黒夜行

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三つの悪夢と階段室の女王(増田忠則)

人はそれぞれ違うから面白い、と僕は思う。
自分が考えていること、思っていることが、誰かにそのまま伝わる、というのは、あまり面白くないと思ってしまう。
食い違いがあり、分かり合えず、共感できない部分がある。そういう他人がいるからこそ人生は面白いし、そういう多様性が社会を生み出している、と思っている。

多様性がきちんと社会の中で機能していた時代は、過去のものになってしまった、という風に最近思う。
今でも、多様性そのものは存在している。人間同士に差があり、おのおのが違いを持っていることは同じだ。しかし現代は、ネットのお陰で、より近い者同士が簡単に出会うことが出来るようになってしまった。人間同士に差があり、その差が多様性を生むはずなのだが、似たような人間が簡単に集まれるようになってしまったことで、小規模な集団の中での多様性は恐ろしいほど消えている、と僕は感じている。小規模な集団同士は、それぞれがほとんど孤立しているような状況で、関わり合いが薄い。社会全体で見れば多様性が存在しているはずなのに、似たような者同士が小規模な集団を作って固まっているが故に、多様性が社会の中できちんと機能しなくなってしまっていると思うのだ。

だからこそ、本書のような物語が成立し得るのだ、と僕は思う。

一昔前であれば、本書のような物語はそもそも成り立たなかっただろう。社会の中で多様性が機能しない、というのはつまり、人間同士にあって当然の差や違いが、許容されにくくなっている、ということを意味している。小規模な集団の中では差や違いが極端に平坦化されてしまっているが故に、自分たちとちょっとでも違う存在を許容する度合いが低くなってしまっているのだ。だからこそ、他人の行動を簡単に排除したり無関心でいたりすることが出来る。そういう前提が、この物語には横たわっているのだと僕には感じられる。

自分(そして自分と価値観を同じくする者たち)以外の人間はすべて異質なもの。異質だから無関係だし、どうでもいい。そういう力の強さを、きっと多くの人が感じ取りながら、時にそれを利用し、時にそれに呑み込まれながら日々を過ごしているのだと思う。そういう人たちには、もしかしたらこの物語の「怖さ」は、本当には理解されないのかもしれない、という風にも思う。

冒頭の「マグノリア通り、曇り」に登場する野次馬たち。彼らは、人が死ぬかもしれないという現実を目の前にして、自分(そして自分と価値観を同じくする者たち)には無関係だと思えるから、まるで虫でも殺すかのように無感情に暴言を吐く。それはとても恐ろしいことなのだ、という感覚が、もしかしたら通じない世の中になっているのかもしれない、という風にも思う。もしそうだとしたら、その現実の方こそが、この物語以上に恐ろしく感じられてしまう。

内容に入ろうと思います。
本書は、4編の短編を収録した短編集です。

「マグノリア通り、曇り」
斉木は、娘の理央が帰ってこないという妻から連絡の直後、知らない男からの電話を受け取った。間宮、と名乗ったその男は娘を預かったと言い、斉木をS駅前のマグノリア通りへと向かわせた。斉木は男からの電話で三ヶ月前の出来事を思い返していた。屋上から飛び降りようとしていた男と、その男に暴言を吐き続けた野次馬たち。そして、自分がした行動…。間宮と名乗る男は言った。少々恐怖を味わっていただきます、と…。

「夜にめざめて」

タカハシはパン工場の夜勤アルバイトをしている。弁護士を目指し大学受験をしたが失敗。浪人したが、無意味さを覚えて結局進学しなかった。ニートだった時期を経て、やっと一念発起し、アルバイトを始めた。そのタカハシの元に、刑事がやってきた。今市内で頻発している通り魔に関してだ。タカハシは、自分が疑われているのだ、と察した。
理由はなんとなく分かっている。同じ団地に住む、あの親子だ。些細なことが積み重なって、その親子からタカハシは嫌悪されている。タカハシは決して悪いことはしていないのだが、その親子が悪口を言いふらしているようだ。ニートだった時期がある、というのも、思った以上にマイナスであるようだ。何もしていないのだから気にすることはないのだが、今度は、通り魔事件をきっかけに生まれたという、市民による自警団からの監視も始まり…。

「復讐の花は枯れない」
バイクに載っていた沢井は、道に張られたロープに気づいて速度を落とした。沢井の首を狙っているかのような高さだ。息子の涼介に始まって、妻、そして自分と不審な出来事が続いている。沢井はここに至ってようやく、自分とその家族が狙われているのだ、と認識する。
沢井には心当たりがあった。あったが、しかしそれが現実のものとも思えない。25年前、高校生だった頃の話だ。まさか、という思いもある。しかし、あの時のあの男が、あの時言ったことをそのまま実行しているのだとしたら…。

「階段室の女王」
私は18階建てのマンションの12階から階段で下に降りている。レンタルショップに行くためだ。そして、8階と9階の間で、倒れている女性を発見した。救急車を呼ぶのはめんどくさい、と思った。なんとか見なかったことに出来ないか―。そうあれこれ画策している最中に、倒れている女性が誰なのか分かった。同じ階に住む女だ。その女は、いつも着飾っていて、野暮ったいダサい格好をいつもしている私を嫌っている。あの女か。じゃあなおさら救急車を呼ぶ必要はないか。
そう思いかけた時、階上から音が聞こえた。誰か来る。とりあえず、階段は使わなかった、という状況をうまく作り出すために私は動き始めるが…。

というような話です。

なかなか面白い作品でした。悪意全開、という感じの作品で、冒頭でもあれこれ書いたように、非常に現代的だなと感じました。悪意の発露のされ方が、ということです。もちろん、人間は昔からこんな風に悪意を表に出していたと思うけど、他人への無関心さ、みたいなものがより多大に入り混じっていくことで、一昔前だったら受け入れられなそうな物語が成立している、という風に感じました。

現代は、靴を踏まれたから、みたいな理由で人が殺されたりする時代でだ。行為者にはそれぞれの論理があるのだろうけど、その論理が共有できない、という感覚は、様々な形で日常的に感じている。この作品は、さすがに物語である以上、理解不能な行動原理、というところまで踏み込んで書くことは難しいのだろうけど、とはいえ、自分の内側にその感覚はない、と感じるような行動や価値観が出てくる場面も多いのではないかと思う。そういう違和感を与える行動や価値観を、なんとか上手いこと物語の中に落とし込んで読み物に仕上げている、という部分は、新人作家ながらなかなかの豪腕、という感じがしました。

とはいえ、個人的には不満もある。
この物語は、どの話も、物語が閉じた後にこそ、本当の物語があるように感じられてしまうということだ。つまり、僕の感覚としては、どの短編も「中途半端なところで終わっている」という感じがする。

もちろんそれは、著者が意図的にやったことなのかもしれないが、そこで物語が終わったような気がしない、というのはちょっともったいない気もする。物語はどれも、誰かが一線を越えてしまった直後に終わる、という感じだ。そこで物語を切るからこそ、後味の悪さみたいなものが倍加する、と考えることも出来るが、僕としては、長編小説の冒頭部分だけを読んだ、という感覚の方が強く出た。どの話も、物語としての本当の結末はもう少し先にあるのではないか、そういう物足りなさを拭えないままどの話も読み終えた。この物語の閉じ方が正解なのかどうかは、難しい判断ではないかなという気がする。

もう一つ。これは完全に僕の勘違いで、作品そのものに非があるわけではないのだが、タイトルから僕は一つの予想をしていた。本書のタイトルは「三つの悪夢と階段室の女王」だが、僕はこのタイトルから、最初の三つの話が、最後の「階段室の女王」という作品によって繋がる構成なのだ、と勝手に思ってしまった。前述した通り、どの短編も、僕の感覚では「中途半端なところで終わっている」と感じられたのも、その思いつきを補強した。最初の三つの短編は、物語としてはきっとまだ閉じていなくて、最後の「階段室の女王」で、三つの物語の繋がりが示唆され、本当に物語として閉じるのだろう、と。しかし、結果的にはそういう構成ではなかったので、勝手に予想をしていただけなので言いがかりなのだが、ちょっとがっかりした部分があった。

些細な悪意がちょっとしたすれ違いからどんどんと巨大になっていき、最終的に予想もしなかった帰結を導く、という話はよく出来ていると思ったし、ある種の読後感の悪さも、この作品の良さになっているのだと思う。

増田忠則「三つの悪夢と階段室の女王」

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5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
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3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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