黒夜行

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夫のちんぽが入らない(こだま)

「夫のちんぽが入らない」
斬新すぎるタイトルである。
内容も、まさにタイトル通りだ。恋愛し結婚した男女が、ちんぽを挿入することが出来ない、という謎の状況に陥る。主人公である妻も、夫も、お互い以外が相手であれば普通にセックスは出来る。しかし、何故か夫のちんぽだけが入らない。
そういう、不可思議な小説である。

しかし読み進めていく内に、この「夫のちんぽが入らない」という設定は、実によく出来ている、と感じるようになった。

現実を切り取って何かを伝える時、現実をそのまま引き写しにすると生々しくなることはよくあるだろう。ノンフィクションであれば、ジャンルとしてそうすることが必要とされるが、フィクションであれば、その生々しさは時に、読む上での障害となる。自分や周囲の人間に類する人がいればなおさらだろう。

この「夫のちんぽが入らない」という設定は、その生々しさを絶妙に回避するために優れた手段だと感じるのだ。

世の中には、不妊や、あるいはガンで子宮を切除した方がいる。意志はあるのに、機能的に子どもを妊娠することが難しい人たちだ。「女性は子どもを産んで一人前」みたいな考え方は、一昔前にはあっただろうが、今はもう古いと思っている人は多いはずだ。しかし、そう思っている人が多いはずであるのに、まだ世の中にはそういう雰囲気がしつこく残っている。一人前、とまでは言わなくても、女性だったら子どもを産んで当然、みたいな雰囲気は、未だに様々な場面で見聞きするなと思う。

そして、そういう風潮に苦しめられている女性も、当然たくさんいるのだ。

『女として生まれ、ベルトコンベアに乗せられた私は、最後の最後の検品で「不可」の箱へ弾かれたような思いがした。絶望した。』

『私は失敗作としてこの世に生まれてきたのだと思った。』

本人の意志として、子どもが産みたくて産みたくて仕方ないのに妊娠できない、というのももちろん辛いだろう。しかし、本書で描かれているのはそういう部分ではない。主人公は、特に子どもを欲しいとは思っていない。しかしそれでも主人公は悩む。それは、女性として「不可」「失敗作」の烙印を押されたように感じるからなのだ。子どもを産むか産まないか、妊娠するかしないかによって、女性としてどうなのか、ということが判断されてしまう。

自分の努力で自分の見られ方をコントロール出来るようなことであればいい。自分があまり良い見られ方をしていなくても、自分の努力が足りなかったのだ、と思うことが出来る。しかし、妊娠はそうじゃない。努力云々の話ではないはずだ。自分の力でどうにか出来るようなことではない。

しかし妊娠に対しても、努力というものが問われてしまう。いや、そうではないか。自分に対して押されようとしている「不可」「失敗作」という烙印を心理的に回避するために、努力という言葉を持ち出すしかないのだろう。私は「不可」「失敗作」なんかじゃない。努力していなかったから妊娠出来なかっただけなのだ。努力さえすれば私だって妊娠出来た。だから私は「不可」「失敗作」なんかじゃない…。というように。

『自分が不完全ではないと証明したかったのかもしれない』

夫のちんぽが入らないというファンタジーを導入することで、主人公のような女性の葛藤を直視出来るような形で描き出すことが出来る。不妊や子宮がんを直接描けばどうしても重く生々しくなってしまうところを、どことなく滑稽さを残しながら描き出す本書は、見たくないものにどんどん蓋をする風潮が広がる現代において、苦しんでいる人がたくさんいる現実の見せ方として非常に優れているのではないか、と僕は感じる。

そして本書は、読み方を変えると、妊娠できない女性の問題とはまた違った風に読むことが出来る。

人間はどうしても一人で生きていくことは難しい。必ず誰か、あるいはどこかと繋がりを持ちながら生活をしている。そこには様々な関係性が生まれ、評価が生まれていくことになる。

そして人間が集団の中でどう評価されるのか。本書は、その現実の一つを丁寧に切り取って見せることで、どんな場であれ人が評価される上での理不尽さや不合理さみたいなものを滲ませているのだと思う。

どんな場であっても、本書の主人公が直面するような理不尽な捉えられ方や、本書の主人公が抱くような無用な劣等感は存在するだろう。決して、妊娠に悩む女性だけの問題ではない。そういう場で、どう振る舞い、どう生きるのか。本書は読者に、そういう問いかけもしているのではないかと感じる。

内容に入ろうと思います。

大学進学のためにど田舎の集落から出てきた主人公。夜はヤンキーや熊に支配され、そもそも常に母親の無神経な言動に怯えていた少女は、それらの呪縛から解放されたが、しかし他人と関わることが苦手であることには変わりはないままだった。双葉荘という名の安いアパートに住むことになった主人公は、そこで後に夫となる男と出会う。後の夫は、主人公が絶句して身動きが取れなくなるくらい急速に距離を詰め、しかしそれを不快に感じさせない男だった。兄妹のような関係を続けながら、二人はやがて結婚する。
お互いに一緒にいて居心地がいい相手であり、伴侶として申し分ないのだが、一つだけ彼らの関係に大きく横たわる問題があった。
夫のちんぽが入らない。
夫のちんぽが、何か壁にせき止められているかのようにまったく入っていかない。ローションなどを使い多少入るが、しかし血まみれと激痛という大惨事を引き起こす。
『私たちはこんな犠牲を払い、滑稽な真似までして、繋がらなければいけないのだろうか』
一緒に生きるということと、セックスをするということを切り離して生きざるを得ない夫婦の、葛藤の物語だ。

タイトルだけ見るとキワモノっぽく思えるが、中身は非常に真っ当な物語だ。他はすべてぴったりなのに、セックスだけが出来ない。些細な、と呼ぶことは出来ない事柄だけれども、しかしそれ以外がすべて順調であるのに、セックスが出来ないという一点が様々な状況を壊していく過程が丁寧に描かれていく。

冒頭では、女性としての評価の話に触れたが、決してそれだけではない。たとえば、直接的な関係があるわけではないにせよ、主人公は仕事で躓く。あくまでも勝手な予測でしかないが、もし夫のちんぽが入り、精神的に安定した状態を保つことが出来ていたら、仕事の方での関わり方、行動の仕方も変わったかもしれない。決してそれだけではないとはいえ、仕事でうまくいかなくなった原因の一端はそこにあると言っていいのではないか。

また、夫のちんぽが入らないことで、夫との関係も様々に変化していく。兄妹のようだ、と言われるような、起伏こそないが穏やかで静やかな関係性は、好きになってくれた人を好きになる、という形であまりいい恋愛をしてこなかった主人公にとってはとてもいいものだった。しかし、セックスだけがどうにも出来ない。それ以外の部分にはなんの不満もないが、セックスが出来ないことで、主人公は罪悪感を抱き、また主人公は知らなくていい夫の一面を知ることになってしまう。言いたくても言えないことが積もっていき、少しずつ関係性がおかしくなっていく。

『私たちは性交で繋がったり、子を産み育てたり、世の中の夫婦がふつうにできていることが叶わない。けれど、その産むという道を選択しなかったことによって、産むことに対して長いあいだ向き合わされている。果たしてこれでいいのか、間違っていないだろうかと、行ったり来たりしながら常に考えさせられている』

この一文が、この夫婦のあり方を見事に表現していると言えるだろう。選択しなかったことで向き合わされている。「ふつう」にできれば立ち止まったり悩んだりすることなく通り過ぎていっていくものと、彼らは向き合い続けている。夫婦のその足踏みを描くことで本書は、「ふつう」というのは一体何なのかを問いかけ続けるのである。

『私たちのあいだで「その件」以外のすべてが順調に進んでいた。まるで、ちんぽを人質にして願いを叶えてもらったかのようだ。残酷なことをする神様だと思う』

人は、自分が持っていないことの不幸に目を向けてしまう生き物だ、という話を聞いたことがある。そういう人は多いだろう。私にはあれがないから不幸だ、と。「その件」以外のすべてが順調だとしても、夫のちんぽが入らないことがすべてを凌駕するのか否か。当事者にしか判断は出来ないが、僕は状況が許す限り、持っているものに目を向ける生き方が出来ればと思う。

本書は、文学フリマで販売された同人誌(という表現で合ってるだろうか?)の書籍化らしい。デビュー作なのかどうかは知らないが、無名の新人、という表現をしてしまっていいだろう。しかし、文章がとても巧い。無名の新人とは思えない巧さである。

『私の新生活は、前の持ち主の暮らしをなぞるようにして始まるのだ』
『ただ寝るだけの、おしまいの時間でしかなかった夜がいま意味を持ってきらめいている』
『退職を決めてからは胸の上に積まれた石が一個ずつ取り除かれてゆくように呼吸がしやすくなった』

こういう繊細で物事をすーっと捉えるような表現が随所にあり、才能の高さを感じさせる。分量は多くない小説だが、濃密さを感じさせる佇まいだ。これからも書き続けて欲しいと思える作家である。

こだま「夫のちんぽが入らない」

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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