黒夜行

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絶叫(葉真中顕)

誰もが、幸せになりたいと思って、日々の様々な選択をしているはずだ。そうではない人生というのも、想定は出来るけど、特殊な状況を思い浮かべないと難しい。基本的に人は皆、生きている限り、幸せを追い求めたい生き物のはずだ。

誰もがその時々で最善だと思える選択をする。もちろん、知識がないが故に誤った選択をしてしまうこともある。ダメかもしれないと思いながら誘惑に負けてしまうことだってあるだろう。それでも、全体の方向性としては、全体の意識としては、それぞれの場面で皆、最善に近い選択を続けているはずなのだ。

それでも、なかなか良い結果にはたどり着けない。

良い結果がどんなものなのか、それは人それぞれ様々だろう。しかし、悪い結果というのは概ね方向性が決まっている。そして皆、何故か、良い結果を目指して選択をするのに、悪い結果に引きずり込まれて行ってしまう。

現代は、一度悪い結果に引きずり込まれてしまえば、そこから這い上がるのはかなり困難であるように出来上がっている。いつの間にか、そんな世の中に生きることになってしまった。失敗すれば、間違えれば、ミスを犯せば、あなたはすぐに今いる場所から転落し、元いた場所に戻るだけでもハンパではない労力を必要とする。

だから余計に転落するわけにはいかない。

そうやって皆、慎重になっているのに、それでもうまくいかない。普通のことを望んでいるだけなのに。普通に仕事をしてお金をもらい、時々好きなものを買い、愛した人から愛されるというような、ありきたりの人生を望んでいるだけなのに、それすらも簡単には手に入れることが出来ない。

社会に、大きな大きな穴が空いているとしか思えない。僕らの日常は、見えない落とし穴がそこら中に張り巡らされた環境の中にある。何も悪いことをしていなくても、ただ前進しているというだけの理由で穴に落ちることがある。

そうなった時、僕らはどんな風に生きていくべきだろうか。

『「自分ら、棄てられてんねん。表から見えんようにされ、いないことにされとる、見えざる棄民やねん」
捨てられた―、神代に言葉を与えられ、あなたは自分の身体の中心にある感覚に気づいた。
確かに、そうだ。
それが神代の言うように「社会」なのかどうかは分からない。けれど、何か大きなものに棄てられた、という感覚が確かにある。』

僕たちは、自分たちがそういう立場に陥るまで、自分がそういう人背を送る可能性があることなど考えない。自分が、社会から、あるいは何か大きなものから「棄てられる」可能性など微塵も考えない。だから、いつの間にか自分が棄てられていることに気づかされた時、呆然とし、その現実を受け入れることが出来ないだろう。

悪い選択は、きっとどこかにあったのだろう。しかしその悪さは、そんな穴に落ち込んでしまうほどの悪さではないはずだ。何故自分がこんなことに、とどうしても考えてしまう。

そして結局、その穴の中で生き抜くために、あなたは自分の中の何かを捨て、誰かを傷つけなければならなくなる。

社会の何かがおかしいことは間違いない。でもそれは、ちょっと見て分かるような単純なおかしさではない。色んなことが複雑に絡まりすぎて、どこから手をつけていいのか分からないまま、誰もが放置するしかないのだ。

僕たちは、こんな社会の中で生きているという自覚を持つしかない。自覚を持ったところで、穴に落ちることを確実に防げるわけではない。しかし、いつか穴に落ちるかもしれない、と警戒しておけば、最悪の事態は避けられるかもしれない。

希望を持ちにくい世の中だ。未来はいつだって見通せないが、僕らが生きる社会の未来はあまりにも濁っていて、未来があるのかどうかすら怪しく思えてしまう。

この物語を読んで、強く生きなければならない、と思う。でも、その感想は間違っているのではないかとも思う。強くなくても生きていける社会を作らなければならないのではないか、と思う。僕は、強くなくても生きていける社会に住みたい。それが、豊かさということなのではないかと信じたい。

内容に入ろうと思います。
本書は、二つの話が交互に語られる形で展開されていく。
一つは、奥貫綾乃という刑事の物語だ。
国分寺駅の「ウィルパレス国分寺」で住民が死んでいると通報があった。女性の一人暮らしで、状況からは孤独死であると考えられた。遺体は、ほとんど原型を留めていなかった。発見時かなり時間が経過していたこともあるが、室内にいた猫が死体を食べたために損壊されたという部分もあるようだ。その部屋の住民は鈴木陽子という名前だった。事件性は感じられないが、一応被害者である鈴木陽子について、戸籍を辿るなどの方法で調べることになった。
そこで綾乃は、鈴木陽子の戸籍に不審を持った。何度か結婚しているのはいい。しかしその度に本籍まで変えている。綾乃は、鈴木陽子の足取りを追うようにして戸籍を辿るが、不審な点は次々に現れてくる。
もしかしたら、単純な孤独死ではないのかもしれない…。
もう一つは、鈴木陽子の物語だ。
「あなた」と呼びかけをしながら鈴木陽子について語られる。自分ではなく病弱で優秀な弟ばかりに関心を向ける母とのわだかまりやから始まって、鈴木陽子という女性の人生を形作ったエピソードが語られていく。鈴木陽子の人生には、確かに色んなことが起こった。しかしそれらは、時代の流れの中では、起こってもおかしくはない不幸だった。
鈴木陽子は、とあるきっかけから一人で暮らし始める。自分のそれまでの碌でもなかった人生を立て直そうと、自分なりに必死になって努力した。しかし、平凡な幸せを手にしたはずが、それがいつの間にかするりと手から抜け落ちていく。彼女自身にも悪い選択はあった。けれど、彼女がたどり着いた場所は、彼女がしてきた選択に比べたらあまりにも不幸だった。
彼女は、底辺の底辺にいる時に、ある計画を思いつき、行動に移す。
というような話です。

凄い作品でした。
本書は、一応ミステリという括りに入れられるのだろう。冒頭で事件が起こり、それが謎の起点となって物語が展開していくのだから、ミステリと言えばミステリだ。しかし本書は、ミステリという型を借りているだけで、実際は人間を深く描き出している。さらに、鈴木陽子という一人の女性を、表からも裏からも描き出すことによって、僕らが生きている社会の欠陥さえも浮き彫りにする。

あなたはこの物語を読んで、どう感じただろうか?

自分とは無関係の物語だ、と感じたとしたら、あなたはある意味で幸せなのだろう。自分がどんな社会に生きているのかという現実に目を向けずに生きていられる人だ。あるいは、その現実を直視した上でそれを絶対に避けることが出来るという確信を持てる強い人なのだろうか?

僕には、誰しもが鈴木陽子になりうる、と感じられた。もちろん、鈴木陽子とまったく同じ人生を歩むことはないだろう。しかし、自分の出来る範囲の努力をして、きちんと普通の幸せを掴みに行ったのに、自分が気づかない内に社会に空いた穴にはまり込んで出られなくなってしまっている、という意味で、鈴木陽子と同じ人生を歩む可能性は、誰にだってあるだろう。そうではない生き方を出来た人というのは、本当に、ただ幸運だっただけなのだ。

『だから、何一つ選べない。どんなふうに生まれるか、どんなふうに生きて、どんなふうに死ぬか。人は髪の毛一本の行く末さえ、自分で選ぶことなんてできない』

これがどんな文脈の中で登場するのかは是非本書を読んで欲しいが、本書を読むと、そうだよな、としみじみさせられる。努力で変えられる部分がまったくない、とは僕も思わない。けれど、人生のほとんどは、ただそうであるように流れていくしかないのだろうな、とも思う。未来が決まっているのか、それは確かめようがないし、そう信じているわけでもない。けれど、抗いようもない流れ、みたいなものはあるはずだと思うし、その流れに絡め取られてしまったら最後、行き着く場所は限られているのだろうな、という風にも思う。

「絶叫」というタイトルは、主語も述語もないから面白い。誰が「絶叫」するのか、誰に「絶叫」されるのか。「絶叫」というものを広く捉えれば、本書に登場する主要な面々は皆、それぞれの「絶叫」を抱えていると言えるだろう。また、僕たちが生きている社会そのものもまた、その中で生きる僕らの様々な動きを感じ取りながら「絶叫」を内包しているのかもしれないという風にも思う。

本書の帯には、「ラスト4行目に驚愕」と書かれている。通常僕は、こういう表記が嫌いだ。最後の最後に驚きが待っている、ということを知った上で本など読みたくない、と思ってしまう。何も知らないまま驚かせて欲しい、と思うのだ。

でも、この作品に関して言えば、書いていてくれて良かった。書いてくれていなかったら、僕はこの物語のラストが秘めるある重要な要素に気づかなかったかもしれない。

生きていくということの残酷さを、そしてそんな残酷な世の中でどうやって生きていくのかという強さを知らしめてくれる作品だ。犯罪を扱った作品であるのに、ある種の清々しさの残る終わり方は、僕は好きだ。

葉真中顕「絶叫」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)