が」と吐き捨てるように呟いた新開の姿を蘇らせる。他の言動も、友永にはどうにも許容出来ないものがある。吉松隊長亡き後、隊の指揮は友永か新開のどちらかが取らねばならないが、自信満々な新開に対して、臆してしまう部分のある友永は、新開のように振る舞えない自分の嫌気が差す部分もある。
友永は、由利和馬1曹と梶谷伸次郎士長の間にわだかまりがあることに気付いている。由利は、生涯安定していると言われる警務隊を自ら途中で辞め、第1空挺団にやってきた変わり者だ。何があったかは知らないが、口数は少なく、周りと打ち解ける雰囲気は感じられなかった。梶谷は機械全般に対する知識が豊富で、状況判断に長けている。この二人に一体何があったというのだろうか。
津久田宗一2曹は、射撃の上級検定で準特級という、警衛隊の中でもトップクラスの射撃の名手として知られていたが、いざ戦場に立つと、銃をまったく撃つことが出来なかった。空挺は活動拠点の警護と管理のために派遣されているだけであり、海賊との戦闘が想定されている海自とは違って、戦闘は想定外だ。しかしそれでも多くの者は、自分の身を守るため、あるいは仲間の身を守るために引き金を引いた。しかし津久田は出来なかった。自分が殺人者になることが、耐えられなかったのだ。津久田が撃っていれば仲間を救うことが出来たはずの場面がある。津久田は、そういう状況でも撃つことが出来ず、自責の念にも駆られる。津久田は、この戦闘中ひたすら自分自身と闘うことになる。
朝比奈満雄1曹や一ノ瀬浩太1士は、これまで挙げた者ほどの葛藤を抱くことはないが、彼らと共に逃げるアスキラの扱いをどうするかは、常に大きな問題だった。アスキラは早い段階で、彼らに隠し事をしていたことが明らかになってしまう。アスキラを信用しても良いのか…そういう葛藤は、隊の面々の中にしこりのようにずっと残っていた。何せ、すべての災厄を引き連れてきた、と言っていいのはアスキラだ。アスキラだって襲撃されて逃げてきた身であり、災厄などと呼ぶべきではないが、しかし彼らの仲間が無残に殺されたのはやはりアスキラがやってきたからだ。その中で、人間としてアスキラを救うべきだという気持ちと、規則として、あるいは自分たち隊員が生き残る確率を高めるためにアスキラを手放してしまいたいという気持ちとで揺れることになる。
こういう様々な思惑が絡み合って、彼らの物語は進んでいく。ソマリアという異国の地で、ほとんど武器を持ち出せずに逃げ出した彼らの決死の闘い、そして戦闘に従事する中で変化していく彼らの人間関係。それらが実にうまく入り混じり、極上のエンターテインメント小説に仕上がっていると感じました。
月村了衛「土漠の花」
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