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よるのばけもの(住野よる)



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こういう時だけ思いだす。
いや、こういう時にしか思い出さない。
僕も小学生の頃は、いじめに加担する側だったんだな、と。

小学生の頃、クラスにいた女の子を「汚いもの」として扱って、彼女が触れたものに触ると菌が移る、という設定で「ふざけて」いた。
それ以外にどんなことをしていたか、全然記憶にない。直接的な暴力とか、水を掛けるとか、そういうことはしていなかったように思う。仲間として扱わなかった、という感じだっただろうと思うが、よく覚えていない。僕が積極的に加担していたのか、消極的だったのかも、よく覚えていない。
そう、よく覚えていないのだ。

そもそも僕は、子どもの頃の記憶がほとんどない。昔から、周りの物事に関心がなかったのだろう。先生の名前も、同級生の名前も、当時流行ってた音楽も、見ていたテレビも、どんな行事があったのかも、なーんにも覚えていない。大学時代はかろうじて覚えているが、小中高時代のことは、搾りかすみたいな記憶がところどころにあるだけだ。

だから、いじめに加担していたことや、どんな風に彼女を扱っていたのかを忘れていることも、仕方ないのかもしれない、と思いたい部分もある。

しかし、本当にそれでいいのだろうか、と思う気持ちもある。

僕が考えたいことは、いじめに加担していたまさにその時、僕の中に「罪悪感」はあったのか、ということだ。

いじめている側が、どんな気持ちでいじめようが、いじめられる側には関係ないだろう。それは十分承知した上で、「罪悪感」を抱きながら仕方なくいじめをしていたのだとしたら、今の僕は昔の僕をまだマシだと思えるかもしれないと思う。

ただ、「罪悪感」があったのだとしたら、もう少し覚えているものではないか、とも思う。

これも小学生の頃だったと思うが、CDを万引きして店主に捕まったことがある。幸い警察には通報されなかったのだが、母親にはもの凄く泣かれた記憶がある。どんな理由で万引きをしたのかまったく覚えていないが、母親に悪いことをしたな、という気持ちがあるからこそ、その万引きの記憶は他の記憶よりは多少は鮮明だ。

「罪悪感」を抱きながらいじめていたとしたら、もう少し覚えているはずだろう。だから僕は、その当時、自分が悪いことをしているという自覚がなかったのではないか、という気がするのだ。

そのことが、僕はとても怖い。

今の僕はむしろ、周囲の輪からどうしても外れてしまうような人ばかりに興味が向く。少し間違えれば学生時代いじめられていただろう人(あるいは、実際にいじめられていたという人もいたが)ばかりに関心が向く。というか、そういう人でないと、あまり興味が持てない。今の僕は、周りと違うからというだけの理由で、周囲に馴染んでいないからというだけの理由で、個人を排除する人間ではない。

しかし、僕の推測が確かなら、僕は小学生の頃、悪いという自覚なく、クラスメートの女の子を仲間から排除し、傷つけるようなことをしていたのだ。

その子のことを思い出したのは、本当に久しぶりだと思う。これまでも、ニュースや小説などでいじめの話は目にしてきた。でも、たぶんそういう時には思い出さなかったのではないかと思う。思い出した、という記憶がない。それは僕に、「いじめに加担していた」という意識がまったくないからだろう。この文章を書いているまさに今も、僕は、理性では「かつていじめをしていたんだ」と認識出来るのだけど、自分の感情や感覚のレベルでは、自分自身のことを「いじめに加担した人間」と思えないところがある。

この作品を読んでその女の子のことを思い出したのは、やっていることが似ているからだろう。この作品で描かれるいじめは、身体的な暴力ではないものがほとんどだ。存在しないものとして扱う、仲間ではないものと見なす。そういういじめだ。そういう小説を読みながら僕は、そうか、小学生の時のあの時の僕はいじめをしていたんだ、と思ったのだ。

いじめのニュースを見ながら、なんでいじめなんてするんだろう、と思っていた。違和感なく、そう思っていたのだ。僕は、自分がきちんと出来ていないことを他人に押し付けることはあまち得意ではない。だから、小学生の頃いじめをしていたのだという意識があれば、ニュースを見る時に現れる「なんでいじめなんてするんだろう」という感覚は、僕にはありえないことなのだ。

いじめられた側は一生そのことを忘れないが、いじめた側はすぐに忘れる、と言われる。本当にその通りだろう。悪い、という認識が出来ていないのだから、その行動を止める理由もないし、後々思いだす理由もないのだ。

『難し、いことはい、い。生き延び、なさい。大人にな、ったらちょっとは自由になれ、る』

登場人物の一人が、先生から掛けられた言葉を復唱している場面だ。このセリフは、見方によっては教師失格となるだろうが、しかし真理をついてもいるだろう。いじめを根絶することは難しい。いじめている側の意識がこうなのだから。

僕は想像してみる。もし今の感覚、価値観のまま、小学校のあのクラスに戻ったとしたら、僕はどんな振る舞いをするだろうか、と。彼女はいじめられている。クラス全体で、いや、僕の記憶では学年全体で彼女は「汚いもの」として扱われていたような記憶があるのだが、とにかく多くの人から彼女は排除されていた。そういう中に、今33歳の意識のままの僕がいるとして、僕はどう振る舞うだろうか。

…難しい問いだ。いじめには、加担しないような気がする。でも、彼女を助けることもしないような気がする。それが許されるような立ち位置を絶妙なバランス感覚で探し出すのではないかと思う。少なくとも、そういう立ち位置を目指して行動するのではないかと思う。

結局僕は、今の意識のままでも、大した人間ではないのである。


『夜になると、僕は化け物になる』

この一文から、物語は始まる。
主人公は、中学生である安達。彼はある時から突然、夜は化け物に変身するようになってしまった。裂けた口と八つの目、六つの足、四本の尻尾を持ち、体全体の大きさを変えたり、瞬時に変形したり出来る、そんな化け物だ。彼は化け物になるようになってから、夜は化け物の姿のままあちこち歩き回っている。姿をさらして人を驚かせてみたり、その途轍もない移動スピードを利用して遠出してみたり。しかし、そういうのにも、もう飽きた。
ある夜。彼は学校に宿題を忘れたことを思い出し、化け物の姿のまま中学校へと向かう。首尾よく宿題を取り出…せるはずだったが、思いもよらないことが起こった。
校舎内に、誰かいるのだ。それは、矢野さつきだった。区切れのおかしな話し方をする、クラスの中で排除されている女の子だ。夜の校舎で、一体何をしているのか。
しかし、そんなことよりもさらなる衝撃が安達を襲う。矢野は、化け物の姿の彼を見て、「あーちゃん?」と、これまで矢野から一度も呼ばれたことのないあだ名で話しかけられたのだ。何故認識出来たのか、まるで分からない。分からないが、矢野はこの化け物を迷うことなく「安達」だと判断したようだ。
それから、安達と矢野の奇妙な「夜休み」の日々がスタートする。矢野は、昼間は学校ではのんびり休めないから、夜の学校で休んでいるのだ、と意味の分からないことを言う。安達は安達で、矢野に正体をバラされるかもしれない、という恐怖もあって、矢野と過ごす夜を無視出来ないでいる。
夜に密かに会って話すようになったとは言え、昼間は安達と矢野に関わりはない。安達は、クラスの人気者である笠井を中心としたグループの中に紛れ込み、周りからズレないように、はみ出さないようにと日々慎重に生活をしている。矢野は相変わらず、誰からも返事が返ってこないと分かっている挨拶を毎日して、何か嫌がらせをされる度に奇妙な笑顔を浮かべてみんなに気味悪がられている。

『人にはそれぞれ、役割や立ち位置っていうのがあるもんだ。お互いにそれを理解しなくちゃいけない。
それを、あいつは分かってない』

二人の奇妙な「夜休み」は、やがて危機を迎えることになるのだが…。

僕は昔から、こんな想像をすることがある。
「僕らが生きているこの“宇宙”が一個の細胞であるような生物は存在するだろうか?」
これはつまり、こういう問いと同じでもある。
「人間の細胞一個の中に、“宇宙”が存在する可能性はあるか?」

何故こんなことを書いたかと言えば、本書を読んで僕は、“教室”というのは、クラスメート一人一人が一個の細胞であるような生物みたいだな、と感じたからだ。

『人にはそれぞれ、役割や立ち位置っていうのがあるもんだ』という安達の心情は、こういう捉え方をするとしっくりくる。クラスメート一人一人が、生物を構成するための様々な役割を担っており、その全体として“教室”という一つの大きな生物が成り立つ。彼らの理屈からすれば、矢野さつきの存在はさながらウイルスや病原菌のようなものであり、“教室”という生物を構成するのに不必要なものだから排除されなければならない、と判断されているかのようだ。

安達は、こういう意識を常に持ちながら日々の学校生活を送っている。

『教室でミスをしないよう、皆からずれないよう、今日から一週間、また注意を払って生活しなければならない』

安達の中には常に、こういう意識がある。『ずれないよう』というのが、安達の至上命題なのだ。
“教室”という生物も、風邪を引いたり、体温が高かったり、逆にエネルギーが有り余っていたりと、日々状況が変わる。状況が変われば、各細胞に求められる役割も自ずと変わってくる。しかし、“教室”という生物の場合、脳からやるべきことの指令が届くのではなく、細胞一個一個がやるべきことを自ら判断しなければならない。安達は、その状況に疲弊している。

疲弊しているからこそ、彼は「化け物」になってしまったのだろうと思う。

クラスメート一人一人を細胞とする生物、という発想は、本書の設定からの連想もあっただろう。安達は夜になると化け物に変身するが、その化け物は、黒い粒子が集合して出来上がっている。だから自在に形が変わるし、体の大きさも変えることが出来る。その黒い粒子とは何なのか、何故安達だけが化け物になったのか、何故化け物になると睡眠が不要になるのか…その辺りのことは、本書を最後まで読んでも解決しない。設定として与えられることはない。だからこそ、想像の余地がある。いかようにでも解釈出来る。

僕は、その黒い粒子は、“教室”という生物の老廃物ではないかと思う。“教室”が生きていく中で不要になったもの。それらが、安達の元に集まった。何故安達だったのか。それは、物語のラストの安達の行動に理由があるのではないか。つまり、そういう行動を最終的に取ることが出来ると判断されたからこそ、それら老廃物は安達の元に集まったのではないか。

まあ、一つの解釈だ。

矢野は、必死でずれないように毎日を過ごしている安達とは対照的だ。クラスの中での矢野の振る舞いは、「矢野はおかしな人間だ」という色眼鏡を外して見ても、やはり奇妙に映るかもしれない。矢野が実際に目の前にいるわけではないから想像するしかないが、確かに矢野の振る舞いは、近くにいる者をざわつかせるのかもしれない。

様々な要因があるとはいえ、周囲とうまくやっていけない振る舞いを日常的にしてしまうが故に排除されてしまう矢野。その学校生活は、想像するだに苦しいが…。

しかし、安達と矢野と、どちらが自由であろうか?

『人間の時の僕は、壁や天井じゃなく、人の正義感や悪意や仲間意識に閉じ込められている』

安達は、夜の学校で、そんなことを思う。安達の日常は、安全だが窮屈だ。

『私もあっちー、くん、もその子、達それぞれも違、うよ。違うことは当た、り前だよ』

長く苦しいいじめを経験しながら、周りと同調しない自分を肯定する矢野。矢野の日常は、危険だが自由だと言っていいかもしれない。

『僕は彼女を、自分達の想像もつかない思考回路で動く、おかしな人間だと思って生活してきた。無視されても話し掛けるのをやめず、いじめられてもにんまりと笑い、毎日を楽しそうに過ごす。朝登校していきなり、クラスメイトに暴力を振るう。
極端な考え方を持った、頭のおかしな奴。
そんな奴だから、彼女のおかれている状況をしょうがないと思えた。
でもひょっとしたら彼女が、必死に自分なりに考えて行動し、生きているんだとしたら、どうだ』

矢野の生き方には、敬意を評したい。僕なら、同じようには振る舞えないだろう。逃げるか、屈するか。僕に出来るのはそれぐらいだ。矢野は、逃げもせず、屈しもしない。受け止め、耐える。彼女の中には、はっきりとした哲学があり、倫理がある。彼女は、自分の哲学や倫理を崩さず、かつ現実をどうにか生き延びるための最適解を、常に模索しているのだ。僕にはそう見える。安達にも、そう見えるようになってしまったのだろう。

違いに目がいく、ということは、ほとんど同じなのだ。ほとんど同じだからこそ、僅かな差に目が行ってしまう。ほとんど違うとすれば、逆に同じ部分に目がいくだろう。
違いに目が行くからこそ、いじめや排除は起こる。しかし、それ故に、両者はほとんど同じだということが証明できるのではないか。本書を読んでそんな風にも感じた。

あなたが矢野ではないとして、あなたならこの“教室”の、どこに自分を置くだろうか。

住野よる「よるのばけもの」

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