黒夜行

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キッドのもと(浅草キッド)

振りかえってみて、面白かったよなぁ、と思えるような人生を生きたい。
そんな風に、強く思っている。
でもそれは比較的、リアルタイムの目の前の現実はいつも厳しいという意味でもある。

最近ちょっとしたことがあって、自分の人生について聞かれる機会が増えてきた。ありがたいことだ。聞かれるままにペラペラ喋っているのだけど、人生を普通に順調に歩んできた人とはちょっと違うルートを辿ってここまで辿り着いている。どこにいても馴染めない感覚が拭えないまま、表面ばかり取り繕う術は身についた、大学は辞めた。就職活動も転職活動もしたことがない。社会に出て働けると思ってはいなかった。色んなことから逃げまくった。色んな人間に迷惑を掛けまくった。そんな人生だった。

振りかえってみて思うのは、今ではそういう来歴は、ネタとして面白おかしく喋れて得だ、ということだ。僕の辿ってきた人生にはいくつもの汚点が転がっているし、恥ずかしいことや思い出したくないことも色々あった。それでも、それらを通り抜けた今となっては、そういう自分の過去のことを懐かしくも思う。そして、そういう過去がなかったら、今の自分は間違いなく存在しないだろう、という確信がある。

しかし同時に、やっぱり僕は覚えている。苦しかった時の、苦しかった気持ちを。働くことが嫌でバイトを幾度もバックれて、その度に親に尻拭いしてもらったこと。引きこもって日がな一日テレビを見ながらうだうだと将来について悩んでいた時のこと。死のうと思って屋上の縁で片足立ちした時のこと。実家で生きていくことを諦めて、仕事も住む家もないままに東京に逃げた時のこと。その時々の気持ちを正確に思い出せるわけではないのだけど、今でも、あの時は辛かったな、と振り返ることができる、印象深い記憶たちだ。

過去を振りかえってみて思う。どうも僕は、楽しかった記憶はあまり覚えていないのだな、と。辛かったこと、大変だったこと、失敗したこと。そういうことばかり覚えている。そして、大人になることで、そういうしんどい記憶が、振り返った時には懐かしく印象的なものとして思い出されるのだと知った。もちろん、僕が辿ってきた人生が、あまりにも酷すぎるものではなかった、ということも大事だろう。その時その時の自分なりには辛い経験だったが、絶対評価をすればそこまで大したことではない。だからこそ、懐かしく思い出せるのだ。

『今振り返っても、フランス座に行かなきゃよかったとは微塵も思わない。
むしろ、あそこに行ってなかったら、ボクは、とうの昔に芸人を辞めていただろう』

『世の中の大半の人間は、金がたっぷりと張られた黄金の湯船に浸かってのぼせているような状況だった。
そんなお祭りのような空気が日本全土を覆い尽くしていた時に、オレと博士は、自ら望んで草木も生えてない浅草フランス座に行ったんだ』

浅草キッドは、僕なんかと比べるのは申し訳ないくらい凄絶な環境から這い上がってきた人たちだ。

『フランス座で得たものは、サバイバル感、嘘のような本当の“下層”現実、どん底の体験がすべてだった。
おかげで、「人生に期待しないこと」や、「どこへ行ったって、ここよりはマシ」と現実に足ることを知り、どんな境遇にも身を投じる覚悟、芸人の匂いが刷り込まれた』

特に水道橋博士は、『高校一年の時にダブリ、学校に馴染めず、うつらうつらと生きていても死んでいるような、ただただ寝て起きて時が過ぎていくだけの日常は、重く、息苦しい日々だった』と書くように、思春期の頃からどん底だった。そんな人生を支える背骨を、彼らはどう勝ち得て行ったのか。そしてその経験が、その後の人生にどんな影響を与えているのか。

そういったことが、彼らの口から語られるのだ。

本書は、浅草キッドの二人、水道橋博士と玉袋筋太郎が、
【「少年時代」のもと】
【「浅草キッド」のもと】
【「芸」のもと】
【「家族」のもと】
の4つに分けて、彼らの来歴や思考を交代で書き綴っていくエッセイだ。

なかなか面白い。特に、やはり文筆業にも力を入れている水道橋博士のパートは、僕はとても好きだ。

水道橋博士と玉袋筋太郎の文章には、明確な違いがある。水道橋博士は、思考を書く。そして玉袋筋太郎はあったことを書く。この違いだ。世の中の多くの人が「文章を書け」と言われた時、あったこと、つまり玉袋筋太郎のような文章を書く。インタビューなどでも基本的には同じだ。僕は、あまりそういう文章には惹かれない。水道橋博士は、思考を書く。もちろん、思考だけではなく、言動や起こったことも書く。しかし、思考を書ける人間は、言動や起こったことも、思考という側面から捉えて書くことが出来るのだ。その客観性と描写性が抜群だと僕は感じる。

水道橋博士は、内気でシャイで人見知りで、それでも「ビートたけしのオールナイトニッポン」に救われた。勇気を振り絞ってたけし軍団に入った彼は、そこから辛酸を舐め尽くすことになるが、結果的にその経験が「水道橋博士」という芸人を作り上げた。その過程を、冷静に客観的に慎重に描き出す水道橋博士の筆致は好きだ。

冗談みたいな人生を過ごす中で、誰にも奪い取ることが出来ない財産が備わった。その強さが、彼らを芸能界という世界で生かしている。彼らと同じ努力や生き方は出来ないだろうが、未来に繋がる意味のある努力(それがなんであるのかを見つけ出すのが困難ではあるのだが)こそが、人生を切り開く可能性なのだ、ということがよく伝わってくる。

玉袋筋太郎の文章は、とても軽妙だ。深い思索を感じ取れるような文章では決してないが、きちんとした芯を感じさせる。生き方の中に、真っすぐな軸がきちんとあり、そこから外れないでいることに忠実、という印象だ。その軸は、世間の人が持っている軸とは大分かけ離れているかもしれないが、間違っているわけではないし、常識だからと言って丸呑みしないその姿勢には共感する。

水道橋博士の話にも家族の話は出てくるし、家族を想う気持ちは当然あるのだが、どちらかと言えば玉袋筋太郎の方が家族の話が多い。自分が存在している、という事実は、親の存在によって成り立っているのだ、ということをナチュラルに思い口に出せる人だ。その衒いのなさみたいなものがかっこよく映ることもある。

二人が共通して書いている、こんな考え方がある。

『舞台の上だけは、何をやっても先輩から叱られることのない自由の場であり、どんなに非常識なことを口にしようと、客にウケれば「勝」の世界だ』

『日々の生活には自分たちの時間はないけど、舞台の上で漫才をやっている時だけは、誰にも絶対に邪魔されないオレたち二人だけの時間なんだ―ただひとつ、その想いがあっただけで、どんなに辛いことにも乗り切ることができた』

二人は、フランス座の壮絶な修行だけではなく、たけし軍団という超体育会系の集団の中で付き人もやっていた。先輩の命令には逆らえないという環境の中で、それでも寝る間を惜しんで漫才を作り続けた。「舞台の上だけは自由」という環境にいたからこそ、辛い環境でも芸を磨き続けることができたのだろう。

玉袋筋太郎がこんなことを書いている。

『こっちは寒くても、博士が暖かければ、それはそれで良かったなぁって思えるのが、オレの考えるコンビの意気なんだ。普通のコンビだったら、とっくに解散だよ』

コンビ芸人は仲が悪いというまことしやかな噂を耳にすることは多いし、実際にそうだと彼らは本書で書いている。それぞれピンで仕事をしている二人ではあるが、それでも「浅草キッド」というのが彼らの帰る場所なんだ、ということがしんみりと伝わってくる。そんな作品だ。

浅草キッド「キッドのもと」

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)