黒夜行

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ハリー・クバート事件(ジョエル・ディケール)

嘘を吐くつもりがなくても、結果的に嘘になってしまうことはある。
その時、それが嘘であるとはっきりと言うことが出来れば、世の中の色んな問題は起こらずに済んだかもしれない。
しかし、なかなかそれは勇気の要ることだ。

嘘を吐き続けるのは、とても苦しいことだ。平然と嘘を吐ける人間も世の中にはいるだろうが、大抵の人は、自分の内側に嘘を抱え続けることに耐えきれない。しかし、真実を明らかにすることは、さらなる苦痛を伴う。どちらにも進むことが出来ない状態は、とてもつらい。

嘘は、日常のあらゆる場所にある。舞台にも状況にも関係性の中にも。すべての嘘を取り除こうとすれば日常が成り立たないし、かといって些細な嘘でも積み重なれば致命的な事態を引き起こしもする。

僕は、なるべく嘘をつきたくないと思う。正確に言えば、バレるような嘘はつきたくない。嘘をつくのであれば、絶対にバレないように、一生抱えるつもりでつく。そうでない場合には、嘘にならないように努力する。

しかし…。もし僕が、この作品の舞台であるオーロラの町に住んでいたら…。まったく嘘をつかないで過ごすことが出来ただろうか、と思う。誰もが、自分が放つ些細な嘘の中に、自分にとって大切だと思える何かを忍ばせて、長い年月の間現実を歪ませてきた。

その歪みが一気に噴出する時…。最悪な形で真実が明らかにされる。

内容に入ろうと思います。
マーカス・ゴールドマンにとってハリー・クバートは人生の師と言っていい存在だ。1500万部という金字塔とも言える売り上げを記録した「悪の起源」という作品を書いた偉大な作家だからとか、彼から小説を書くための心得を教わったから、というだけの理由ではない。まさしくマーカスは、ハリーと出会ったことで、作家として、そして人間として歩むことが出来たのだ。
ハリーは長年、オーロラという小さな町の外れにある邸宅で一人で暮らしてきた。マーカスは、デビュー作が200万部の大ベストセラーとなり、一躍時代の寵児となったが、しかし二作目が書けなくて苦しんでいた。出版社とは、五作分の契約をしている。二作目以降が書けなければ、契約違反で訴えられてしまう、そんな追い詰められた状況にあった。
そこでマーカスは、オーロラに住むハリーを訪ねた。マーカスが大ベストセラー作家となってからは久しぶりのことだった。
そしてその日マーカスは、とんでもないものを見つけてしまう。「悪の起源」などという傑作を書けた理由を知りたくてハリーの書斎を漁ってしまったマーカスは、そこで、ハリーが34歳の時に15歳の少女とつき合っていた証拠となるものを見つけてしまったのだ!ハリーがつき合っていたノラ・ケラーガンという少女は、1975年の8月のある晩に失踪している。謎めいた失踪であり、2008年現在もノラの行方は分かっていない。
書斎を漁っていたことを知ったハリーは激怒し、マーカスにこのことを口止めした。しかしその数ヶ月後、信じられない出来事が起こった。
ハリーの邸宅の庭から、ノラと思われる少女の死体が発見されたのだ。死体と一緒に、なんと「悪の起源」の原稿が埋められており、その原稿には、<さようなら、いとしいノラ>と書き込みがあった。
すぐさまハリーは逮捕された。アメリカを代表するベストセラー作家の逮捕に、全米中が騒然となった。また、「悪の起源」が15歳の少女との禁断の愛が描かれた作品だと知った人々は落胆し、「悪の起源」は出版停止に追い込まれるほど評判が下がった。ハリーは、この一件ですべてを失ったかに思えた。
しかし、マーカスだけはハリーの無実を信じた。マーカスは、警察とは別で独自の捜査を続けた。33年前のあの夏、このオーロラの町で一体何が起こったのか。執念の捜査で少しずつ真相の断片を掴みはじめていったマーカスは、やがて取材によって判明した事実をデビュー2作目として発表することになるのだが…。
というような話です。

評価の難しい作品だけど、とりあえず難しいことを考えなければ、とにかく面白い作品だった!外文にしては圧倒的に読みやすかったし、これだけの分量の作品を一気読みさせる筆力はなかなかのものだ。

とはいえ、小説の構成という意味で言えば厳しい部分もある。決して悪いわけではないが、時系列も視点人物も場所もあっちこっち入り乱れて、非常に断片的に描かれる構成で、それこそ一気に読まないと物語の筋を追いにくくなるようにも思う。この作品、内容はメチャクチャ面白いんだけど、この構成が難ありかなぁ、という感じが僕はした。

ストーリーは、本当によく出来ていると思いました。物語のかなり早い段階でハリーが疑われ、ハリーが真犯人だと考える以外にないような状況が提示される。しかしそこから地道な捜査を続けていくことで、オーロラという町に住む住民たちの様々な“秘密”が明らかになっていく。そして幾重にも重なったそれらの“秘密”をかいくぐった先に、事件の真相がある。

真実は少しずつしか明らかにならないのだけど、物語の中に色んな要素が詰め込まれているので、謎が少しずつしか明らかにならなくても読まされてしまう。決して謎だけで引っ張るタイプの作品ではないのだ。

何よりも本書の一番の魅力は、ノラという少女だろう。ノラは基本的には、人々の回想の中にしか登場しない。しかし、様々な人間が語るノラの姿を知る度に、どんどんノラという少女のことが気になってくる。色んな面を見せる少女だが、ハリーへの愛、という点で非常に真っ直ぐ貫かれたものがある。ハリーのことを心の底から愛している、という点がブレないまま、それを貫くためにどう行動すべきかが表に出る。その表に出た行動だけ見ると、ノラという少女は非常にチグハグな存在に思えるのだけど、ブレない想いがあるという前提でノラの行動を見れば、ノラという少女の純真さが非常に良く伝わってくる。

また、ハリーとマーカスの師弟関係もとても良い。ハリーはマーカスをきちんとした作家にすべく様々なことを教え、マーカスは“できるやつ”と思われながらも自分の虚飾に気づいていた人生を払拭すべく、ハリーの教えを忠実にこなそうとする。二人は、年こそ離れているが、固い友情で結ばれており、だからこそマーカスはハリーへの疑惑を払拭しようと奔走する。しかし、この関係にも、物語の中で様々な転換が存在し、特にハリーの苦悩が明らかにされるラストは、どうすれば良かったのだろうと考えさせられてしまうようなものだった。

また、オーロラの住民たちも、一癖も二癖もあって面白い。彼らは、何らかの“秘密”を抱えていたり、あるいは無害だったりと様々な立ち位置を取るが、様々な条件が重ならなければノラが命を落とすことはなかったし、それはオーロラだから起こったことだと言うことも出来る。オーロラという町に隠されていた“秘密”はあまりにも根深く、もちろんネタバレするつもりもないのでここでは書けないが、それぞれの“秘密”が、ただノラの事件と関係するというだけではなく、それぞれの住民たちの中で一つの物語となっている、という点が非常に良いと思う。それぞれの“秘密”ごとに一遍の短編小説が書けるのではないか、と思えるような密度があり、ノラの事件に設定として必要だから、というような理由で描かれているわけではない点が好感が持てると感じた。

正直なところ、読んで何かが残るような作品ではなく、とにかく一気読みして「面白かった!」と思うようなエンタメ作品です。でも、エンタメ作品として本書は非常に読みやすく面白く良く出来ているな、と感じます。この作品に何を求めるかで作品の評価が大きく変わりそうな気がしますが、とにかくエンタメ作品なんだと思って読めば、凄く楽しめる作品だと思います。

ジョエル・ディケール「ハリー・クバート事件」



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5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
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16位 朝井リョウ「何者
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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1位 千早茜「からまる
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)