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ビートルズを呼んだ男(野地秩嘉)



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内容に入ろうと思います。
本書は、ビートルズの初の日本公演の開催を実現させ、日本のみならず海外の音楽業界で絶大な信頼を得ている永島達司を中心に、日本の戦後や音楽業界の変遷、ビートルズ来日の際の混乱ぶり、永島以外の呼び屋など、様々なことが描かれていく作品だ。
著者は、この本の執筆のために、ロンドンに住むポール・マッカトニーにも取材を行っている。

『其の都市の春に長年連れ添った妻、リンダを亡くしたポールは、一切の仕事を止めロンドン郊外の自宅に引きこもった。散歩することすら稀で、一日のほとんどの時間を家の中で過ごしていた。もちろん、沈黙を守りインタビューを受けることもない』

著者がポール・マッカトニーを訪れた時の状況は、そういうものだった。

『ところが「永島達司とビートルズ来日公演について話を聞きたい」という私のFAXには「OK」の返事が来た
「タツ(永島達司のニックネーム)のためならいくらでも質問に答えよう」
彼はインタビューに何の条件もつけず、会う場所と時間だけを知らせてきた。
妻を亡くした悲しみのため友人との面会さえ拒んでいるポール・マッカトニーがそこまで信頼し、敬愛する男、永島達司は音楽プロモーターである』

このエピソードだけで、永島達司という男がどれほどの信頼を勝ち得ているか分かろうというものだ。

永島は、親の仕事の都合で幼い頃から海外で過ごし、『タツの英語はエリザベス女王みたいだ』と評されるほど完璧で上品な英語を話したという。その英語力を見込まれ、第二次世界大戦後、永島は進駐軍の将校クラブの支配人になった。そこから、海外ミュージシャンを日本へと呼ぶ仕事をするようになり、やがて「呼び屋」と呼ばれるようになっていくのだ。

『この用に永島が嫌気が差す理由はいくつかあったのだが、もっとも大きな問題はみずら化の職業に自信が持てないことだった。彼にとって興行とはあくまでも怪しくてうさん臭い人間のやることだった。そのため、他人に職業を尋ねられても、堂々と名乗ることができなかった。』

『当時の二大人気歌手を抱えたプロダクションの社長なのに、彼は「これは男子一生のしごとではない」という思いに取りつかれていた。父親は三菱銀行の重役として日本の戦後復興に力を尽くしていた。早稲田大学の友人たちもそれぞれの持ち場で日本の人々のために外貨を稼いでいた。それに比べて収入こそ多いものの、自分の仕事は国家の発展に直接、寄与しているものではない。永島は芸能の仕事に対するコンプレックスを取り払うことができなかった』

ビートルズを呼ぶ以前から、永島の評判は音楽業界では知れ渡っていた。それは国内のみならず、である。永島と同時代には、他にも神彰や樋口玖など名を馳せた「呼び屋」がいた。自己顕示欲の強かった彼らとは違い、永島は自分の名前がなるべく表に出ないように気を配っていたので、一般にはあまり知られていないが、やはり同時代の「呼び屋」の中では圧倒的な存在感だったようだ。

後年、こんなことがあったという。モハメド・アリを呼んだ康芳夫という呼び屋が、イギリスのトップシンガーであるトム・ジョーンズの招聘を目指すことにした。しかし、呼び屋に変わってプロモーターの仕事をするようになった広告代理店には、康の存在が気に食わない。

『広告代理店のやつらはみんな僕のことが嫌いらしくて、トム・ジョーンズを呼ぶとぶちあげたとたんに「康をつぶせ」と圧力をかけてきたんだ。その時だよ。永島さんが出てきて、「康さんがやるならいいじゃないか」と説得してくれたのは。永島さんのひとことでぴたっと嫌がらせが止まった。彼だって競合してたはずなんだけど、譲ってくれた。僕は永島さんに一対一でお目にかからなかったんだが、あの時どうして僕を守ってくれたのかがよくわからない。しかし、偉い人だな、と敬意を払ってる』

永島が「世界一のプロモーター」と評したジェリー・ペレンチオは、『ギャラを値切らない男といえばこの世界ではタツ・ナガシマのことを指すんだ』と言い、著者は永島の仕事を『永島達司が一生かかってやってきたこととは、立派な日本人の姿を世界に示すことだった』と評している。他の呼び屋と一線を画す、本当にアーティストのことを考えて仕事をした男でした。「呼び屋」という自分の仕事に対する違和感は拭えないままだったが、日本に来て良かった、また来たいと思ってもらえるようにもてなす精神は素晴らしいと思う。

そんな永島は、ビートルズをどのように呼んだのか。これは、ちょっと想像していなかったような展開でした。

『樋口、康にかぎらず、当時の呼び屋の大半はビートルズの来日公演を夢に見ていた。しかし、ひとり永島だけは競争に加わるつもりもなかった。彼は大物狙いなど考えず、若者たちが聴きたがっているミュージシャンを調べ、それを呼ぶという単純な仕事に徹するようになっていたのだった。』

永島は、ビートルズを積極的に呼ぼうとは考えていなかった。しかし、1966年3月14日の電話がすべてを変える。ビートルズのツアーマネージャーであるビック・ルイスから電話が掛かってきたのだ。

『実はビートルズが日本に行きたいと言っている。コンサートをやってくれないか。俺が知ってる日本人はお前しかない。どうだ、お前、やってくれないか?』

ビック・ルイスと永島達司は、小学校の同級生だったのだ。それが、ビートルズを呼ぶという歴史的な仕事に繋がることになる。

しかし、電話を受けた永島の心中はこうだった。

『できればやりたくない』

どこまでも、他の呼び屋とは違いすぎる男の生涯である。

なかなか面白い作品でした。本書のタイトルは「ビートルズを呼んだ男」となっていて、確かに永島達司という人物が物語の中心にいるんだけど、決してそれだけの物語ではない。その時代を、音楽というキーワードで切り取った作品という感じがしました。

僕自身は、音楽はほとんど聞かないし、特別興味もない。ライブに行ったこともないし、何かに熱狂した経験もないので、ビートルズの何が良くて、どう凄いのかよく分からないし、作中に登場するビートルズ以外のアーティストの名前の大半を聞いたことがない。そういう意味では、僕からは遠い物語ではある。とはいえ、広告代理店ではなく一介の個人が「呼び屋」として海外からアーティストを引っ張ってこれたり、芸能と暴力団が不可分だったりというような、色んなことがまだ洗練されていなかった時代のゴタゴタした感じというのは結構好きで、そういう部分は面白かった。

本書で描かれているエピソードだけでも、ビートルズがどれだけの狂熱を生みだしたのかということが分かる。

『脚の一本くらい折れてもいいから客席から飛び降りて舞台に行ってキスしたい』

『なかのひとりがすーっと近寄ってきて、おじさんの名前と住所を教えてくれ、おじさんの言うことを何でも聞くからビートルズが触ったものをひとつ持ってきてくれ』

『そして、彼らの車が通り過ぎて規制を解くでしょう、すると、うわっと女の子たちが車道に走り出してきて、道路に残った車のわだちに一斉にキスし始めるんだ』

凄まじいですね。警察や消防は、とんでもない人数を借り出して武道館の警備を敷いたのだが、これほどの警備計画は後にも先にもなかったようです。

時代を一変させた「ビートルズ」というアーティスト。そして彼を日本に呼ぶきっかけを作り出した永島達司。現代では通用しないだろう形での信頼関係で結ばれた彼らの関わりを描き出していく作品だ。スケールのでかい男である。

野地秩嘉「ビートルズを呼んだ男」

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