黒夜行

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まぼろしのお好み焼きソース(松宮宏)

作中にも登場する、「ヤクザと憲法」という映画を、僕も観に行ったことがある。実際にヤクザに密着しているドキュメンタリー映画で、薬物を販売しているように見える場面や、ドア越しに若手組員をボコボコにしている映像など、とにかくリアルなシーンが満載の映画だった。

その映画の一つのテーマが、ヤクザの人権だった。

今ヤクザとして生きると、子供が幼稚園に入れなかったり、銀行から金を借りることが出来なかったりするらしい。暴対法が出来て(厳しくなって?)からその傾向は苛烈になったようで、その有り様が、憲法が保障しているはずの「最低限度の生活」を享受出来ていないのではないか…。この映画は、こういう問題意識を投げかけるものだった。

僕は日常的にヤクザと関わる生活をしていない。近隣にヤクザの事務所があったり、ヤクザと商売上関わらざるを得ない立場になればまた意見は変わってしまうだろうが、今の僕は、ヤクザにもきちんとした権利が与えられるべきだ、と思う。とはいえそれは、ヤクザだって人間じゃないか、というような人間愛から生まれるものではない。ヤクザにもヤクザなりの存在意義があると思うからだ。

日常の中にヤクザがいるというのは、確かに恐ろしいし不快ではあるが、ヤクザだからこそ出来る役回り、というのは確実にあると思う。昔は、ヤクザが地域ときちんと関係を持ち、お互いがお互いの役割をまっとうする、というような形で共存していた(少なくともそういう地域もあった)のではないかと思う。

いわゆる汚れ仕事をヤクザがきちんと請け負うことで、社会が回っている、というような側面もきっとあったはずだろうと思う。しかし、ヤクザを排斥するという流れが生まれ、ヤクザがどんどん追い詰められていく中で、暴対法の枠組みでは取り締まることが出来ないハングレ集団や中国系のマフィアなど、様々な勢力が出てきてしまった。良い見方をすれば、これまではヤクザがいたからこそハングレ集団や中国系マフィアが活動することが出来なかった、といえるだろう。それを、汚れ仕事を誰がやるのかという問題を先送りにしたままヤクザを排斥してしまったことで、より問題が大きくなってしまった、と見ることだって出来るのではないかと思う。

僕の中には前提として、そういう捉え方がある。

もちろん、すべてのヤクザが良い、と言っているわけではない。実際に、ヤクザの抗争に巻き込まれて命を落とす一般人もいれば、ヤクザに風俗に沈められてしまった女性もいるだろう。だから、全面的にヤクザを肯定している、と捉えられるのはちょっと違うと言いたい。しかし、悪いからと言って何でもかんでも排斥する姿勢が正しいとも思えない、ということだ。

ヤクザはともかく、ヤクザ的な存在というのは社会の中に必要なのだと思う。ヤクザ的な存在が、社会や地域の汚れ仕事を引き受けるからこそ、住民は綺麗な世界で生きることが出来る。無理やりヤクザに引き入れるのは言語道断だが、自ら進んで、あるいは何かよんどころない事情があってヤクザになったのであれば、ヤクザとしての生き方を社会が許容する、ということは考え方の一つとしてあってもいいのではないか、と思う。

繰り返すが、今僕はヤクザと関わりのない生活をしているからこんなことが言えるのだ、ということはきちんと自覚しているつもりだ。今後状況によっては意見が変わる可能性もある。とはいえ、理想論かもしれないけど、理想であったとしても誰かが口に出さなければ現実になることはない、とも思っている。

この小説は別にヤクザ小説ではないのだけど(ヤクザは出てきますが)、彼らが地域や社会からどう扱われているのか、ということを読みながら、「ヤクザと憲法」を観た時のことを思い出していた。

内容に入ろうと思います。
物語は、青葉小学校を中心に始まる。
まずは、新任の先生のご紹介だ。磯野祥子は、静岡県富士宮市出身だが、訳あってこの神戸市長田にある青葉小学校に赴任した。富士宮焼きそば発祥の店で働いていた祥子は、ソース文化を調べていく内に神戸に行き着いた。神戸こそ、ソースが生まれた土地だったのだ。素晴らしいソースと、豊かな粉もん文化が根づいている長田に憧れていた祥子は、青葉小学校に欠員が出たと知るやすぐさま応募した。二学期途中からの赴任となった祥子は、通勤途中にある「間口ソース店」に吸い寄せられるようにして入っていき、ソースをうっとりと眺めていたら、赴任初日に行われる運動会に遅刻することになった。
青葉小学校では、徒競走のスタートにピストルを使わない。そこには、青葉小学校が抱える長い複雑な事情が隠されている。
青葉小学校がある敷地の一部は、なんと、長田周辺を縄張りとするヤクザ・川本組の敷地なのだ。小学校は、川本組から敷地を借りている。そんな事情もあり、ピストルの使用を自粛しているのだ。
さて、そんな川本組は、川本甚三郎親分を筆頭に総勢6名ほどの小所帯であり、小学校からの賃貸料と地元での小さなシノギでなんとか持っている。長くこの地域に暮らす住民からは、『川本組はやくざやない。人がいちばんやりたくないところを何とかしてくれる任侠や』と理解を示してくれるのだが、とはいえ祖父が安藤組の初代と兄弟の盃を交わしており、やはり一般的にはヤクザと認識されている。甚三郎はそんな状況を変えようと日々模索しているのだが、すぐにうまく行くような方法はない。
そんな中、長田の粉もん文化を支えていると言っても言い過ぎではないオリーブソースが、闇金からの借金を返せずに追い込みを掛けられそうだ、という話を知る。オリーブソースは大野夫婦が二人でやっている工場で、妻の入院費として借りた借金が膨らんでしまった。材料さえ調達出来れば借金は3ヶ月もあれば完済できるのだが、何せその仕入れ代が捻出出来ない。このままでは、闇金や銀行が出張ってきて、土地を売り飛ばされておしまいだ。
そこで甚三郎は、若頭の山崎に、オリーブソースの再建を命じた。地元の宝であるオリーブソースを失ってはならない。なんとしてでも立て直すんだ、と。
『やくざは、やると決めたことは死ぬ気でやる。それだけである』
脱やくざを掲げる親分に振り回されながらも、川本組の面々は知力と根性を振り絞って、オリーブソースを救う手立てを考える…。
というような話です。

いやー、これは面白かったなぁ。とても良くできていると感じました。タイトルから、オリーブソースの再建がメインになるんだろう、と思ってたんですけど、いや、実際にオリーブソースの再建がメインなんですけど、後半、えっそんな話になるの?という連続で、ちょっとびっくりしました。

まず、甚三郎のキャラクターがとてもいいですね。甚三郎は、『やくざは終わりだ。やくざ的なのも終わりだ。正しく生きたい人が正しく生きるために、川本組は変化を遂げるんだ』という信念をずっと持っていて、それをどう実行に移すのかを必死で考えている。若頭の山崎には、甚三郎が何を考えているのか正直理解できない部分もあるが(甚三郎の言うことを「禅問答」と表現したりする)、とはいえ山崎のように、疑問を持ちながらも意志を汲み取って行動する人間がいるからこそ、甚三郎の青写真が正しく未来を生み出したとも言える。

やくざがやくざの看板を下ろす(なんて表現をするのか分からないけど)のはとても難しいだろう。川本組の場合、古くからの住民からはきちんとその存在意義を理解してもらっている、という点は強いけど、それでもそういう歴史を知らない住民には恐れられている。やくざを止めました、と言ったところで、信用されるはずもない。甚三郎は、川本組がやくざを止め、さらに地域の方にもそう認識してもらう、という非常に難しい着地を目指しているのだ。

その甚三郎のプランに、オリーブソースの再建の話がピタリとはまり込む。オリーブソースは、長田のソース文化、粉もん文化の命脈とも呼べる存在であり、地元住民からの存続を望む声も強い。とはいえ長田は、阪神淡路大震災によってかなりのダメージを受けた土地であり、長田の町にも余裕があるわけではない。みなオリーブソースを助けたいと思いつつ、出来ることが限られているのだ。

そこで川本組である。川本組の女組員である山下みどりは、川本組が地域の中でやくざ的な扱いをされないためにどうすべきかという甚三郎からの課題に答えている。

『わたしが考える方法は単純です。町を元気にすることです。わかりやすく言えば、町の人が儲かることです。利益が出る地域の名物を、今まで知らなかった外の人にもアピールし、さらに利益が出るようにすることです』

もはやヤクザがすることではないが、川本組はやくざから脱却しようとしているのだから当然と言えば当然だ。

川本組がやくざでなければ話はもっとスムーズに行っただろうが、それでは物語にならない。この物語は、やくざを脱却しようとしている川本組が、どうにか堅気であることをアピールしつつ、地元のためにソース工場を再建させようと本気で努力する、という部分が非常に面白いのだ。

また、組長以外の川本組の面々も良い。特に、既に名前を出した山崎とみどりが良い。彼らには色んな過去があるようだが、本書だけでは分からない。本書の前に、「さすらいのマイナンバー」という作品があり、そこで彼らの過去が描かれているようなのだ(僕は本書から読んでしまったので詳細は不明)。共に複雑な事情を抱えながら、甚三郎に拾ってもらった、という恩を抱いている者であり、自分がヤクザであろうがなんだろうが、とにかく親分のために身を粉にして働くんだ、というスタンスが良い。甚三郎と、山崎・みどりとの信頼関係が物事を動かしていったと言っていいだろう。

川本組がきっかけとなって、地域が動き始める。川本組が押し出し続ける誠実さを人々が理解し、少しずつ広め、共感の輪が広まっていく。うまく行きすぎだろう、という展開なのは物語なので仕方ないとして、とはいえ決してご都合主義というような展開ではなく、色んなことがうまく行ったらこうなるかもなぁ、と思わせてくれるのも良い。

さて、このまま良い感じで物語は閉じるのか、と思っていたら、後半でまたちょっとギアが変わるのが面白い。うそっ、ここからどうなるわけ?というようなドタバタの中、ウルトラCのような流れの中で物語が終焉を迎える。どんな展開になるのかは是非読んで欲しいが、これもまたとても良い展開で、甚三郎グッジョブ、という感じである。

どんな人でも面白く読める小説ではないかと思いました。

松宮宏「まぼろしのお好み焼きソース」

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5位 笹本稜平「遺産
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
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18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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