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松ノ内家の居候(瀧羽麻子)



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時々テレビで、歴史上の有名人物の末裔、みたいな人が出てくる。
そういう人や、そういう番組自体には強い関心はないが、もし自分がそういう末裔だったら、と思うと、なんとなくちょっと楽しい。
いやきっと、実際に末裔だったらめんどくさいだろうから、実際には末裔にはなりたくない。だから、ちょっとした想像だ。歴史の教科書にこう載っているけど、実は違うんだぞ…、みたいな言い伝えが色々あったりするだろう。なんかそういうのは、ちょっとだけワクワクする。

けど、実際にそういう可能性はとても低い。けど、そういう歴史上の有名人物に関わっていた家系、ということであれば、もうちょっと可能性は広がるかもしれない。関わっていた、というレベルだと、そのことが後世にきちんと伝わっていない可能性もある。どこかで情報が途切れてしまえば、末裔たちはそのことを知らないままだ。

けど、ふとした瞬間に、それが判明するかもしれない。自分が、あの人物と関わりのある家系だったのだ、と分かる日が来るかもしれない。そんなことを考えると、本書の主人公の一人、娘の琴美の興奮も、ちょっとは分かるような気がする。

しかも、未だに見つかっていない重大なモノが、屋敷に残されているかもしれない、なんて知らされたら…。

内容に入ろうと思います。
松ノ内一家は、松ノ内家当主である貞夫の祖父が創業した、松ノ内商会という商社を代々引き継いで経営している。四代目である現社長・孝之は、自分で進めた計画が頓挫したために会社内での発言権が弱く、会社は実質的に副社長が仕切っている。引退してはいるが、未だに貞夫の影響力も残っている。
貞夫は、庭付きの豪邸で毎日を過ごしている。時折散歩には出るが、あまり出かけることはない。長年連れ添った妻・雪江を喪い、今松ノ内家を回しているのは孝之の妻である郁子だ。雪江と郁子は仲がよく、雪江亡き後も、郁子は松ノ内家の一員として切り盛りしてくれている。彼らの一人娘である琴美は、中学生ながら聡明で、他人を見下しているのではないかとさえ感じるほどだが、琴美からすれば同学年の面々は退屈な人間ばかりで、琴美は論理的で聡明な祖父・貞夫に関わるのが好きである。
そんなある日、松ノ内家にとある美しい青年がやってきた。西島と名乗ったその青年は、楢崎の孫だと言った。家族のほとんどは楢崎の名にピンと来なかったが、貞夫はすぐに分かった。
楢崎春一郎。私小説を多く書いた文豪で、主要な文学賞を受賞、ノーベル賞の有力候補とまで目されていたという、日本を代表する作家だ。小説家として名高いが、女関係もまたすごく、何度も結婚し、愛人も常にいたような男だったという。西島は、楢崎春一郎は、今年が生誕100年、没後10年の記念の年なのだ、と語った。
西島は何のために松ノ内家を訪れたのか。それは、楢崎がある時期、この松ノ内家に居候していたことがあることと関係がある。その事実さえ、貞夫以外の面々は初耳だったのだが、楢崎春一郎の名すら知らなかった孝之を始め、それ自体はそこまで大きな衝撃ではない。より重要なことは、楢崎が松ノ内家に居候をしていた一年間だけ作品を書いていない、という事実なのだ。研究者の間では、空白の一年、と呼ばれているそうだ。
しかし西島は、その時期にも小説を書いていたことを示す記録があった、と言った。そして、もしかしたらこの屋敷のどこかに、楢崎の未発表原稿があるかもしれないのだ、と言ったのだ。
それに反応したのが、現社長である孝之だ。楢崎の名も知らなかったくせに、未発表原稿が見つかればかなりの大金が転がり込むかもしれない、という風に目が眩んでいる。郁子にはうまく状況が理解できないが、貞夫が西島の存在や申し出を良く感じていないことが気にかかっている。琴美は、自分がそういう特別な家系にいるのだ、ということにちょっと興奮している。
あるのかないのかさえ分からない未発表原稿を巡って、松ノ内家は俄に慌ただしくなる。貞夫・孝之・郁子・琴美という松ノ内家の四人、そして闖入者である西島を加えた五人の思惑が絡まり合い、松ノ内家の歴史を総ざらいするような騒動に発展していくが…。
というような話です。

これ、面白かったなぁ。あんまり期待してなかったんだけど、かなり良く出来た作品だと思いました。

まず、楢崎春一郎の設定が良い。明らかに谷崎潤一郎をベースにして作られている作家で、谷崎潤一郎らしさをうまく作品に活かしている。僕は別に谷崎潤一郎について詳しいわけではないんだけど、それでも「私小説を多く書いた」「女性関係が色々あった」ぐらいの知識はある。この二点が、本作でも非常に重要なキーワードになっていって、作品の核の部分と密接に関わり合っていく。楢崎春一郎、という作家をリアルな存在として立ち上げた、という部分が一つ、本書の成功の要因だろうな、という感じがします。

そして、西島という部外者の登場によって、あるのかないのかさえ判然としない未発表原稿の存在が明らかになるのだけど、本書は、ただその未発表原稿があるとかないとかでわーわーするだけの話ではない。それだけだったらこんなに面白くはなかっただろう。本書の肝は、この未発表原稿の存在が、松ノ内家をより強い「家族」にした、という部分だろう。

これは本書の面白さの肝だと思うのであまり書きすぎないようにするつもりだが、これが抜群に上手いと僕は感じた。貞夫・孝之・郁子・琴美は、楢崎の未発表原稿に対してそれぞれ違った思惑を持っている。その方向性は、基本的にはバラバラなのだ。何故バラバラなのかというのは、もちろん家族であっても他人だから当然ではあるのだけど、しかし別の見方をすれば、家族としての大きなまとまりが失われている、という風にも受け取れる。松ノ内家には特段目に見えるような大きな問題は存在しないが、それは浮き彫りになっていないというだけで、決してないわけではない。その、実はあった問題を、未発表原稿の存在が浮き彫りにする。未発表原稿に対するそれぞれの思惑が、松ノ内家という家族が実はバラバラの方向を向いているということを明確にするのだ。

そして、同じ未発表原稿が、今度は家族を一つにまとめる働きもする。これが良く出来ていると感じる。楢崎の未発表原稿は、家族の問題を浮き彫りにさせるのと同時に、その状態の家族を一つにまとめるための役割も果たすのだ。あるんだかないんだか分からない未発表原稿が家族をどんな風に結びつけていくのか、その過程を是非楽しんで欲しい。

松ノ内家にとって楢崎の未発表原稿が脅威なのは、楢崎の「私小説を多く書いた」「女性関係が色々あった」という点に関係がある。つまり、もし松ノ内家に居候している間に楢崎が何か原稿を書いているならば、それは松ノ内家の人間と不倫関係にあったことを示す描写があるのではないか…。彼らはそういう想定をしている。それに対する反応も家族の間で様々なのだが、この点が、谷崎潤一郎をモデルにした楢崎春一郎を作中に登場させた一番の面白い点だと思う。楢崎の未発表原稿は、ただの原稿ではない。松ノ内家の「恥」を明らかにするかもしれない存在なのだ。文豪の未発表原稿を探すというミステリのようでありながら、それは決して物語の核ではない。楢崎の未発表原稿が、家族の「恥」を掘り起こすことになるのではないか、という懸念が、松ノ内家を揺るがし、またバラバラにしていくのだ。

物語がどんな風に展開し閉じていくのか、それは是非読んで感じて欲しい。作品だけではなく作家が愛されるというのはこういうことなのだ、という風に感じることも出来るし、家族というものが一つの大きな存在としてどうあるべきなのかということも示唆する、なかなかどっしりとした、それでいて読みやすい作品だ。

瀧羽麻子「松ノ内家の居候」


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