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ナオミとカナコ(奥田英朗)



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正しいことだけじゃ、生きていけない。
そんなことは分かってる。
けど、あまりにも高い壁を越えなければその後の人生が成り立たない―、そういう状況に追い込まれた時、その壁を越えられるだろうか、と考えてしまった。

自分のため、ということであれば、越えられるかもしれない、とは思う。
でも、自分以外の誰かのためだったら…。ちょっと僕には分からない。

彼女たちは、その壁を越えた。

そこにどんな葛藤があったのか、が描かれる物語ではある。
けれど、読んでそのすべてが分かるわけではないだろう。

印象的な文章がある。

『この神様が与えてくれたような完璧なプランが、自分を誘惑する。やれと言っているのだ』

もう一つ。

『もはや直美の頭の中は、達郎のクリアランス・プラン以外のことを受け付けなくなっていた。このプランは自分の作品のような気がする。早く完成させたい。その気持ちが喉元まで込み上げてきて、じっとしていられないのだ。』

僕は、この気持ちは理解できるような気がしてしまった。人は、そう簡単には、遥かな壁を越えられないはずだ。様々な心理的障壁が、そこには横たわっている。しかも直美は、直接的には関係ない立場だ。そんな彼女が、何故その壁を越えることが出来たのか。その一端が、この文章には表れている、と感じた。

その行動にどんな意味付けをするのかで、人は案外、恐ろしい高さの壁を越えてしまえるのかもしれない。そんな風にも思わされた作品だった。

内容に入ろうと思います。
直美は「葵百貨店」の外商部で働いている。大金持ちの顧客から執事のように色々と頼まれる仕事だ。そうやって関係性を築いておいて、後で大金を落としてもらう。一般人とはかけ離れた生活、お金の使い方をする人たちとの関わりを続けていく中で、まるで違う世界の話だと割り切れるようになっていった。学芸員の資格を持ち、百貨店の美術館で働くことを希望して入社した直美は、今の仕事はまったく望んだものではないが、仕事だと思ってなんとかやっている。独身、長らく恋人もいない28歳だ。
大学の同級生である加奈子は、大学卒業後大手家電メーカーで働いていたが、去年の秋に銀行員と結婚して退職し、専業主婦になっていた。直美の唯一と言っていい友人だ。夜食事の予定があったが、キャンセルのメールが来ていた。風邪だから来なくていい、と言っていたけど、食品売り場で何か買って持っていこう。
加奈子の自宅に着いたが、加奈子の様子がおかしい。直美を部屋に入れようとしない。惣菜を渡したらすぐ帰る、と言ってマンションに入ったが、ドアを開けた加奈子の顔を見て驚いた。
頬がボールのように腫れている。
すぐにDVだと分かった。直美の父親がそうだったのだ。加奈子を問い詰め、事実を確認した。
どうにかしなければならない…。
しかし、行動派の直美と違って、加奈子は慎重だ。警察に行くことも、夫の両親や加奈子の両親に話をすることにも及び腰だ。直美は両親の経験からDVが収まらないことを知っていたが、加奈子は、DVをした後で謝ってくる夫に期待したい気持ちもあるようだ。直美も、どう動くべきか判断がつかず、落ち着かない気持ちのまま仕事を続けた。
仕事の方で様々なことがあった。内覧会で盗難があった。加奈子の夫にそっくりな中国人を見かけた。痴呆症と思われる顧客の担当になった…。
それらの要素が積み重なっていく中で、直美の中である計画が徐々に形作られていく。
うまくすれば、加奈子の夫を排除することが出来るのではないだろうか…。
というような話です。

550ページ近くある物語ですが、一気読みさせられるリーダビリティのある作品だと思いました。ごくごく平凡な二人の女性が、人を殺し、その後の生活を生きていく過程をリアルに描き出していく物語で、きっかけさえあれば人間は誰でも人を殺す壁を越えられるのではないか、と思わされる作品でした。

彼女らが人を殺すに至るのには、様々な偶然がある。その中でも最も大きな要因は、加奈子の夫に似た中国人の存在だろう。他にも、彼女たちの状況に都合がいい現実が目の目に現れてくる。もちろん、これは物語にケチをつけているとかそういうことではない。そういう偶然があったからこそ彼女たちが人を殺すという決断に踏み出せたのだ、という設定は、ある意味では人を殺すというハードルの高さを示しているからだ。この物語は、状況が揃ってしまった時、人はどうするのかを問うている、という言い方も出来るだろう。

冒頭で引用した一文を再度載せよう。

『この神様が与えてくれたような完璧なプランが、自分を誘惑する。やれと言っているのだ』

状況さえ揃わなければ、彼女たちは殺人という大それたことに踏み切ることはなかっただろう。そういう意味で彼女たちは、ある意味で不幸だったとも言える。あり得ないほど都合がいい状況が目の前に揃ってしまったのだから。目の前に揃った状況が、彼女たちに、可能に思える選択肢を与えることになってしまった。「完璧なプラン」が目の前にあった時、それを選び取らないことが出来るだろうか?

もちろん、彼女たちが「完璧なプラン」だと思った計画は、実際には完璧ではなかった。物語の後半で、彼女たちは追い詰められていくことになるのだが、しかし彼女たちが思いついた計画を「完璧なプラン」だと思ってしまった気持ちは分かるような気がする。そう思わなければ、殺人などという大それたことに踏み切ることなど出来ないからだ。

どうにもならない現実があり、それに対抗できる手段がほとんどないと思っていた時に目の前に現れてしまった一つの選択肢。それが、実行に値する素晴らしい計画に思えてしまうのは、現実をなんとかしたい、現実から逃避したい、という気持ちが強ければ強いほど起こりうるだろうし、その辺りの認識の甘さみたいなものが後半でどんどんと明らかになっていく展開もリアルだと思った。

強くなければ生きていけない―。物語は、どんどんとそれを体現していくように展開していく。他人を蹴落としてでも生きていく、それは、直美が関わる中国人のようなスタンスでもある。中国人たちは、そのことに疑問を持たない。生きていくことは闘いだし、闘いである以上他人を蹴落としていかなければならない、という覚悟を持って生きている。しかし、日本人でそこまでの覚悟を持ちながら生きている人はそう多くはないだろう。突然に覚悟を持たなければならない状況に置かれた時、自分の内側から何が飛び出してくるか―。新しい自分、知らなかった自分に戸惑いながら現実に対処していく彼女たちの「強さ」がどんな風に変わり、どんな風に発露していくのか。それもまた物語的に面白い部分である。

明らかに間違ったことをしている彼女たちを、応援したくなる。なんとか、逃げ切って欲しいと思ってしまう。彼女たちが一線を越えてしまったのは、どうにもならない現実があったからだ。もちろん、他の手段がまったくなかったとは思わないが、どれも困難を極めるものであることは間違いないだろう。彼女たちの計画がベストに思えたのは、仕方ないことだと思う。彼女たちの行動を肯定してしまうわけにはいかないが、しかし否定したくもない。出来れば彼女たちには平穏無事に生き続けてほしい―。そう願いたくなるような物語だ。犯罪者側に切実に共感してしまう、というのは、他の物語でもあることではあるが、自分が何か間違った感情を抱いているような感覚で物語を読み進めることになり、そういう自分の感覚が奇妙に感じられた。

奥田英朗「ナオミとカナコ」

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Comment

[7844]

こんにちは。東京はどんよりとした天気です。
昨日、図書館からこの本を借りてきました。奥田さんの筆力に感服です!昨夜から読み始め、もう読み終えました。ページ数からするとボリュームがある作品ですが、先へ進みたくて一気読みでした。
完璧に見えた計画の綻びが徐々に大きくなり…という展開ですが、通りすがりさんがお書きのように、巧く逃げ通してくれ!と祈るような気持ちで読み終えました。犯罪者を応援するというのも可笑しな話ですが、義妹さえいなければ、あるいは成功したかも?と思ってしまいました。これだけ頑張ったのだから、あとは上海で2人楽しく暮らしましょうよ、と言いたくもなりますよね(笑)。
色々と厄介な問題はありますが、加奈子の夫の実家の母(姑)と妹(小姑)が嫌ですよね。加奈子の夫は、「良い子」(「立派な人」)というレッテルを貼られて育てられたので、それに応えるべく無理がたたって、遂には妻に手を出すDV男になったのでは、と思いました。人間、無理はいけませんよね(笑)。
それから、この小説の面白い所は中国人の考えです。逞しい上に、人を信用しないことが、骨身に沁みついていますよね。また相手を信じると、とことん尽くすこと、これも意外でした。高価な腕時計を盗み(この言い訳も可笑しかったです。日本人が、かつて中国人に悪いことをしたので、そのお詫びとしてタダでくれると思った云々)、やっと返す時になって、ベルトに付いた小さな傷についての開き直りも凄い!と感じました。どんなに度胸のある日本人でも、ここまでは言えないと思いました。やられる一方だった加奈子にも、多少この度胸が移ってきて好かったです(笑)。
話は変わりますが、「ひこばえに咲く」のモデル常田健さんの美術館が、青森の浪岡市にあることが分かり、今月末に行ってこようかと計画しています。作品数は300点以上あるそうですが、月替わりで30点くらいずつ展示するそうです。図書館に「常田健小画集」がありましたので、目下手元に置いて眺めています。大らかなタッチで、癒されます。
では、この辺で。新緑のGWをお楽しみくださいね。

[7845]

こんばんはです~。なんか夏日だとかで、メチャクチャ暑かったです!明日からはまた落ち着くみたいですけどね~。

奥田さん、ホントにうまいですよね。僕も久々に読みましたけど、相変わらずの面白さだな、と思いました。

そうなんです、犯罪者を応援したくなっちゃうんですよね。そこが凄いですよね。普通そんな心情にはなりませんからね。殺人って行為はやっぱりダメだけど、でも今回は仕方ないような気がしちゃいました。

夫の実家の面々は、まあ被害者ではあるんだけど、なんか嫌な気分になりますね。自分たちが絶対的に正しい(家族を殺された、という点ではそうですけど、DVについてはね…)と思っているところが、受け入れられない人種だなと思ってしまいました。

確かに、中国人の描かれ方は魅力的だったですね。身内として認められない内は絶対に関わりたくないですけど(笑)、身内となってからは力強いですよね。とはいえ、やっぱり全体的にはあんまり関わりたくないかも(笑)。とにかく、何があっても自分の正しさを主張するためのこじつけは、ちょっと見習うべき部分があるのかもですね。

常田健さんの美術館、やっぱりあるんですね。いいですね、さすがの行動力!是非また感想を聞かせてくださいね~。

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
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